第10話 硬度(分子結合)の話
~結菜視点~
私は、武南方神様から長刀と短刀を貰っていて、さすがに神様からいただいた物だけあって、その硬度や熱耐性は常識外れで問題はなく、私たちが振っても折れることはない。
ただ、問題なのは若彦の武器で、若彦の振りについて行ける武器が全然ない。
刃渡りが長ければ長いほど、若彦の強烈な振りにより掛かる先端までの刀身に掛かる圧力は大きくなり、折れたり曲がったりする。その圧力に耐えられるだけの硬度のものを作るだけの技術のある世界がない。
また、普通の刀であれば、空気を押し出してしまい、摩擦により強大な熱が発生してしまう。刀が耐えられるなら、それ自体が武器にもなるが、耐えるのが難しい。
私がいただいた刀は、空気を通せるように網目状になっている。無論、編み目は極めて細かく、100万分の1ミリ以下で、空気の大きさである1000万分の4ミリの空気を通す程度の通常の目では全く見えない編み目だが、これがあるために、摩擦を最小限に抑え、掛かる圧力を最小限にしている。メッシュ構造になっているのだけど、言い方は悪いし神剣になんて言い方をするんだと我ながら思うが、立体的なハエ叩きをイメージして貰うのが簡単ではある。
無論、硬度も相当高いのだが、この物質がなんなのかも分からない。地球にはない物質であるとしか言いようがなく、他の世界でも同じものは見当たらない。
ただ、我々が見ている物質は純度がさほど高い物質ではないので、純度を高めたなら同じ物質という可能性はあるので、各世界において、初めて見る物質は、片っ端から物質の純度を高めているのだが、若彦が所持できるような武器となりそうなものは、なかなかない。
金属は、今よく知られている特性の多くは不純物が混ざっている状態での話で、例えば鉄は純度を上げたなら錆びにくい物質になったりと、純度を上げると全く違う物質になるため、一見、柔らかそうな物質も意外と使えたりするから、油断はできない。
そして、金属の最大の特徴は、金属内の電子が、その結晶全体を動け、特定の原子には拘束されない自由電子を有しており、金属結晶の場合は、原子配列の規制が緩やかで、原子の移動を伴う変形において金属結合の結合が簡単に入れ替わることだ。
金属結晶が結晶を維持したまま変形できるのは、このことが原因だが、金属を作り上げる上で、この特性が厄介でもあり、普通に金属を作ると、転位と呼ばれる線上の原子配列の欠陥が多数含まれてしまう。この転位のない金属を作り上げた場合に、どれだけの硬度を持つのかという点も見極める必要があるのだ。
金属の評価は、熱に対してどれだけ強いかを示す融解点、しなり具合を示す弾性変形との圧力の関係図、そして折れやすさを示す降伏点がどこにあるかなど総合的に勘案して決まる。さらに網目状に加工する加工のしやすさと、金属結晶の調整のしやすさにおいても優れている、そんな物質を求めて、今日も色々な物質で、合金をつくって武器を試作する。
~若彦視点~
自分は拳を使うのが好きだから、さほど武器にこだわりはなかった。結菜が色々と武器として耐える物質を探してくれるのは嬉しいのだが、期待はしていなかった。結菜が試作品として作った短刀を自分に渡してきたときには驚いた。
刃渡り三寸ほどであろうか、かなり小さい刃であるが重みがちょうど良い。かなり丈夫であり、振っても空気がうまく抜けるようになっているため、全力に近い速度で振っても耐えた。
これで未だ試作品だというし、いずれ刃渡り4尺ほどの太刀もつくるという。転位と呼ばれる曲がりやすくなる部分を排除した結晶に全く欠陥が無い完全結晶で作るんだと結菜は意気込んでいる。
結菜自身は武器を持っているし、わざわざ日々競いあう自分のために努力する結菜は、本当に面白い。
~荒ぶる魂の視点~
俺は、アルケ。厄災の錬金術師と呼ばれている。
俺が錬金術師になったのは、我が領の鍛冶職人のレベルがあまりに低かったからだ。俺は、領主の次男であり、面倒ごとは兄に押しつけた。兄も愚者だが、俺の価値を理解している一点では、まだ使える人間だった。
鍛冶職人が作る刀に俺は、不満だった。ちょっと相手の鎧に切りつけるだけで曲がる。曲がったら鍛冶屋ですぐに整備しないといけないが、そこでまた金をとる。すぐ刀を曲げてしまう領兵ども無能だが、俺の庇護がなければ生きていくこともできないやつが、俺から金をとろうというのだから何とも図々しい。
刃もすぐボロボロになり、砥ぐ必要があると言い、金をとる。金をとるのも腹が立つが、一人切るだけで刃がボロボロになるため、何本も刀を戦場に持ち込まないといけないため、領兵一人につきもう一本は、余計に準備していかないといけない。
対人戦争では、平均で一人斬れば、戦争は終わるが、相手が魔物とかだと、一本では全然足りない。鍛冶屋を連れて行って随時整備させるか、5本くらい刀を準備するか、どっちにしても金がかかる。
何とかできないかと思った俺だったが、鍛冶を学ぶなんて言う下民のやることはしたくなかった。王都の知り合いに錬金術に詳しいものがいて、そいつが新素材の刀の研究をしているというから、そいつの工房を訪ねてやった。
そいつも大して能力のない無能だったが、各地の素材のサンプルだけは収集していたようだったから、俺は、そいつに銅貨をなげつけて、そのサンプルを貰ってやった。あんな無能が持っていて100年研究しても、俺の1か月分の研究にもなるまいから、素材のためにも俺が役に立ててやるべきだと強く言ってやったら、ようやく無能も理解したようだった。
俺は王都に研究所を開設すると、サンプル素材の硬度を調べると、そのなかに一つ使える素材を見つけた。横からは剥がれやすいが縦にであれば、鍛冶屋がつかう鉄よりも固い。石の一種だが、重さはそこまでなく、領兵どもでも鍛えたら使えるようになりそうだった。サンプルの石は、あまり世界になく、普通に購入すると割高だったので、俺は研究を重ね人工的に作ることに成功した。
俺は、その素材を刀身に使うことにして、その割れやすい方向を縦にした。先端や根元から裂ける可能性はあるが、横からは折れない。先端や根元には鉄で覆いをして、その上に取り換えの効く鉄の刃をつけることができるようにした。
戦い後に、刃の部分を取り換えるだけで良いので、戦場に何本も刀を持っていくのに比べて、随分と軽くなる。この新しい刀をカエファと名付け売り出すと、各地の領主が、こぞって購入した。
武器革命により、俺は時の人となった。王都で、王からも何度も呼ばれ、俺には新たな爵位や役職が与えられた。俺は天才なのだから当たり前だが、ようやく世間が俺の偉大さが分かる程度に進歩したようだ。
俺は、与えられた役職により国の武器を管理することになった。無能な出入りの鍛冶屋はすべてお払い箱にしてやった。俺は、無能な鍛冶屋から厄災の錬金術師と呼ばれるようになったのだが、この称号を俺は結構気に入っていた。
真の天才とは、天災であり、無能どもには厄災であるのだから。
ところが、そんな時に異世界から来たという二人組がやってきた。俺の名声は異世界にまで知れ渡ったらしいと、会ってやると、男が怪力でそこらの武器を振ったら武器が壊れてしまうという。この怪力に耐えられる素材はないかというから、俺は勿体付けたうえで、特別に俺のカエファを見せてやった。
涙を流して喜ぶだろうと思っていたら、女が興奮を隠して分析したようなことを言い出す。
「素材的には人工ダイヤモンドに近いわね。魔素を利用して生成に成功したというところかな。しなりが出ないし、変形しないのはメリットでもあるけどデメリットでもあるのよね。」
俺は天才だから、奴らが本当は、この素材に驚嘆しているのに、安くで仕入れるため適当なことを言っていることを簡単に見破った。そこで、挑発的にお前らが扱えるような素材ではないと言ったら、女が生意気にもこれくらいの素材ならすぐに作れるし、いくらでも持っていると言いだした。
これは俺の偉大さを改めて王にも示すいい機会だと内心ほくそ笑んだ俺は、王の御前で武器の優劣を争うことにした。王だけではなく、わが国の要人が集まった前で、俺は新たに開発したカエファ2を披露した。以前に王にだけ見せたことのある素材で、かつてヒヒイロカネと呼ばれていた最高の素材を使って仕上げた作品だ。この素材は、わずかに赤いのが特徴で硬くさびにくいのだ。
男女が持ってきたのは、黒い小さなナイフだった。俺は笑った。これで俺に対抗するというのかと、王も貴族たちも皆笑ったが、男は表情も変えずに言う。
「これでないと我々の振りには耐えられないのでな」
俺は、お前らの文明の武器はどうか知らないが、俺の武器が振っただけで折れるはずがないと、武器を差し出して言ってやる。
「まぁ、この武器でも振ってみたまえ」
男は怖気づいたらしく、
「貴重なものなのだろう。壊してしまうのは申し訳ない」
などと言って逃げる。
これでは武器の優劣を決めれないと俺が言うと、女が同じ素材の武器があると言う。では、出してもらおうと告げると、女が取り出した武器は確かに見た目の印象では似た素材だった。
女が王に説明して言う。
「これはクロム鋼とよばれるもので、鉄、炭素、クロムを合わせた合金で、モリブデンを合わせた方がもう少し強くなるのですが、廉価につくれるというメリットがあります」
俺は、これが最高の素材だと説明してきていただけに女の発言に腹が立ち叫ぶ。
「お前の素材とは違うようだ。俺のは全く別の素材だ」
女は冷静だった。
「貴方の使われている素材を鑑定したところ、鉄が97%、クロム1.1、炭素0.2、珪素・マンガン・リン・硫黄が含まれているという結果ね。典型的なクロム鋼よ」
俺は怒って叫ぶ。
「この女は噓つきだ。モリブデンなんていう素材も存在しない」
女は不思議そうな顔で
「モリブデン鋼は便利よ。錆びにくいし、包丁などに適しているし。」
俺は、最高の素材として王に示し、ヒヒイロカネだと伝えたのだ。それを包丁呼ばわりされる物質にも負けると喧伝されて冷静ではいられなかった。カエファ2を手にして俺は思わず2人に黙れと言いながら切り掛かった。
何をされたかもわからないまま、気が付けば、俺のカエファ2は無残に折れていた。奴の持ってきたナイフを男が振るった結果らしい。俺が唖然としているとさらに追い打ちをかけるように女が言う。
「剣芯に硬い物質を使うという発想は面白いですけど、いざというときに折れるというのは使えないわ。それなら、まだ曲がったほうが良いわ。刃を変えるという発想も良いとは思うけど、カッターの2番煎じは否めないわね。」
すっかり王からの信用を失った俺は、実家の領土に戻った。実家は鍛冶屋に見捨てられ、鉄の素材すら手に入れることが困難になった。魔物を間引くために、俺は、仕方なく刃もついていないカエファを手にして魔物を叩き殺すしかなかった。
魔物の鋭い牙に怯えながら、毎日暮らしながら、なぜこんなことになったんだろうと思う。
なぁ、あいつらはいったい何者だったんだ?
それと、カッターってなんだったんだ?
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