第8話 打撃の後

~結菜視点~

  

 前回は、打撃の後の話をしなかったので、今回は、そのお話しね。

 物理法則では、衝突した場合であっても、その総数の和は衝突前と衝突後でも変わらないとされているのだけど、これを運動量保存の法則という。


 この概念はややわかりにくい。普通に考えると、お互いの打撃がぶつかり合ってそのエネルギーを相殺してしまえば、その運動量が失われてしまう印象を私も受けました。


 ただ、物理学においては、西から東に行こうとするエネルギーを持つ人と東から西に行こうとするエネルギーを持つ人が衝突した場合に、西から東に行こうとするエネルギーが、東から西に行こうとしている人に失われることなく渡され、東から西に行こうとするエネルギーが、西から東に行こうとする人に失われることなく渡されると考えるので、運動量保存の法則が成立すると考えられていて、まぁ、そういうものかと高校生だったころの私は思った。


 さて、西から東に向かうエネルギーを持つ人に衝突した場合で、自身がそれに相当する東から西へのエネルギーを持たない場合、そのエネルギーを他の何かで吸収しなければならなくなるから、自身が西から東に動くことでエネルギーを吸収するということ(のけぞったり、ぶっ飛ばされたということね。)や、受けた衝撃を拡散するというようなことが行われる。


 あ、ここでの衝撃の拡散とは、立っている人なら大地にダメージの一部が拡散されたり、衝撃音として拡散したり、自身の持つ弾力性により相手に反発として返したりということも含めて、自身や自身の装備以外に言ったエネルギーを広義での拡散とここでは考えるからね。


 そして、吸収や拡散できなかったエネルギーは、自身の体や自身の装備にダメージを与えるひずみエネルギーとして吸収されます。ひずみエネルギーは、与えられた物質の弾力性とその場所におけるひずみエネルギーが与えられた量によって変形、破断(飛散、粉砕を含めて)などに形を変えます。


 刃物による衝撃であっても拳での衝撃でも同じですが、その場所におけるひずみエネルギーが与えられた量が刃物などの接地面が小さい物の方が増大するので、より破断しやすくなります。

 

 つまり最強の攻撃とは、相手に吸収、拡散させることなく、大きなひずみエネルギーを与えるということで、その結果として大規模な変形や破断をもたらせる攻撃ということになり、私の中では、それはイコール若彦の攻撃。



~若彦視点~

 

 先に、結菜が自分の五分光年0.5c0での拳での攻撃に対してコンマフォー0.4c0とやや遅い速度の打撃で打ち返してきて、自分の拳は結菜の拳の衝撃を吸収しきれずはじき返してきた。


 十八貫と三分の二70kgある自分の体重より明らかに軽い結菜が、なぜそのようなことができたのか分からなかった自分は素直に結菜に聞いた。結菜が笑いながら教えてくれたのは、結菜が、自分の身体を惑星に密着させたというものだった。


  打撃があたる直前に結菜は自分と惑星との密着を倍に、重力を二倍にしたとのことで、それによりわずかに自分の打撃の衝撃を上回り相殺できたとのことであった。魔素は便利ではあると常々思っていたが、重力を二倍にするという使い方は予想もしなかった。


 簡単に結菜は言うが、高速で移動している物体に対して、その移動速度を落とすことなく、魔素で重みを増すなど、魔素が便利なものであるとはいえ、そうそう簡単にできるものではない。


 結菜の底知れぬ能力の高さに改めて驚かせられるとともに、自分も早急に取得せねばと考える。


 なお、結菜の体重は39.2kgだなと計算して伝えると本気で怒らマジ切れされた。結菜の理屈を完全に理解したことを示し、計算ができることを知ってもらおうとしただけなのに、解せぬ。



~荒ぶる魂の視点~


 俺らは、この世界で最も有名な3人兄弟だ。俺は長男でコータロー、弟はヌルジロー、ブヨサブローだ。世の奴らからは悪魔3兄弟と呼ばれている。子育てする奴らは、小さいガキに、そんなことをしていると悪魔3兄弟が来るぞと叱る。


 それで多くの泣いているガキは泣き止み、悪いことをしているガキも悪さを止める。俺らが街を歩けば、商店は慌てて店を閉め、住人も家に引きこもる。不便だと思うだろ?


 とんでもない。商店の品物が欲しければ、商品名を叫んでノックをしたなら、その商店主は、慌てて、その商品を戸口から放り出す。たまたま留守だったりして、自ら商品をださなかった場合は、俺らは、その商店を打ち壊して商品を持って行く。


 治安部隊が黙っていないだろうって?


 各国の治安部隊も軍隊も、とうに俺らの討伐、捕縛は諦めたからな。誰も俺らを止めることはできない。俺らが居るエリアでの、毎日の話題は、俺らの進路予想だという。次に向かうのはどこの街だと噂し合う。


 俺らは最強最悪の3兄弟として、100年以上君臨している。


 俺らによる被害の20%は、領主や王様などその土地が属する国が面倒をみる。災害保険に入っているとさらに最大60%が補填されるという。


 今日も、俺らは気の向くままに新しい街に入り、当然のように一番大きくて、イケている宿に行く。宿の奴らは分かっていたようで、俺らが街に入ると宿泊客を全て追い出し、簡単な調理で食べることのできる料理をおいて、従業員も全て退店していた。


 俺らは、そこから好きな部屋を選んで、そこで適当に休む。そして街で好き放題して飽きたら次の街に行く。毎日そんな生活を送っている。


 最後に、俺らに勝負を挑んできたのは1年以上前に5人組の冒険者と名乗るのが突っかかってきた。冒険者が俺らに斬りかかりなんとか俺らに打撃を与えようと頑張るが、俺らの体は特別製だからな。全く相手にならない。


 10分くらい好きに攻撃させて、その後、反撃したら皆、死んでしまった。少しは楽しめるかと思ったが、全然楽しめなかった。冒険者が攻撃してきた以上責任を取らせようと、そこから一番近い街の冒険者ギルドに行ったら、その道すがらに所々に攻撃してきた冒険者はギルドのメンバーではないことと、遠く離れた街のギルドのメンバーだったということ、既に事件後にその町のギルドメンバーから追放したということが連々と書いた紙が貼ってあった。


 俺らは、とりあえず近くの街のギルドの建物を打ち壊し、そこから所属していたという街まで、通りすがりの街のギルドの建物を全て壊しながら移動した。所属していたという街まで来たら、そのギルドの長だったという者の首が置いてあった。


 仕方がないから、その街のギルドと、ついでに領主の館まで打ち壊してやった。


 俺らが、この世界で特別なのは、親のせいだ。


 親はいわゆるマッドサイエンティストってやつで、最強の兄弟を作ろうと思ったらしい。長男の俺は、どんな攻撃を受けてもビクともしないとても硬い皮膚を、次男のヌルジローにはどんな攻撃を受けてもその攻撃がすべてツルッと滑って、拡散してしまう皮膚を、そして三男のブヨジローには、どんな攻撃をうけても吸収してしまう特別な脂肪を持った皮膚を、それぞれが持つ特別な子供を作った。


 更に世界最速の速さと、世界最強の力と、世界最高の環境適応力を持っている俺らに、誰もどうにもできなかった。長い寿命も持っているらしいが、今となっては、俺らも含めて誰もいつまで俺らが生きるのかも分からない。唯一知っていたかもしれないマッドサイエンティストの親は最初は俺らと一緒に旅していたが、ある時、宿に泊まっている際に火を掛けられて、死んだから。


 俺らは世界最強の環境適応力を持っているので、火事くらいはなんということはない。親のことは好きでも嫌いでもなかった。親が死んだのが悲しいという感情もあまりなく、あぁ、人間というのは簡単に死ぬんだなという程度の感想しかなかったが、周囲が俺らのために勝手に火をつけた奴らを処罰していた。


 俺らは、人間が生きようと死のうと、どうでも良い。このつまらない日常を変える奴がいるとは思えなかったから、異世界人がやってくるという話を宿屋に残っていた情報誌で見かけたときも大して関心を持てなかった。

 

 100年もの間には、国の英雄とか、最強の兵器だとか、俺らを楽しませてくれるかもしれないと期待した奴らが向かってきたが、どいつも俺らに何もできなかったのだから。


 俺らが、異世界人に会った時、期待外れをますます確信した。普通の男女で、最後に挑んできた冒険者達の方がまだ強そうだったからだ。


 ところが、女の方が軽くブヨサブローを殴ると、200kgはあるブヨサブローが吹っ飛んだ。ダメージはなかったが、その吹き飛び具合に驚いた。ブヨサブローの体が軽く殴られただけで、いつも以上に体全体が震え、いつもなら体全体が振れるだけでなにごともないブヨサブローが、10m以上、吹っ飛びながら木々を破壊しながら飛ばされて、弟達も相当驚いていた。


 続いて女の方が軽くヌルジローも殴ると、女の手がいつものように滑る。ところが、ヌルジローはいつものように滑っていく手を見ているだけではなく、押し倒され、手があたった場所が熱い熱いと騒ぐ。


 女は男に「ブヨタは、弾性変形で力を吸収するけど、全身で吸収できるのは5000ニュートンくらいかな。それ以上だと変形で対応できないみたい。ヌルオは、力の拡散能力が高いわね。正面から打っても99.9パーセントくらい力が拡散できるみたい。でも、まぁ、0.1%は直接のダメージになるし、拡散している力も一部は熱になってしまうみたいね。それからカタタロウは、見た感じの素材だと、降伏点が高いみたいね。こっちは10cm四方に100ニュートンの力くらいまでなら影響を受けないみたい。」と、こっちには全く理解できない話をする。


 男が、「まぁ、実際にはやって見ないとわからないということだな。」と言うなり、俺たちを殴りつけた。その拳は、あまりに早く、そして力強く、反撃どころか回避ができそうな気配すらなかった。


 ブヨサブローは、全身の肉が引きちぎれながら飛ばされ、ヌルジローは燃えながら飛ばされた。俺は、体が大きな音を立てて、壊れていくことを感じながら飛ばされた。

 

 なぁ、あいつらはいったい何者だったんだ?

 それと、なんで俺たちの名前がある程度分かったんだ?

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