第11話 体内エネルギーの話

~結菜視点~


「生体のエネルギー通貨」とも形容されるアデノシン三リン酸、ATPは、人体や多くの生物のエネルギーを生み出す主要な物質です。


 ATPは、アデノシンという物質に3つのリン酸基(P)が結合していて、ATP分解酵素の働きによってATPが加水分解すると、ひとつのリン酸基(P)がはずれてADP(アデノシン二リン酸)になるのだけど、燃焼の時にも似た話をしたのだけど、元々の物質の化学結合が失われ、新たな化学結合に組み替えられていき、その過程でエネルギーが放出されます。


 新たな化学物質が持つ結合エネルギーと、元の化学物質が持つ結合エネルギーとの差が、エネルギーが熱や光として拡散してしまうのが、火災などでの燃焼ですが、人体内で起こる燃焼では、そのエネルギーの差を人体の生命維持機能や筋肉を動かすことに使うことができます。


 脂肪1kgは7200kcalと言われるが、ATPでは、1mol=507.181gで10kcalほどのエネルギーしか生み出せません。実は、人体はATPという形ではあまり多く貯蔵していなくて、人体全体でも通常の運動で、数秒で使い切ってしまう程度にしか有していません。


 人間の体は、大きく分けると、グリコ―ゲンなどの糖質としてエネルギーを貯蓄する、あるいは脂肪などの脂質として貯蓄する。糖質の方がエネルギーとなるATPに変換するのが容易で時間も早いけど、脂質の方はエネルギーに変換するのが遅い代わりに蓄えるのに優位性があるのだ。


 脂質なんていらないという子は多いけど、ちょっと走っただけで肌がたるんでしまうのも困りものだから、バランス良く蓄えて、エネルギーが必要なときに必要な量のエネルギーを生み出せるように準備している。


 私たちは、異世界を巡るたびに新しい体に作り替えているが、作り替えるたびに、自身のエネルギーをより効率的に貯蓄できる物質で蓄えることができるようになっているし、燃焼した場合に発生するエネルギーの出力がより高い物質を利用できるよう進化していっている。


 私たちの消費エネルギーは1時間で原発5基とかで、運動中は、500万MJが毎時必要となる。1Jは約0.24calなので、仮にこれが地球の生物と同じだったら、脂肪で蓄えても、1時間で160tもの脂肪が必要となってしまうことになる。シロナガスクジラがかろうじて、それくらい蓄えているかもしれないが、私なら、多めに見ても脂肪に当たる部分は8kgくらいだから、0.2秒くらいでエネルギーを使い果たして、ガリガリになってしまうことになる。


~若彦視点~


 生物は幾千幾万という年月を重ねながら進化をする。普通の個体では体感できないであろう進化を結菜は経験している。自分も進化を続けているが、元々、自分は神界にいたときは、肉体は持たなかったから、肉体とはそんなものだろうという感覚だが、結菜には驚愕するべきことらしい。


 自分が最初に下界に来たときには二十貫75kgほどの岩を三十尺9mほど投げるのがやっとだったが、今では、白峰百万貫の岩4800tでも、上に向かって投げたら五里19kmほど上空まで投げることができ、成層圏まで簡単に到達する。二十貫75kgほどの岩を、今の自分が全力で投げたなら星の持つ重力を振り切ることもできるだろう。


 体力的にも、三日くらいは岩を投げ続けることはできるだろう。山を動かしたときは、一日のうち十刻20時間は岩を投げていたが、さほど苦ではなかった。結菜が少しは休まないと駄目だと主張するので、やむなく二刻ほどは休んでいたが。


 自分は、体力を回復するのに、寝たり、食べたりという人間の行動ではとても追いつかない。空気にある分解できそうな物質を全て捕捉し、周囲の光、風などの余力も自分の力として貯め込む術を今では身につけている。結菜も、同じであろう。


 それだけの力を持つに至っても、なお、神界の大神たちと対等に戦えるとは思えない。最強たり得るには、色々とまだ学ぶべきこと、見つけるべきことがあるようだが、それがまた楽しい。



~荒ぶる魂の視点~


 俺は、リゲン。終末の奴隷主と呼ばれている。

 俺が未だ若かった頃、初めて奴隷を買ったのは15歳の時だった。当時は冒険者をしながら商人をしていて、毎日20時間は仕事をしていた。奴隷を買えるだけのお金を必死で貯めて、初めて買ったときは天にも昇る心地だったが、翌日には、俺は後悔することになる。


 奴隷はすぐにサボろうとし、1日経っても、俺が見込んでいた仕事の半分もこなさない。俺なら半日で終わる仕事なのにだ。俺が鞭を振るっても、ちょっと仕事したと思ったら、またサボる。


 奴隷は、俺にとって奴隷が資産であり、奴隷を殺したり怪我させたりしたら大損だということを知り尽くしているようなのだ。1日8時間程度働いたら、それ以上は他の奴隷も働いていないので、自分も働かないと宣言する。本当に狡っ辛いが、仕方がなかった。


 俺が8時間の奴隷にとっての仕事時間中に鞭を振るって、ようやく予定の仕事量の七割くらいの仕事をするが、これでは元が取れるのは三十年かかり、元が取れたと思ったら、高齢になって奴隷は働けなくなり、食事代などの費用ばかりが掛かることになるので、奴隷から放逐することになるだろう。


 結果、俺の鞭を振るう時間分と鞭を振るう体力分赤字になるという状況だった。冒険者仲間は損得勘定のできないようなやつばかりだから、俺の不満を言っても大抵の奴は理解しない。冒険者で奴隷を持っている奴は、鞭を振るうのが快感なんだとかの変態と、奴隷をもつのがステータスだと思っているような奴ばかりだった。


 商人仲間にこの不満を言うと、奴隷の値段が適正だったということだと身も蓋もない反応をする。奴隷を買えば利益が出るなら、俺らも喜んで買うが、利益が出にくいから、お前でも買える値段で買えるんだと言われると、悔しいほど納得できた。


 俺は、奴隷に働かせて自分は働かないで良くなる生活を夢見ていた。俺は、FIRE、Financial Independence, Retire Earlyの実現を夢見ている。いつまでも商人と冒険者で働き続けるのではなく、早期に働かなくてもやっていける生活を送りたかったのだ。


 だから、俺は性懲りもなく、また頑張って稼いでは奴隷を買い、そして、また利益が出ないという悔しい思いを繰り返すのだったが、この流れが変わったのは俺が21歳になったときのことだった。


 俺は、その時、すでに5人の奴隷を持っていた。奴隷同士で監視し、鞭を直接俺が振るわなくても、なんとか採算割れにはならない程度の仕事をさせることができるようにはなっていたが、奴隷がサボる状況に大きな変化はなかった。


 大きな変化を生み出すことができたのは、安価なスタミナポーションの作り方を見つけたのだ。効果はやや低いが、圧倒的に安価であった。自分が作り方を見つけたとは言え、それは冒険者の中級程度の知識がある者なら、そう難しくなく思いつくもので、スタミナポーションを売って商売になるというほどの発明ではなかったが、俺には、このスタミナポーションで成り上がる未来図を描けた。


 まず、俺は、赤字で安くで購入できた鉱山の経営権を購入した。

 鉱山に俺の持っていた奴隷に加えて、新たに年齢的に放逐する直前になっている奴隷を引き取った。そして、奴隷達に24時間スタミナポーションを体内に投入できる管を取り付けさせた。


 この管をつけさせて、働かせたところ、1日18時間仕事をさせることができるようになり、ほぼ俺の理想通りの仕事をするようになり、採算が十分にとれるようになった。俺が儲けていることは分かっても、その儲けのからくりをしばらく秘密にできたことで俺は、多くの鉱山の経営権と奴隷を手に入れることができ、俺が30歳になる頃には100の鉱山と1万人の奴隷を手に入れるまでになった。


 貴族達が、儲かっている俺に利益の元となっているからくりを知ろうと圧力を掛けるようになってきていたため、俺は王家に安価なスタミナポーションの作り方の知識と奴隷の運用についての知識を献上し、王家との太いパイプを作ることに成功した。


 世界的には奴隷の価値が急騰してあらたな奴隷を手に入れるのが難しくなってしまったが、王家とのパイプを活かして、今までの価格とはいかないまでも、それに近い金額で戦争捕虜奴隷を入手し続けることができた俺は、引き続き事業を拡大していくことができた。


 王家とのパイプができたことで更に有難かったのは、錬金術師から多くの知識を得ることができたことだ。この知識の中に、今の俺の地位を築くことになった医療用大麻の知識があった。


 脳内麻薬の作り方を知った俺は、王家に正当な報酬を払いつつ、俺の理想以上に働く奴隷に褒美として麻薬を投与してやった。医療用大麻であるため、常習性はそれほど高くなく、直ちに健康を害することもなかった。


 奴隷は、脳内麻薬の投与を望み、そのため馬車馬のように働くようになった。1日21時間働くような奴もいて、俺は、世界最大の奴隷主というだけではなく、王家と切っても切れない関係を築いており、王家と一体となって見れば世界最大の勢力にまでなっていた。


  40歳になった俺は、今や、世界の鉱山の約半分、500カ所の経営をしていて、奴隷は10万人を超えていた。当時の世界の人口が2億人、奴隷が1000万人くらいだった頃の話だ。


 奴隷の非人道的な取扱いに抗議する他国が我が国に戦争を仕掛けてきたのだが、俺の有する戦闘奴隷、強い脳内麻薬を使わせて痛みすら感じなくなった最強集団が撃退し、俺に戦争を仕掛けた奴らを滅ぼし、奴隷にすることで俺は、事実上の世界の王になった。俺に抗議して戦争を仕掛けた国は、俺の戦闘奴隷を解放することを旗印にしていたため、戦闘奴隷に対して攻撃することを躊躇っていたので、蹂躙することも容易だった。


 俺に陰口をたたく奴から、奴の奴隷になったら、管を入れられる管奴隷にされ、人生の終わりだと悪口を言うようになり、俺のことを終末の奴隷主と言われるようになっていたが、この頃には、そんな陰口を叩いている奴に、そう遠くないうちに借金まみれにして、俺の奴隷にしてやろうと言うと、青くなって逃げ出すようになっていた。


 俺に戦争を仕掛けた国の奴らのことごとくを奴隷にして奴隷の数を増やした俺は、50歳を過ぎた今では、世界に100万人の奴隷を所有し、王家が所有する奴隷や俺の傀儡国家が所有する奴隷まで、俺が管理しているため、世界に2000万人を超える管奴隷が誕生していた。世界の人口の10分の1、奴隷は数が増えたとはいえ2500万人くらいだから、奴隷の8割は俺の管理下にあることになる。


 もはや誰も俺には逆らえず、俺がFIREを実現するどころか、俺にFIRE(解雇)と言われたら、貴族でも人生は終わるほどの権力を有するようになっていた。


 そんな折に、異世界からの男女が現れた。


 神からの依頼とかで、非人道的な取扱いをする俺を討伐するとか眠たいことを言っていたので俺の戦闘奴隷を派遣した。以前の戦争の時のように躊躇するかと思いきや男女は全く躊躇することなく、戦闘奴隷達を葬り去り、俺は戦闘奴隷という大事な資産を失った。


 慌てた俺の元に二人組が来るのを防ぐため、全精力をかけるが、まったく止めることもできず、目の前に現れた奴らは、俺を前に女と男は日常のような会話を繰り広げる。


「貴方のことを人道的に非難するつもりはないわ。麻薬の投与によりドーパミンで快楽を与えるなんて、一定程度技術が発達した世界では、脳内麻薬のコントロールなんて普通に行われているしね。」


「うむ。物質的な面である程度余裕が出てくると、脳内麻薬でも出させないと、戦争での人殺しなどできなくなるからな。」


「管つけたままは、若干引くけど、まぁ、見えない鎖でつながれて、ボーナスとか給与という名称の物で、脳内麻薬のコントロールをする企業と、それが分かっていて従っている会社員と言う名の奴隷にさせられて、20時間近く働かせるブラック企業と何が違うかと言われると、それほど違いはないんだけどね。」


「どちらも悪ではあるが、片や討伐され、片や、黄色と黒は勇気の印なんて歌われるのは、違和感はあるな。」


「リゲ〇ン!?若彦、いったいいつの日本文化を見てきたか知らないけど、多分、誰も知らないよ。CMネタはすぐ風化するし、私の親世代のCMだからね。」


「結菜、お前はなぜわかるのだ?」


「…。ま、それはともかく、リゲンだっけ?21時間は働かせすぎね。討伐しないと、この世界がおかしくなるという神々の依頼なので、成仏してね。」


「我らは仏の手の者ではないし、黄色と黒は24時間だったけどな。」


その後、俺は、抵抗することも全くできないまま、あっさりと討伐された。


 なぁ、あいつらはいったい何者だったんだ?

 それと、24時間働かせることのできるリゲ〇ンってなんだったんだ?

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