第5話 嘘告白
「負けたやつが、女子の誰かに告白な」
どういう成り行きでそうなったのか、フードコートでだらだらと駄弁っていた僕にはわからなかった。たぶん、適当に相槌を打つだけで話を聞き流していたのが原因だろう。
今、僕の周りには同じ小学校の友達が五人ほどいた。平日の授業も終わり週末になったということで、僕たちは近場の商業施設に遊びに来ていたのだ。先刻まではゲームセンターにいたが、現在はフードコートでチキンクリスプを食べている。
「じゃあ始めようぜ」
最初はグー、と誰かが掛け声を上げる。咄嗟に僕も握りしめた手を前に出すが、すぐにやらなければよかったと後悔した。あいこを何回か繰り返した後、僕は呆気なくじゃんけんで負けた。
「久我じゃん。お前、こういうとき弱いよなあ」
そう言って一人が笑うと、周りも釣られたように僕を笑った。
「え、本当に誰かに告白しなきゃなんないの?」僕はまだ半信半疑だった。
「だめだな」と眼鏡をかけた男子がすかさず言う。「みんな同じハンデを背負ってこのじゃんけんに挑んだわけよ。もし他の誰かが負けたら、久我だって俺たちと同じことするべ?」
「そういうの、なんかずるくない?」
ぎゃはは、と大柄な男子が僕の横で笑う。「負けた自分を恨めー」
徐々に空気が変わりつつあった。告白は絶対にしなければならないという空気に。こういうことは過去に何度かあった。僕たちはよく遊びの中で罰ゲームを取り入れるのだが、それがいつも絶妙に嫌な罰なのだ。自分で考案した一発芸を披露するとか、知らないお姉さんに声をかけに行くとか。
とはいえ、自分もその遊びをそれなりに楽しんでいるわけで、こうして友達と馬鹿をやっている時間が決して嫌いなわけでもなかった。だから空気を読んで「わかったよ」と僕は言った。ポケットから携帯を取り出し、頬杖を突きながら告白の相手を探す。
フードコートは休日を楽しむ若者たちで賑やかだった。行き交う人々の中には杖を持った老夫婦もいたし、二人きりでクレープを食べる社会人らしきカップルもいた。そんな中で僕の反応を待っている近くの視線が痛かった。
僕は別に、交友関係が広いわけではない。自分から連絡先を交換しに行ったことがほとんどないので、LINE友達の数は他の人と比べれば少ない方だろう。加えて仲の良い女友達もおらず、異性と会話することが極端に苦手なのだから情けない。幼馴染の美鈴にしようかとも考えたが、やめた。彼女は確か週末は習い事をしていたはずだ。このときこの場で返答がないと、少々盛り上がりに欠ける。そう思えば一番の適任はこの人になるのだろうか。「決まったか?」と眼鏡の男子が訊いてきたので、僕は「決まった」と言った。そしてスマートフォンの画面を彼らに向ける。
「ふじさき、ことね……?」一人が首を傾げた。「誰だ?」
「俺たちのクラスメイトじゃね?」眼鏡の男子が僕に視線を向ける。「いつの間に交換したんだよ」
「色々あったんだよ」
画面を自分の方に戻し、僕は適当にはぐらかす。それから「付き合ってください」というメッセージを送ったことを彼らに伝えると、周囲から「おー」と感心したような声が上がった。
ただ、告白が成功する可能性はかなり低いだろう。彼女と初めて出会ったのはたったの一ヶ月前で、しかもこれは文面上の軽い告白だ。誠意も何も感じられない。にもかかわらず彼女を選んだのは、彼女以外の連絡先を僕は持っていなかったからだ。
とりあえず、この馬鹿げた罰ゲームを乗り切るにはそうする他なかった。期待はしていない。どうせ呆気なく振られるのだ。リコーダーの件と合わせて変人だと思われるのは免れないかもしれないが、「ごめん。友達が勝手に送ったんだ」というメッセージを振られた後に付け添えれば、僕が彼女に好意を寄せているという勘違いは起こらないはずだ。それで何もかも穏便に終われると、間抜けにも僕はそう思っていた。
しかし、その直後だった。携帯の画面に映し出された文字を見て、僕は目を疑った。
「いいよ」
それは、彼女からの返信だった。「……は?」思わず声が漏れる。完全に予想していなかった答えだ。
「どうだった?」と大柄の男子が訊いてくる。
僕は画面を見ながら固まっていた。「いい、て……」
「ん?」
「いいよって、言われた」
「え、まじで?」
周囲から歓声にも似た驚きの声が上がった。「すげー」「まじかよ」「やば」あからさまに語彙力が死んでしまっているのは、そこにいる誰もが僕と同じように告白が成功するとは思っていなかったからだ。少しの期待はあっただろうが、それだけだ。
「て、何でお前がいちばん驚いてるんだよ」
「いや、普通に振られると思ってたからなあ」
僕は眉を顰めて、困り顔を作った。これからどうすればいいんだろう、と。それが気になる相手や好きな相手ならば、僕も素直に喜べたのかもしれない。しかしそういった感情をまったく抱いていない相手の場合、付き合ったとして上手くいくのかどうか。今のうちに断っておいた方が、あるいはお互いのためになるのかもしれない。振られたときと同様、これは友達が勝手に送ったメッセージなんです、と謝って。
「そのまま付き合っちゃえよ」
そのとき、前方から鋭い声が聞こえた。山田だった。センター分けで端正な顔立ちをした男子だ。
中学に上がると同時にクラスは離れてしまったが、今もこうして遊ぶ仲だった。
「どうせお前のことだから、好きでもない相手に、ノリで告っちゃったんだろ」まあおれらにも悪いところはあるけどさ、と山田は言う。「お前の告白が嘘だったって知ったら、その子、きっと傷つくよ」
「傷つく、か……」
小学五年生のときにすでに恋人を作っていた彼だからか、その言葉には妙な説得力があった。
「それに、お前にとっては初めての彼女じゃん。嬉しくないのかよ」
「嬉しくないと言ったら、嘘になる」と僕は言った。
「だろー」と山田は笑った。
携帯の画面に再び目を向け、僕は「いいよ」という三文字の言葉に微かな高揚を覚えていた。周りからは、みんなには黙っておいてやるからよ、とか、応援してっぜ、とかのお節介な声が飛び交う。ときどき挟まれる口笛は苛立たしかった。
でも、悪い気はしていなかった。初めての彼女。僕にとって、それは大きな意味を持っていた。
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