第12話 瞬間火力

~結菜視点~


 全話で話したとおり、人間が運動をする際には、「生体のエネルギー通貨」とも形容されるアデノシン三リン酸、ATPを燃焼させてエネルギーを取り出し、そのエネルギーで筋肉を動かし、運動をします。


 では、その運動量はどうやって決まるのかと言うと、実はよくわかりません。なぜかと言うと筋肉量が多い人が、常に力が強いわけではないから。筋肉が多ければATPが多く燃焼され、必然的に力も強くなると思うのですが、筋肉量と力に相関関係を示すほど明確なグラフにはならず、ある程度因果関係はあるだろうという程度にすぎません。


 機械でいうと力とエネルギーの相関関係はとてもわかりやすい。


 ロボットを動かす場合などは特に顕著で、モーターを動かすエネルギー投入量がほぼ生み出される力になる。これは電気を利用したモーターのエネルギー変換効率が高いためだ。


 機械でも、エンジンとなると、エネルギー効率は異なる。投入するエネルギーであるガソリン、重油、天然ガス、そういうものが持つエネルギーに対して、40%程度が駆動力になるが、逆に言うと6割は、排気ガスの生成や音や熱に変換される。人間のATP燃焼と、そういう意味では近い。


 無論、電気も、それを生み出す際には同じようにエネルギー変換ロスが相当ある。太陽光発電でもエネルギー変換は30パーセント程度だし、発展途上国の石炭原発などだと25パーセント程度しか変換できない場合もあるから、電気が優秀というわけでもないけど。

 

 ガソリン車で考えると一番わかりやすいかな。ガソリンを大量に噴射させてエンジンをより速く回せばトルクは出るけど、ギアを入れていなければ前には進まない。ギアを前に入れていてもドライビング力がなければ、速く走れない。


 同じエンジンを載せていても、シャーシや空力、タイヤなどすべてが整っていないと早く走れない。F1とかでチームで同じエンジンを載せているのに順位が全然違うなんて言うことがよくあるけど、あれと同じ。


 ちなみにF1の変換効率は50%を超える。あれだけの音を出すのに驚きだ。普通の車の消音機能がすごいのか、F1のエンジン出力の大きさが普通車に比べて大きすぎるのか、両方なのかもしれないけど。


 ATPの高エネルギーリン酸結合の加水分解に伴って実際に放出されるエネルギーは個人差や、場所などによって差が大きいようで、私たちの燃料変換の仕組みでも同じように場所によっては効率化が未だはかれる場所があると思っている。


 それに、ATP燃焼でエネルギーを発生させるのは同じでも、筋肉の質や、筋肉をどれだけ早く動かすかの指示などにより速さや力強さは変わってくるから、そこら辺を調整して、最適なパフォーマンスを生み出せるようにするという意味ではF1エンジニアと変わらないかもしれない。

 

 

~若彦視点~


 今の自分たちは人型で発揮できる出力としては、至高であろうが、未だ足りぬとの思いもある。しかし、溜め込んでいる運動資源エネルギーを燃焼させて、運動につなげる回路は、拡張と効率化を進めてきて、これ以上の発想が浮かんでこない。


 運動資源の燃焼効率も相当高く、生み出された膨大な熱を回生して再度運動資源として利用する仕組みも体内に整備しているし、結菜も最近は調整が多く、より高い出力を実現するための仕組みについては手詰まり気味のようだ。


 尤も、さらなる出力が必要かも分からぬが。


 自分が空気に対しての対策をすることなく、腕を最速で振るえば、空気が逃げる間もないため、圧縮され、空気が加熱し膨張する。五分光年0.5c0で振るえば、その圧縮された空気だけで大抵の相手は倒せてしまう。熱の壁を越えたときに起きる現象に後ろから極めて大きな力で押し出されるために拳が届くか否かは関係なく、相当に遠いところまで熱風が届き、相手は何をされたか分からないまま拳大の部分が高熱で蒸発し、周囲も衝撃波が多くの被害をもたらすであろう。


 だからこそ、日頃は空気を圧縮しないように吸い出して、後ろに逃がしてやるが、この手間をしないだけで、こんな破壊力がでてしまう。こう考えると、物理的な強さ以外の強さを探究するべきかもしれぬ。



~荒ぶる魂の視点~


 俺はブロー。ハードパンチャーのブローとは俺のことだ。

 

 俺が物心をついたときは孤児院だった。孤児院は、隙間風が入るどころか、雨露もしのげねぇ、衛生状態は劣悪という最悪の環境で育った。ただ、幸いなことに腐った食べ物だけはあった。


 5歳になった俺たち孤児は、ゴミ回収の仕事をさせられたが、その飲食店街のゴミを俺たちは食って育った。俺が孤児院で過ごして得たのは、このガタイと何を食っても腹を壊さない鉄の胃袋だけだが、それでも俺は幸せな方だったと思う。


 孤児院の中には満足に食料が与えられないところも多かったが、幸いにも俺の孤児院のある地域では戦争はなかったから、ゴミを大人の浮浪者と奪い合わずに済んだ。


 俺が13歳で孤児院を出て、すぐに闘技場で働きだしたのは、自然なことだった。俺たちの先輩になる奴らは大抵、闘技場に行っていたから。頭がよさそうな奴は、そこで裏方の仕事を貰えたが、俺は頭は全くダメだったし、ガタイがよかったから選手としての仕事を与えられた。


 昔は剣で殺しあう闘技場も多かったが、俺の所属した闘技場では、拳で殴りあうだけだったから、50人くらいの選手のうち1年間で死ぬのは2から3人という程度で、これも恵まれていた。


 ここで毎日、サンドバッグを叩いて、体力をつけて力を付けた俺は、18歳の時には闘技場で最強と言われるようになった。孤児の俺にしてはできすぎた話だ。孤児院の仲間からも慕われ、孤児院に対しても資金援助できるようになり孤児院も建て替えることができ、孤児院で行う仕事もゴミ収集だけではなく植物の栽培などもはじめられるようになり環境も大きく改善できた。


 神様は優しいかと思っていたが、そいつは違った。


 俺が20歳になった頃には、ハンディ戦、相手の手にはおもりを持たせてパンチ力を上げさせたり、相手が複数となるような戦いだが、こういう戦いもこなすようになっていたのだが、ある時、俺が彼女といたときに、剣を持った集団に襲われた。


 相手は、俺の対戦相手に賭けて、大損したというだけの糞みたいな貴族の長男のボンボンだ。俺の対戦相手にたくさんの金を賭けて、俺に八百長で負けろと言ってきたのだが、俺は断って、試合に勝ってやったから、私兵団に俺を襲わせたのだ。


 俺は剣でズタズタに切られて、生死の境を彷徨った。彼女は命を落とし、俺は一命をとりとめたが、肘から先の両腕を失い、さらに、その貴族から付け狙われ逃げるしかなかった。命を奪われそうになり、それを国王に訴えたのだが、さらにその貴族から狙われるだけだった。


 やはり、この世の中は糞だと思った。

 

 強くなければ死ぬしかないのだ。俺は逃げおおせて、チャンピオンで、色々と孤児院の仲間を世話していた時に孤児仲間の一人で冒険者をしていた男に頼まれて買った未知の古代遺物の義手を取り付けることができた。


 この義手は動かない壊れたものだと思っていたが、肘から先があれば、魔物を殴る程度には使えるだろうと思って取り付けたのだが、幸いなことにこの義手を取り付けてみると、指なども動かすことができた。


 この義手は鋼鉄製で重さがある上に、先端の拳が1mほど伸びる仕掛けがあった。しかも、この伸びがとんでもない速さで伸びる。魔素を使うらしく、1回使うと1日は使えなくなる機能だったが、十分だった。


 衝撃破が真横に飛び、前方には熱の波が伝わり、5m先の人をも熱で倒せるのだから。熱の攻撃は鎧を着ている相手でも容赦なく焼き殺せる。俺は、貴族と、こういう貴族を罰そうともしなかった国に復讐することを決意した。


 俺は、俺を襲い彼女を殺した貴族が通るという道に待ち伏せし、襲った。護衛が5名いたが、それくらいはどうにでもなった。切り札を使わなくても鋼鉄の拳は、彼らの剣をも砕き、骨を砕く。護衛を制圧して震える貴族を馬車から引きずり出して、切り札でミンチにしてやった。

 

 俺は、それを皮切りに、貴族を次々と襲い、殺していった。俺は時に討伐部隊に追われ、あるいは襲った貴族に逆襲されと危うい場面もあったが、いざとなった時の切り札を使えば、逃げることはそれほど難しくなかった。


 俺が25歳になる頃に、この国のあらかたの貴族をミンチにし終えたのだが、国王にまで拳を届けてやろうと狙っていたら、他国が攻め込んできた。俺は、国王をミンチにすることができないまま、国王は他国の兵の手で殺された。


 王が殺されたのは構わないのだが、俺にとって唯一の救いだった孤児院は他国の兵により破壊され、孤児たちにも多くの死者がでた。闘技場の仲間たちも多くが殺され、生き残った者も力がなかったため、仕事を一般の民に奪われた。


 俺が貴族を殺して回ったせいで、国が混乱して隣国に攻められた。戦争を引き寄せてしまったのだ、俺が。孤児にとって、他国の悲惨だった状況よりも悪い状況に俺がしてしまったのだ。俺は、俺が許せなかった。俺は、自分を徹底的に追い詰め鍛えなおした。切り札が回数の制限なく使えたなら、他国に攻められても俺一人で追い返すこともできたはずだと思ったのだ。


 そして、俺は生き残った孤児を鍛えて強く生きていけるようにすることが、俺の贖罪だと考えた。生き残った孤児を集めて、街から出て、近くの山に小屋を建てて、孤児たちを鍛えることにし、切り札についてはマジックポーションを義手に取り付け、利用ごとにマジックポーションを取り換えることで、その使用できる回数を大幅に増やせるようになった。


 マジックポーションはとても高いものだが、孤児院で育てていた植物の中にマジックポーションの原料となるものがあったから、栽培を続けて、少しずつ貯めていくことにしたのだ。


 俺は32歳になるまで雌伏していた。俺は隣国に復讐するつもりだったが、生き残った孤児の全員が独立してやっていけるようになるまで我慢しようと思ったからだ。孤児たちのうちついてくるというものもいたが、俺はそういう孤児を殴りつけて、1人で隣国に出かけた。


 隣国で、俺は死ぬかもしれないと思っていたが、城内に簡単に入ることができたこと、軍隊が攻めてくることは想定しても個人が攻めてくるなんて思っていなかったようで、俺が大量のマジックポーションを使い切り札を使い続けたら、隣国の城を完全に崩壊させ、城内の兵も貴族も王も生死が分からないような状況にすることは、そこまで難しくなかった。


 俺は本懐を果たしたのだが、世界を見渡せば、どの国も底辺の民のことなど考えない下種が指導者であることに気付いた。各国の民も、底辺の民のことは考えず、甘えて生活しているのが許せなかった。


 王が死に国が混乱させることで、孤児出身者も、普通の民も、同じ土俵に立たせたなら、底辺の民のことが分かるようになるだろうと思ったのだ。俺は、その後、2つの国で城を破壊し、王や貴族を生死不明に追いやった。俺が正体不明の「ハードパンチャーのブロー」と呼ばれるようになったのは最近のことだ。


 次はどこの国を狙うか頭をひねっていた時に、俺のもとに二人の男女が訪れた。

話を聞くと、俺は荒ぶる魂を持つ者として認定され、神から討伐対象となったという。あの優しくなかった神の贈り物は二人の刺客とは、呆れる話だった。


 だが、この二人の圧倒的な拳の強さを見たとき、俺の考えは変わった。神は俺の願いを叶えたのだと。俺が本当に許せなかったのは俺だったんだと。俺を殺してくれる奴に会いたくて世界に喧嘩を売っていただけだったんだと。


 最後に至高の武とは何かを見せてもたえて、俺を叩き殺してくれるなら、それは本望だったんだと。俺は二人に感謝を告げ、穏やかな気持ちで最後の切り札を放つ準備をした。


 今までにも込めたことのない最高の一撃を放った俺を男は笑って受け入れた。最高の振りの打撃を男の胴体に当て、切り札を発動したその瞬間、男は3歩ほど下がった位置にいつの間にか動いていて、近づきながら拳を俺の拳にぶつけてきた。


 俺の拳は一瞬で吹き飛び、俺は強烈な熱風を受けとり意識を手放した。意識を手ばなす直前に「安らかに眠れ、異世界のマイク・タイソン」という声を聴きながら。


 なぁ、あいつらはいったい何者だったんだ?

あと、マイク・タイソンって何者だ?

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