第7話 打撃の話

~結菜視点~

 

 今更の話だけど、若彦の拳は超ヤバい。

 物体の衝突時のエネルギーは、物体の重さ×スピードの2乗を2で割ったものだけど、普通の拳の場合は、そこに拳の硬さが加わる。拳が柔らかければ衝撃を吸収してしまうからだ。拳に石を持っていると威力が上がるのは、物体の重さによる影響よりも、拳が威力を吸収しなくなることによるものが大きい。若彦の場合、拳は地球上のあらゆる物質、ダイヤモンドなどよりもはるかに硬く、衝撃を拳が吸収するなどということはない。


 衝撃を相手が飛ばされることで吸収するとか反発するとかというところも重要な話なのだけど、今回は、拳が当たったときまでの話。


 通常、拳による打撃は、体重を乗せるように意識して打った場合で、体重の5%くらいとなるから、若彦の場合、体重70kgで3.5kgとなる。先日の動く鎧に対応していた若彦は随分と手を抜いていたが、それでもマッハ1程度の速度で殴っていたから、秒速343m。350mとして、物体の重さ×スピードの2乗を2で割ると21万4375J0.21メガジュールとなる。1tの普通自動車であれば、時速52.7kmの車に衝突した場合とほぼ同じだ。鎧がへこんでいたのも当然だ。


 武器として最強の打撃を持つものとして考えると、戦車で、アメリカのM1エイブラムスの砲弾が18.6kg、初速1,670mで、2593万6700J、約26MJとなる。製造から80年経った2021年でも最強と言われる戦艦大和の主砲が、1.5tの弾丸を秒速780mで、飛ばすことができるので、456MJ。主砲が一斉射撃を行えば3連砲塔が3門で9倍、4104MJと流石の一言だ。


 ただ、本気で若彦が拳を打つと、0.8c0(光速の80%)とかになるから、この場合は、秒速24万mの2乗×3.5kgを2で割るので、約1000億J、10万MJ10万メガジュールの打撃となる。戦艦大和の艦砲射撃、25回分。


 やはり若彦の話をすると、原発1基が1時間で産み出せるエネルギーが100万MJだけど、これと比べないと話が収まらなくなってしまう。


 他に比べるとして、ジェット機(350t)が時速1,000kmで飛行している時のエネルギーが150億J、1万5000MJ。ジェット機がマッハ2で飛行できていたとしたら、だいたい同じくらいのエネルギーになる。


 そして、その衝突のエネルギーが伝わる接地面がどれくらいの大きさによるかによってダメージの種類が変化する。接地面が小さい物であれば、より貫通力が高まる。若彦の拳の場合、接地面に関係なく本気を出したなら、およそ考えられる物体は、ほぼ全て貫通するのであまり関係がないのだけど、硬芯徹甲弾とかが作られたのはこれが原因だ。


 劣化ウランやタングステン等の硬く比重高い金属で作った弾芯を、軽金属合金で覆って弾体で、命中時に外側の軽金属部分が潰れて表面に留まり、硬く重いタングステンの弾芯部分だけが装甲内部に侵徹するというのが、硬芯徹甲弾の基本的な構造だ。


 こうした知識を確認しながら、私は、日々、そんな若彦の拳がどこから飛んでくるか、その拳にどう対応するかを考えている。普通の女子高生だったはずだったんだけど、どうしてこんな日常になったんだろう。


~若彦視点~

 

 結菜が自分の拳に対応するため、どうしたら良いか考えているのは気づいていたが、自分が拳を振り上げ五分光年0.5c0で攻撃を仕掛けた時に、結菜が拳と拳を合わせようとしてきたのには驚いた。


 結菜の体重は軽く、必然的に拳の重さも軽く、速度も後からの反応であるため、結菜はコンマフォー四分光年、0.4c0程度の速度の拳であったから、結菜に勝ち目があるとは思わなかった。今までも結菜は、自分の拳を避けることに集中していたし、反撃するにせよ、避けてからであった。


 正面から打ち返してきたのは、これが初めてであり、さらに驚いたことに自分の拳は結菜の拳に打ち勝てなかったのだ。どんな魔法を使ったのであろうか。


 結菜と一緒にいると本当に退屈しない。神々といるより遙かに楽しいのだ。



~????の視点~


 私には前世の記憶がある。日本で、ブラック企業というわけではないが、とても忙しい会社で、毎日仕事に追われていた。仕事でキャリアをしっかり積んで男以上に仕事のできる女性になって管理職を目指してくれという会社の方針に不本意ながら従って、寿命をすり減らしながら頑張っていた。


 恋愛?はっはっは、そんな暇があるわけがなかろう。休日は死んだように眠り、通勤時間中にライトノベルを読むくらいしか自分の時間はなかったわ!


 そんな私が、この世界に転生したのが20年前。過労からくる心筋梗塞で死んだことを理解すると、まぁ、そうだろうなと思ったよ。この世界は、女性がちゃんと大事にされている世界だったから、私は、転生して、初春という名前で生活できていることが、心底、良かったと思うよ。


 あっちの世界では、女性は男性に負けないように働けと会社にプレッシャーを掛けられて、そんな暇があるわけないのに結婚しろと周囲にプレッシャーを掛けられて、結婚したら子供を作れと親族にプレッシャーを掛けられる。


 子供を作れば、今度は、子育てや家事は女性の仕事と家族にプレッシャーを掛けられるのだから。フルタイムで働かせておいて、子育てや家事に俺も手伝うからというスタンスで平気で接してくる夫など持ちたくなかった。


 言うまでもないが、女性がフルタイムで働いているなら、子育てや家事はどっちが主体でもないのだが、多くの男性は女性が主体になると決めてかかる節があったから、そんな不幸で毎日イライラが募るであろう結婚を望んでもいなかったが。


 無論、そうでない男もいるのだろうが、そういう希少な男に出逢う奇跡を、わずかな自分の時間で実現できるとはとても思えなかったからな。


 こっちの世界は、衣食住をしっかりと男性が確保して、女性にあらゆることとを求めてきたりなどしない。こっちの世界は、日本とさして変わらないのだが、女性の数が5分の1ほどしかおらず、男性数名に対して女性1人というのが当たり前で、男性より女性の方が力が強いのじゃ。


 妊娠、出産する際、女性は6ヶ月ほどで出産し1回の出産で5人前後を産む。赤ちゃんは生まれたてはかなり小さい。生まれると男性が赤ちゃんを連れて帰り、しばらくは男性が子供の面倒をみてくれていて、その間に女性は出産後しばらく休んで体力を回復するのじゃ。


 この世界では女性が少々小さくて丸い。そして語尾はのじゃ、いわゆる、「のじゃロリ」であるのじゃ。ま、男性もそうなのじゃがな。いかん、いつもの癖が。日本から久しぶりに来訪者が来ると聞いておるのに、このままでは20歳にしてロリババア認定されてしまうのじゃ。


 前世のことを考えるのじゃ、それはそれで腹立つことも多いのじゃが、そうしたらあの頃の口調に戻れるのじゃ。初めてのゲストヒロインというやつになるらしいからの。断固としてロリババアには認定されぬぞ。



~荒ぶる魂の視点~


 俺は、DLM運動の主催者のガランだ。

 DLM運動を知らないだって?男性の生活をより良くっていう運動さ。それならMLM(マン・ライブズ・マター)じゃないかって?わかってねぇな、語感が悪いだろ。

 

 俺たちの世界の女たちを許せねぇとお前は思わないか?

 男に高圧的でちやほやされるのが当たり前だと思っていやがる。気に入らないことがあると、「のじゃ」と言って、大槌を振り回す。男としては、そんな女たちを許せねぇと思うのは当然だろうが。


 妊娠が大変だって言っても、6か月くらいしかねぇし、その期間だけでも弱って殊勝な態度を見せるかと思ったら逆に威張るんだぜ。やってられねぇよ。


 昔、俺たち男は刀という武器を持っていて、女は武器を持っていなかったんだとよ。今の女たちが強いのは大槌を持っていて、男が武器を持たないからだと思うんだ。


 今、異世界から来訪者がくるって女たちが騒いでいるからな。そして、女たちは見栄っ張りだから、暴力的な側面は隠したがっている。で、今なら上手いこと言って大槌を女たちから預かることができると思うんだ。


 そして、それを隠してしまう。刀も密かに制作しているからな。今を逃すと後はねぇぜ。俺たちの未来のために、お前も乗らねぇか?


~初春の視点~ 


 来訪してきたのは男女。男性の方は半分神様という存在らしい。今のところ、妾の「のじゃ口調」は抑えられている。若彦という男性は、なかなかいい男じゃなと浮かれていたら、街の男たちが騒ぎ出した。


 なんじゃ、妾たちへの嫉妬かと悠然としておったら、刀を作っておったらしく本気であるらしい。妾たちも大槌を持たねば、刀を持った男性たちには勝てぬぞ。



~荒ぶる魂の視点~

 

 俺たちの企ては99パーセント成功した。大槌のほとんどを取り上げることに成功したし、刀も持った。負ける要素はねぇ。これで女たちにいうことを聞かせられると思ったんだ。ところが、異世界から来た来訪者、こいつらが全く計算外だった。


 単なる物見遊山だと思ったら、荒ぶる魂とやらを鎮めるために来たらしく、荒ぶる魂とは俺たちDLM運動の関係者のことだったらしい。


 俺たちは、これでもドワーフ族の血を受けた末裔だ。女に少し負けてはいたものの、力は強い。刀の練習もした。ドワーフ族のパワーで刀を振るえば最強になると俺は思っていたから、男どもを連れて、女の前で強いところを見せつけてやろうと出張ったら、二人組の男女に、見るも無残にぼこぼこにされちまった。


 俺は、確かに悪いことをしたと思う。力で女をねじ伏せようとしたし、刀を手に入れて調子に乗ってたとは思うんだ。だが、本当は、俺は「のじゃロリ」が嫌だっただけなんだ。俺のタイプはエルフのような細い女性だ。


 生活スタイルを変えたら、俺の好みの体形になってくれると思ったんだ。それは、そんなに悪いことなのか?

 顔の形が変わるほど殴り飛ばされなきゃなんねぇほど、悪いことをしたか?


 そして、異世界人の女に「強くなければ生きていけない。だが、優しくなければ生きている意味がない。って、フィリップ・マーロウが言っていたわ。異性にも優しくできない人間に生きている意味があるのかしら?」って言われなきゃならないほど悪いことをしたか?

 

 なぁ、あいつらはいったい何者だったんだ?

 それと、フィリップ・マーロウって誰なんだ?

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