僕が彼女とセックスするまでの話。

じんまーた

僕が彼女とセックスするまでの話。

第1話 初めての

 それはまだ夕暮れには程遠い、白昼にまみれた夏の幕開きのことだった。


「あ、やまとくんだ」


 団地の階段を降りるとすぐに、聞き慣れた美しい声が響いた。その女の子は僕のことを下の名前で呼んだかと思うと、明るい表情でにこやかに口角を上げる。

 小学生にしては大人びた雰囲気を纏う女の子だった。透き通った雪肌はまるで夏を感じさせず、肩口で切り揃えられた黒い髪の毛は艶やかに光っている。半袖の白いワンピースに僕が思わず目を細めてしまったのは、真上から降ってくる陽射しがランウェイのスポットライトのように彼女を眩しく照らしていたからだった。

 彼女は横一直線に並ぶ駐車場の車を背後に、僕のことを興味深そうに見つめていた。


「どこか行くの?」

「ちょっと遊びに」そう言って下を向いたとき、僕は自分が緊張しているということに、遅れて気がついた。

「誰と?」

「……えっと、それは」

 僕が言葉に詰まっていると、彼女は少ししてから小首を傾げた。「山田君たちと?」

「ああ、うん」夏の暑さに関係なく、息が苦しかった。早くここから逃げ出したかったのだけれど、彼女はそんな僕の行動を遮るように、手に持っていたレジ袋からアイスキャンディーを取り出す。


「さっき買ってきたの。お母さんにお使い頼まれてて」差し出されたのは、いちご色の氷菓子だった。「行く前に食べてきなよ。暑いでしょ?」


 僕は若干ためらいながらも受け取った。ありがとう、という言葉は出なかった。しかしそんなことは気にせずに、彼女の足は僕の横をゆっくりと通り過ぎていった。

 振り向くと、彼女が十五センチほどしかない花壇かだんのレンガに座り、自分もアイスキャンディーを舐めていた。その真っ白な首筋には一粒の汗が伝っている。それは彼女の胸元に吸い込まれるように消え、次に僕の意識を下半身の一点に向けさせた。

 ワンピースの裾は僕が思っていたよりもいくぶん短かったようで、しゃがみ込んでいる彼女の脚を際どいところまで晒していた。まだ未成熟である彼女のふくらはぎから太腿にかけて、そしてその付け根に行くにつれ淡い暗闇が広がっていく。微かに見えたいちご・・・柄の下着を、僕は気の所為だと信じたかった。だけれど胸は窮屈に締めつけられていた。


「やまとくん」


 はっとした。慌てて目を逸らし、彼女の顔をおそるおそる窺う。しかし、彼女は何でもない風に笑っていた。


「明日から学校だね」

「……うん」

「宿題は終わった?」

「まだ、終わってないよ」

「それなのに遊びに行くんだ。勇者だね」


 彼女の後ろで青いアサガオが顔を出していた。このうだるような猛暑の中でも、しおれずに咲き乱れていた。

 僕は居たたまれなくなってつま先の向きを変える。


「じゃあ、僕、もう行くから」

「もう行っちゃうの?」彼女が残念そうな声を上げた。

「遅れると色々と面倒くさいからさ」それは本当だった。

「あっ、待ってよ――」


 足早に駆けていくことはせず、僕は平静を装いながら静かに歩いていく。その所為であっという間に彼女に追いつかれ、「ねえ」と後ろから声をかけられてしまった。

 それがいけなかったのだろう。振り返ると同時、僕の左手が運悪く彼女の胸の膨らみにぶつかった。「あっ……」と彼女が小さな声を漏らし、気まずそうに後ずさる。それは一秒にも満たない短い時間だった。しかし僕の左手には彼女の胸の感触がしっかりと伝わり――そのワンピースの下には薄着一枚すら身に着けられていなかったということを、何かよからぬ場所へ踏み込んでしまったときの罪悪感と共に理解させた。

 ぽた、ぽた、と溶けたアイスキャンディーがお互いの手に滴る。


「ごめん」しばらくしてから、僕は言った。「何か、言いたいことでもあった?」

「……ううん」ひるんだように彼女はかぶりを振る。「なんでもない」


 そうして僕に背を向けると、寂びれた団地の中へ一目散に駆け込んでいった。あとから聞こえた一階の扉が閉まる音は、やけに耳鳴りじみていた。

 僕は手のひらに残ったやわらかい感触をどうすることもできないまま、茫然と立ち尽くす。

 思い出したかのように、じりじりと蝉の声が聞こえ出していた。



 その日の夜、家族が寝たのを見計らって、僕は自分の下半身をまさぐっていた。思春期の男子がそういう行為に励むことを、知識としては知っていた。けれどその行為に励むには、勇気というものが少しばかり足りなかった。

 そう、これまでの僕には。

 利き手で触れなかったことがもどかしい。僕は布団をかぶりながら右手を動かし、あのいちご柄のショーツと胸の感触を思い出す。やがて、先端にぴりっとした痛みが走った。あまり気持ちよくはなれなかったけれど、のちにそれがすべての始まりだったことを知ることになる。


 小学五年生、十一歳の僕は、このとき幼馴染の彼女をおかず・・・にして、精通を迎えた。

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