3章 万覚

第9話 燃える話

~結菜視点~


 炎上とは、なにかというのは意外と難しい。

 SNSでポリティカル・コレクトネスを無視して有名人が投稿したときに起こる、あの現象のことではなく、高温になり、酸素などの支燃物を巻き込んで、時に火が見えるという化学的な意味での燃焼と呼ばれる現象のことだ。

 

 エネルギーの動きとして見ると、何事もなければ安定的に存在している物質に熱エネルギーを加えられ、その物質の温度が高まった際に、元々の物質の化学結合が失われ、新たな化学結合に組み替えられていき、元々の物質が持っていた化学結合のエネルギーが失われる際に、光や熱としてエネルギーの一部が拡散したうえで、新たな化学結合が起こり、より安定した結合がおきます。


 この際にエネルギーが多く失われているため、物体の持っているエネルギーは少なくなる。これは、木で喩えて考えると分かりやすいと思う。燃える前の木を手で粉砕する力と焼けた後の木を粉砕するのでは、焼けた後の木を粉砕する方が格段に簡単になるのは物体の持っているエネルギーの大半が失われたためだ。逆に熱を加えるだけで、光や熱としてエネルギーの拡散が起きない場合、元の化学結合に戻ったりもする。こっちは鉄の精錬などの作業を考えると分かりやすい。


 さて、魔素が多かった世界で、炎を使った魔法が使われていた。魔素の多い世界であっても多くの場合は、事前に仕掛けておいて、爆発させるものが主体だった。遠距離で炎を飛ばすというのは意外に難しいらしい。


 例えば、魔素に燃えやすい気体を排出させ、その気体に沿って炎を伝えていくというもの。この場合、ドラゴンブレスなどに似た火炎放射になるが、ドラゴンの場合は強靭な肺活量によって気体をまき散らすため防ぐのが難しいが、魔素による気体の排出は魔素の支配を奪い取られたなら、そこから先に炎は届かない。事前にガスをだしておけば良いのだが、逆にその場合は、どこに炎がいくか相手に分かりやすくなる。


 炎の弾をつくり、それを相手に投げつけるという攻撃も可能だが、本質的には、手榴弾である。外も燃えているが、あれは導火線についている火で、中にある物質を確実に爆発させるために全体が燃えているように見えるに過ぎず、攻撃者の手元にあるうちには、本体の爆発物質への炎上はまだ起こっていないため、放った瞬間にかき消すことが可能だし、タイミングを間違うと攻撃者に大打撃がいってしまう。


 私たちが何かを破壊することを目的とするなら、自分たちの場合、手元で爆発を起こした上で、光速で走り抜けるというのが一番簡単であるため、遠距離で炎を燃やすという発想があまりない。例えば空中にある水素から重水素と三重水素トリチウムをつくり、そこに1億度の熱を加えれば、核融合爆発を起こすことができるが、この爆発の速度が、爆速が秒速1万メートルくらいなので、0.1c0でも十分に安全距離に到達できる。


 水素爆弾であれば、かなり少量であっても100万MJくらいの破壊力は簡単に出るので、使い勝手は良いが、放射能汚染が起きるので、使いどころが難しく、結果、私たちは火や高熱を用いた攻撃よりも雷撃を使うことが多い。まぁ、本気で戦う相手が若彦しかいなく、若彦相手にはどれほどの高火力だろうと当たらなければ意味がない


 ただ、私には理解できない見た目は炎が起きる魔法もある。本体の攻撃が別の次元で行われ、その余波が私たちに見える光線のようなかたちで現れて、目的対象物で大爆発が起きるというものだ。この魔法は極めて特殊で、数々の世界の中で、神々のおられる世界で見た1度以外には見たことがない。


 この魔法を使いこなし、防げなければ最強にはなれないと思う。



~若彦視点~


 自分は大神である武南方神から生まれ出でた者であるから、今でも御霊の本体の在りし天の原あまのはらの存在は認知できる。高天原たかのあまはらに居たと時は、自分自身が天の原の世界を本当の世界として認識していたのであるから、当たり前ではあるが。


 結菜と、より強くあるためにという議論をする中で、天の原別の次元についての話がでてきたが、自分も天の原の存在に触れずして最強になり得るとは思っていない。高天原に行くことも、昇神できなくなっている自分は、天の原を認知できても、そこに対して攻撃をする術はない。


 天の原にある御霊は、とても無防備な状態であり、結菜の御霊を守ってやる術も、現時点では自分にもない。しかし、結菜の知識があれば、いずれ天の原に辿り着く術すら見つけ出せるかもしれぬ。


 火に着目しているのも面白い。お火焚きおひたきを神事として行っている神社は特に御霊との関係は深く、天の原とこっちの世界をつなぐ鍵であると考えると色々と合点がいくことも多い。


 いずれにせよ、これから色々な世界に行く中でもう少し強い相手と会い見えることもあるであろうし、そうであれば、何かしら分かることも増えてくるであろう。



~荒ぶる魂の視点~


 俺は、カザン。炎の魔人と呼ばれていた。

 俺が誕生するまで、人々は高い温度の炎を使うことができなかった。炎の魔法が使えてはいたが、鉄を溶かすこともできなかった。俺らが使う鉄はふいごを使って空気を絶え間なく送り込み、わずかに溶け出した部分の半融解状の鉄から武器や防具を作っているに過ぎなかった。


 俺が使うことができるようになった魔法は、強力で、鉄を完全に溶かす。

 今までの魔法では、鉄の盾をもつ兵や冒険者を倒すことができなかったが、今は、俺の配下である炎の魔族の使う魔法であれば、鉄の盾自体を溶かすことはできずとも、後ろの冒険者が熱さのあまりに盾を持ち続けることはできなくなる程度の温度にはなった。無論、俺の魔法なら、鉄の盾すら溶かせてしまうが。


 俺が、炎の魔人という名称で人から呼ばれるようになった際は、有名な冒険者の一人でしかなかったが、この名称が定着してくると、俺を慕って人が集まってきた。使えそうな冒険者には俺直々に炎の魔法を教えてやり、炎の魔族を名乗らせ世界で活躍させた。


 その活躍がより俺を有名にして、冒険者でもない多くの人が俺を頼ってきた。その中には領主もいて、俺に娘とともに領地の面倒を見て欲しいと言ってきたから、俺が、その領地を継ぐことにしたのが30年前のことだ。


 領内には多くの鍛冶職人がいたが、俺は更に多くの鍛冶職人を集めた。俺の魔法があれば、容易に大量の鉄製品を大量に作ることができる。他の国であれば、多くの木材から木炭を作り、そこに火をつけて、鞴を使って温度を上げてわずかに溶け出した部分の半融解状の鉄から武器や防具をつくるから、効率が悪い。


 木材もすぐ不足するしな。俺らは違う。奴らが溶かしきれなかった鉄を格安で集めて、それを俺が融解して、融解した鉄で多くの鍛冶職人が一斉に鉄の製品に仕立てていく。


 領兵全員に鉄製品を持たせ、最強の部隊を作るとともに、俺に友好的な奴には鉄製品の輸出を許可し、友好的ではない連中には鉄製品を渡さなかったから、俺に友好的な勢力が伸びた。非友好的な奴らは、俺が部隊を率いて、戦いの先頭に立った。


 俺の持つ火の魔法の中でも特にお気に入りの蒼炎の魔法を打ち込み、その火で苦しんでいる相手に突撃する。奴らは多くが青銅製で一部の貴族しか鉄製品は使っていない。俺らは皆、鉄製の武器だから、多少の兵力差は跳ね返し、連戦連勝だった。


 事実上、俺は盟主として世界の半分を支配したが、俺はそれに満足しない。俺に非友好的な奴は未だいるし、友好的だった奴のなかで、あまり使えなかった奴は、難癖をつけて滅ぼしてやった。


 俺に諫言してきた奴が、俺のことを戦っていないと気が済まない質だと言い、無用な争いを作るなと言ってきたが、俺に刃向かう奴は一族まで滅ぼしてやった。その事件以来、俺は恐れられるようになった。


 俺は、よりビッグになるために次々と敵をつくって倒してきたし、それは今後も止めるつもりはなかった。俺は寿命を延ばす果実というものも手に入れることに成功したし、今後も、敵となる奴、使えない奴らを滅ぼしていくつもりだった。


 ところが、そこに異世界から来たという二人組がやってきた。どうせ火のなんたるかも知らないような後進国から来た連中だろうと思っていたら、俺が直属に魔法を教えてやった炎の魔族を名乗ることを許した奴にも溶かせない鉄を溶かすほどの魔法を使うという。


 そんな奴が現れては俺の威信にかかわってくるから、抹殺を命じたが、完了の報告が届く前に奴らは俺の本拠にまでやってきやがった。俺が自ら500人の精鋭部隊を率いて迎え撃つと、ゆっくりと異世界人はやってきた。見た目は15歳くらいか、強力な火の魔法を使えるようにも見えないが、油断はできない。


 俺は脅しをかねて、強力な火の魔法を使って、火球をつくる。その火球が、相手の10mほど手前で爆発するように仕掛けて放つ。ところが、爆発することなくかき消されてしまう。


 「途中で消されることも想定していなかったんだ。中に繋がっているのが1カ所だけしかなかったから、なんかのフェイクかと思ったら本当に消えちゃった。」


 女の言葉から、女がかき消したらしいことを理解した俺は、火球が効かないならばと、今度は、火炎放射を行う。ところが、火炎放射についても途中で軌道が変わり、俺の部下が火傷する。


 「驚いた。これが炎の魔人?2000度にも達していない温度で、炎も赤いよ。青い炎とかも出せるって聞いたけど?」


 女がそんなことを聞いてきたので、俺は、火炎放射の種類を変えて、青い炎を生み出し再び火炎放射を行う。ところが、これも同じように軌道を変えられる。軌道が変えられるとともに炎が大きくなり、発する熱量が格段に高くなる。


 「これは期待外れね。貴方が作り出した青い炎は、単に燃焼物による炎色反応で、温度が上がったことによる色温度によるものではないわ。色温度は黄色から白に白から青に変わっていくけど、貴方の炎はどれも2000度程度で、5000度の白にも遠く及ばないし、1万度以上の色温度である青には決してならないただの花火。それも、線香花火の繊細な散り菊のような風情の欠片もない色を付けて喜んでいるだけのお子様花火のようなね。」


 女は、言うだけではなく、既に大きい炎を作り出し、確かに熱量も大きいのだから、俺の威信はがた落ちだ。俺の直属の部下達すらも動揺する。更に追い打ちを掛けるように俺の自慢の鉄製品について男が粗悪品という。


 男が言うには、今までに作られていた鉄に比べて純度が低く、青銅よりは強くても従来の鉄の方が強いというのだ。その真偽がどうか皆は戸惑っているところに男が、ふっと動いたかと思うと、俺の武器を含めて、配下の武器がすべて折られてしまう。


 男の「やはり純度の低い武器は脆いな。」との一言で、多くの部下は男の言葉を信じてしまい、もはや俺の威信はないに等しい。そんな俺に、女が凄まじい熱量の炎を両手に従え、炎の魔人とはこういうものかと見せつける。


 思わず、俺は、一人で逃げ出してしまう。そこに女が後ろから、意のままに、俺の逃げ道をコントローするように火柱を立てていく。俺は、その後、10時間あまり逃げ続けざるを得なくなったが、その後、男に「貴様は2度と炎に関わるな。次に炎を使おうとしたときは死ぬときだ。」と言われてしまう。


 俺は、炎の魔人とまで言われていたが、今では、炎に対してトラウマを抱えてしまい、台所で料理をつくる炎にすら恐れを抱くようになってしまった。


 なぁ、あいつらはいったい何者だったんだ?

 それと、線香花火の散り菊ってなんだったんだ?

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