第4話 魔法の話

~結菜視点~


 私たちが、人間としての規格から大きく離れるようになったのは、地球には存在しなかった魔素の存在が大きい。魔素は、世界によって密度が全く違うのだけど、魔素が充満している世界では、無限にエネルギーが使える世界ということになる。ただ、そういう世界はそれほどなく、今までに行った多くの世界では魔素が存在しない、あるいはあっても極めて濃度が薄い世界が多かった。


 魔素とは何かを伝えるとしたら、いわゆるナノマシンに近い。


 私たちが何か考えるたびに、神経細胞は活動電位を発生させる。脳の中の無数のスパイクが集まって合成波となり、脳から頭蓋骨を経て、頭皮まで弱い信号を伝えるのだけど、この際に外に向かって信号を出すように意識すると、それに魔素は反応し、魔素がその意識を現実にするために動いてくれる。


 この際に具体的に何をして欲しいかを細かく指示していくことが魔素を使いこなすために必要なことだ。魔素は、その指示に反応して、指示を実行するために必要な魔素を集め、指示を他の魔素に伝達してくれる。


 例えば、雷撃で、目の前の木を燃やそうとすると、必要な電気を静電気などにより各魔素が蓄えてもらうことをまずイメージする。一つ一つの魔素が持つ静電気は小さな物だが、それを数万単位で集める。空気の絶縁を破壊できるほどのエネルギーを集める必要があるが、魔素の濃度が強い世界では、それほど難しくなく発現できるのだ。


 数万個の魔素をコントロールするのは、脳に負荷が掛かるが、単純な動きをさせる程度なら、普通の人間でも可能だ。もっとも各世界には、魔素のコントロールをしやすくするための呪文や魔方陣があり、それを活用して生活している人も多い。私たちは、呪文や魔方陣などを探る面倒さよりも直接コントロールする方を選ぶのであまり関係はないのだけど。


 特定の場所の温度を上げる、下げるなども比較的簡単であるのだけど、対戦相手に対して直接温度を上げて攻撃する、相手の周りの空気を奪い取るなどの攻撃は、相手の周囲の魔素までコントロールする必要があり、魔素のコントロール能力に大きな差がないと難しい。相手も魔素をコントロールするし、離れるほど相手のコントロールの方を受けやすくなるのだから当然だ。


 遠く離れた魔素をコントロールするほど、相手に魔素を奪い取られ、こちらが何を仕掛けようとしているかを知られてしまうリスクが高まるから、相手よりも近い位置の魔素を使っていくのが基本となる。


 結果、最も使いやすいのは体を動かす補助機能として魔素を使うことだった。


 ロボットスーツに原理としては近いが、全く目立たないし、本当に楽に体を素早く動かすことができる。異世界転生物の小説で身体強化の魔法として頻出するあの魔法だ。


 雷撃のような派手さや魔法を使っているという見た目はないが、魔素の助けなくして、マッハの速度に到達することや、まして光速に近づくような速度を実現できなかった。この魔素により飛躍的に伸びた運動能力に適応していく中で、今では、魔素が少ない世界(例えば山を動かした世界など)でも、人間としての規格から大きく離れる運動ができるようになったが、今でも、魔素がある世界なら、自分の残りのエネルギー量をさして考えることなく運動できるという点で、使わないという選択肢はありえない。


 なお、仕事をした魔素はしばらくエネルギーを蓄える必要があり、一時的に地面に落ちるが、充電が終わると再び、空気に混ざり漂う。魔素が多い世界だと、通常は連続して魔法を展開しても、魔素切れになることはない。


 今回は、久しぶりに魔素が多い世界であり、私は、魔素の少ない世界に行っていた際にも考え抜いていた魔素の活用法を再確認しながら、若彦との戦いに備えていた。



~若彦視点~


 自分に比べて、結菜は魔素の支配コントロールが繊細で細かい。多くの魔素を支配するという点では自分に軍配が上がるが、細かく魔素に指示を出すようで、結菜の支配した魔素は、自分が考えもしないような動きをする。


 自分も結菜も身体強化以外の魔法は、雷撃が圧倒的に多い。


 光速に近い回避能力を持つ我々に対して打撃を与えようとすると、雷撃以外にはなかなか難しいからだ。そうであるから、自分の周囲の魔素、結菜の周囲の魔素は静電気を蓄えさせていることが多い。


 ところが、今、結菜の周囲の魔素を見る限り静電気を蓄えている雰囲気がない。これは何か仕掛けを考えているなと思いながらも、近づいたのが甘かった。結菜が長刀での攻撃を仕掛けてきて、これを数合交わっていると、いつものように魔素が集まってこない。


 結菜には魔素が集まってくるらしく、結菜は余裕の笑みを浮かべている。これは拙いと一端下がろうとするが、結菜の攻撃が厳しく下がる余裕すら与えてくれない。周囲を確認すると自分の周囲だけ活性化した魔素がなくなっている。


 どうやら半円状ドーム状に絶対零度の膜が張ってあるらしく、膜の外側の魔素が熱振動を止めていて、その膜を超えて魔素の指示が伝わらないらしい。結菜は魔素が供給されているのだから、恐らくは隧道トンネルとなるような場所が結菜の後ろにあるのであろう。


 隧道にある結菜が支配している魔素を支配しようとするも、結菜の方が距離が近いために、支配権を奪うことはできない。これは戦略で完敗だと思いながらも、力業で解決する。


 自分は結菜に見せたことのない、合成波を増幅する仕掛けを発動する。脳波は結菜の隧道を通り半円状の外側に到達し、結菜の支配が及んでいない魔素を探し出す。その魔素を中心に半円状の膜の外側で熱振動を止めていた魔素を攻撃し動きを止めさせるよう指示する。


 結菜は、膜が破られたことに驚いて、そして、すぐに事態を察ししたようで呆れたような感心したような複雑な表情を浮かべるのだった。

 


~荒ぶる魂の視点~


 俺は、マラン。この世界で数百年にわたり魔王と呼ばれている。

 家に伝えられているという魔法を引き継いだ者である貴族達に支配される一般市民にもなれない貧民の出だった俺は、冒険者になった。いや冒険者にしかなれなかった。


 冒険者と言っても、まともな仕事ではない。ドブさらい、人のいやがる仕事はまだ良い方で、そういう仕事にありつける日は幸せな方だ。全く仕事がない日も多く、たまに残っている仕事があると思ったら、貴族の趣味に付き従って魔物達を集めてくる囮の仕事など命を失う危険があまりに高く、それでいて死んでも自己責任という仕事くらいしかない。


 命の危険が高い仕事かどうかは、依頼書の補償項目を見たらすぐに分かる。補償の項目が空欄になっている奴は、ほぼ100%命の危険が高い依頼だ。ドブさらいのような仕事でも、保険を掛けたいと思えば、依頼料から差し引く形で入ることができる。


 保険の代金と負傷時に貰える補償が記載され、その補償をだす保険組合の名前が入っているのだが、補償のない依頼は、保険組合が危険性を判断できないか死亡率が高すぎて保険代が高すぎて依頼料から差し引いたら依頼料が残らない依頼かのいずれかということだ。


 保険を掛けることのできない依頼を引き受ける奴で10回連続で五体満足で生きて帰ってきた奴はいないと俺の地元では言われていた。俺は、この依頼を受けなければならないほど追い込まれて、6回目の依頼で左手を失った。


 その後は、ブラックマーケットに所属するしかなかった。ブラックマーケットと言っても、誘拐や暗殺などの仕事はほとんどなく、主な仕事は薬草採集だ。所有者のいない土地に自生する薬草は、領主が兵の訓練代わりに採ってこさせ、それを市場に高い価格で卸すらしい。


 それに反発する一部の商会は、冒険者崩れの者達に領主に見つからないように薬草を採ってこさせていた。無論、領主に見つかったら、採取者は、初犯でも鞭打ち100回、2回目ともなると斬首される重罪になる。領主の財源を奪う行為は反抗罪となるのだから。


 それでも俺は、ブラックマーケットで野草収集の仕事をする以外に生きる道はなかた。この野草収集は運が良いと10年以上見つからないで活動できるのだが、運の悪いことに1年もしないうちに領主が警戒のために派遣していた兵士に見つかり鞭打ち刑を受けた。


 3人に1人が死ぬとも言われる鞭打ち刑だが、幸いにも俺は生き残り、懲りずに野草収集をしていた。いずれ見つかり斬首となるのは何年後だろうと思いながらも、それ以外に生きる術はなかったのだから。


 しかし、そんな追い詰められていた俺は、薬草採集に向かっていた際に幸いなことに誰も発見していないダンジョンに偶然たどり着き、魔法大典という本を見つけ俺の人生は一変した。


 俺の土地の領主を務めるような奴が使える魔法は、ただ綺麗なだけだったり、生活にほんの少し役立つ程度のもので無論使えるのも1つだけだ。領主の代替わりの際のお披露目が行われた際に領民に披露していたが、空気がキラキラと光るだけで、それ以外に何の効果があるか分からないものだった。


 魔法大典には百種類以上の魔法が載っていて、そのうちのジョーク魔法という章に似たものがあったから、俺は後から領主の魔法は本当に何の効果もないジョーク魔法と呼ばれるものだったと気がついた。


 大きな土地や都市を治める領主の使える魔法は、もう少し実用的で、その領主の上に立つ王は、さすがに強力な魔法を受け継いでいたが、ほとんどの者は魔法を1種類しか使えず、100以上の魔法を使えるような者は誰もいない。


 王でさえもファーストラベルと呼ばれる王権を象徴する大魔法、セカンドラベルと呼ばれる母親から継承した魔法、そして、サードラベルと呼ばれる王を支持し完全な忠誠を誓う貴族で伝承した魔法をも王様に捧げた貴族が使っていた魔法の3種類しか公式には使えないことになっている。


 無論、いざという時の切り札で1~2つくらい魔法を隠し持っているらしかったが、いずれにせよ俺の敵ではなかった。魔法大典の内容のほとんどを覚え、魔法大典を燃やした俺は、仲間達とともにクーデターを起こし、王や領主を皆殺しにして、俺が王であることを宣言した。


 王権を象徴する大魔法として俺は、寿命を大幅に伸ばす魔法を選び、1000年以上にわたり俺が君臨することを宣言した。魔法の王、魔王と呼ばれるようになった俺は仲間達に、魔法を分け与え、新たな領主としてやった。無論、王権を揺るような魔法は秘匿した。


 俺が今や恐れるのは魔法大典の写本や、未知の魔法の書かれた書物がどこかに眠っていないかということだった。俺は、文字を新しくするとともに、かつての文字を知る者、研究する者を徹底的に弾圧した。


 ようやく、この100年余りは、昔の文字を知るものもいなくなって、安心して生活できるようになり我が世の春という奴を謳歌していたら、あの二人組が現れた。


 俺は、強力な攻撃魔法を分け与え、貴族にしてやった者もやられたとの報告を受けて、慌てて有力貴族を集めて迎え、その二人組を王城に迎え入れた。取りあえず話を聞くと、この世界の神から依頼を受け、荒ぶる魂と認定された俺を討伐または俺の魂を鎮めに来たという。


 言語を変えたことが神の逆鱗に触れたらしい。俺は、古い言語の復活を断固として拒否して、貴族達に魔法による攻撃を命じた。ところが、全く発動しない。二人組のうちの女の方が「魔素の支配力が甘すぎる。詠唱による魔素コントロールは発動が遅いし、支配力もそれほどないのだから、詠唱によるコントロールが発動する以前に全て私たちが魔素をコントロールしているんだから発動できるわけないでしょ。」という。


 もう一人の男、なかなかに良い体つきをしていて、顔も俺好みだったが、その男もつまらなそうな顔をして、「発動しようとしている術も、自分に対抗するには、あまりにも過小であるな。」というのだ。


 追い詰められた俺は、最上級防御魔法を唱えたうえで、仕掛け魔法として王城を炎で燃やし尽くすブラストフレアを発動させたが、最上級防御魔法が発動することもなく、俺は大やけどをすることになった。


 どうやら男は、王城に来た時点でブラストフレアの仕掛けがあることに気づいていて、俺がこの仕掛けを発動したときに俺や貴族達の命だけは助かるように防御魔法を展開してくれたらしい。


 命だけは助かった俺は、言語の弾圧は撤回することと王を退位することを告げると、女が物凄く怖い目で「若彦のことは即、忘れなさい。若彦相手に変な妄想したら、本気まじで、ちぎってやるからね」という。俺は頷くしかなかった。


 俺は、確かに悪いことをしたと思う。俺が恨んでいた領主達と同じことを結果的にしていた上に、二度と俺の権力を奪われないようにかつての言語を知ろうとするだけの者を弾圧してきたのだから。そして、俺好みの男を貴族として、好きな時に抱ける生活をしていたのは、調子に乗っていたと思うんだ。


 そして、魔素を支配する術というのも魔法大典にあった気がするが、意味が分からずに覚えることなく燃やしてしまい、今では誰も知らなくなってしまったのは、魔法技術の衰退を招いてしまったかもしれない。

 

 なぁ、あいつらはいったい何者だったんだ?

 それと、ちぎってやるってなにをだ?(あれのことだと思うが、あれだと認めるのは怖すぎる。)

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