第6話 情報伝達(神経の話)

~結菜視点~


 私たちが、戦う上でのボトルネックとなるのは情報伝達にある。若彦の攻撃を認識して、その攻撃への対応を脳内で定め、実際に神経に伝達し行動に移すまでの時間をどう短縮するかというのが、最大の課題なのだ。


 若彦の0.99c0(光速の99%)の速度で攻撃を受けようとする場合、視界に攻撃を仕掛けてきていることが映った瞬間には実際には攻撃が99%進捗している、つまり攻撃を受ける直前ということになる。(無論、予備動作なしで0.99c0に到達できるわけではないのだけど。)


 私たちの神経伝達経路や伝達物質は、人間が有している経路(シナプスにおける電気変換など)、運動神経伝達物質(アセチルコリンやGABAなど)に比べて、より高速に伝達できるよう相当な進化を遂げているのだけど、それでも光速に達するわけではないし、脳内の処理速度も相当に高速化しているが、それでも全くゼロになるわけではないのだ。


 「網膜もうまくに像を映す」「視覚神経、中枢神経を通って脳に伝達」「大脳皮質で対応を決定して、運動を命令する」「中枢神経、運動神経を通って骨格筋に伝達」というプロセスを経ているうちに若彦の拳を貰ってしまう。


 このため、私は反射を利用することを考えた。反射とは脳を経ることなく、運動を行うというものだ。熱い物に触れたときに起きる、おなじみのあの反応が脊髄せきずい反射だ。膝蓋腱しつがいけんを叩くと下腿かたいが跳ね上がる膝蓋腱反射しつがいけんはんしゃなんて言うのもあり、そういう反射を参考に運動神経伝達物質を事前に準備することで今の私たちは相手の攻撃に対応している。


 この動きにも魔素が関係する。自分が光速でギリギリ避けることのできる位置に向けて、魔素を棒のような形状にして立てているのだ。魔素は、透明で見えないが、私たちはハリネズミのように大量に棒を立てている。そこに何らかの攻撃が当たれば、光速(ほぼ1.0c0)で皮膚に伝わり、伝われば即座に回避行動をとれるようにしている。


 このハリネズミの針が直接皮膚に当たっている数万箇所に、それぞれ当たったときの角度や強さに応じて、どのように回避行動をとるかを予め定めている。最初の頃は、相手の攻撃を感知するたびに自分の体が変な動きをして、転んだり筋を痛めたりと散々だったけど、今では、ほぼ完全に使いこなせている。


 仮に魔素がない世界であっても、自分の体につけているハリネズミのような魔素は持ち込むことができる。無論、いったん攻撃を受けて、その柱が壊れてしまえば、魔素がない世界では補充が効かないのだけど、めったにこの緊急回避行動をすることはないので、ほぼ、どの世界でも使えている。


 とはいえ、全ての攻撃を避けることができるわけでもない。不可避の攻撃というのも当然あるし、安全に回避できる距離で常に回避行動していたなら、攻撃などできないのだから。


~若彦視点~


 結菜との戦闘が高速化が進んだ際に、結菜が自分より早い回避行動をとることができるようになっていることにすぐに気がついた。二回連続で結菜に負けたのは、その時以外にはない。


 自分は、結菜が魚虎はりせんぼんが持つような無数のとげを魔素で構築していることには気づいて、自分もすぐ真似てみたが、魔素に当たって、魔素が皮膚を押す感触を得てから回避しても、結菜のようには回避できない。なぜ、そのような行動をとれるのか不思議であったので、素直に聞いてみることにしたところ、結菜は破顔して、あっさりと教えてくれた。


 反射という生物が持つ反応を利用したもので、自分の攻撃が近づいてきたことを感知したなら、そこから事前に設置していた運動神経伝達物質が運動神経に流れ出て、全身で回避運動を始めるようにするとのことだった。


 話を聞いたときには運動神経伝達物質という存在自体を認知していなかったから、ずいぶんと面食らったが、運動神経伝達物質を認知できると、なるほどと理解した。何万もの点に、しかも複数の運動神経伝達物質を仕掛けておくという発想に呆れもしたが。


 結菜のやることは本当に面白い。

 

 自分は、この存在を知ってから、これを攻撃に利用することを考えた。この手法は、別に回避だけができるわけではないのだ。運動神経伝達物質により手足が動かせるのだから、定められた攻撃を行うのならタイミングを決めて運動神経伝達物質が流れるなら、最速の攻撃となるであろうと考えた。


 実際にしてみると、今までの攻撃は、こういう流れで攻撃しようと考えていても、脳が攻撃の結果を確認し、次の運動行動を指示する伝達物質を準備し、伝達物質を神経に流して、脳から遠く離れた手や足が動くという時間が随分とかかっていたことに気がついた。


 無論、結果を待たずに次の行動に移すというのは、危険な、結菜のいうリスクがある行動ではあるのだが。


~荒ぶる魂の視点~


 俺は、キラン。この世界で百年近くにわたり大将軍と呼ばれている英雄ギラート将軍の直属の部下で、最も信頼されていた者のひ孫だ。

 ギラート将軍は元々、小さい領主の次男だったのだが、隣のやや大きい領主に難癖をつけられて、滅ぼされたと聞く。親も兄もなくした当時まだ10歳だったギラート将軍は、50名ほどの部下とともに我が家を興した初代の領主であり、軍神とまで謳われたギラート将軍の祖先の陵墓まで逃げ延び、その陵墓の中に籠ったところ、不思議な鎧を発見した。


 その鎧をギラート将軍が着てみると、手足が自分がどう動くか考えなくても、攻撃しようと思うだけで、最速の速さで剣をふるうことができることが分かった。剣の振るい方も数百種類あり、そのいずれで攻撃するかを鎧が決めて、攻撃するというロストテクノロジーの詰まった逸品のようで、ギラート将軍は、この鎧があれば、いずれ復讐ができると思い、一度、落ち延びることにして雌伏の時を過ごしたという。


 ギラート将軍が、王都に行き、この鎧を複製できないかということを考え、協力しそうな鍛冶師、錬金術師に当たりを付けた。紆余曲折の後、なんとか複製に成功したのは、そこから5年も経った頃だったが、ギラート将軍は、その5年間、毎日、この鎧を使いこなす訓練をしていたため、初めて鎧を着た時に比べて、圧倒的に強い力と早い動作で、その鎧の持つ攻撃を行うことができるようになっていた。


 15歳になったギラート将軍は、以前から付き従ってくれていた兵士に複製に成功した鎧を配り、俺の親や兄を殺した隣の領主に復讐をするために出陣した。出陣できたのは47人で、その中で最年少だったのが俺の曽祖父である。


 見送ってくれた王都の仲間も5000人規模の兵を持つ相手であり、ギラート将軍たちが全滅すると思っていたらしいが、見事に隣の領主を討ち取ることに成功した。王家に斬奸状ざんかんじょうを提出していたギラート将軍は、王家に罰せられることもなく、幸いなことに王家にとっても討ち果たした領主は愉快な存在ではなかったようで、逆に褒め称えてもらうことができた。


 それ以来、ギラート将軍は、王都で注目を浴びるようになり、王国一の兵おうこくいちのつわものとの称号を与えられ、数々の大会で勝利し、数々の戦争で武勲をあげ、王女様を娶ることも許され、ついに将軍として働くようになった。


 将軍として、例の鎧の簡略版を大量生産し、世界の軍事強国を全て倒し、世界を我が国にひれ伏せさせることに成功し、大将軍となったのは皆が知るところだ。そして最初からギラート将軍に付き従っていた47人は全員領主となり、俺の祖先も領主になった。


 簡略版の鎧は、新兵に着せさせても、他国の一騎当千の武者とやり合えるほどの腕にたちまちなるのだが、これをつくるには、それなりの開発機関が必要だったが、10年というような時間があれば、十分な形になった。しかし、オリジナルの鎧の完全なコピーというのは100年近くたっても未だに成功していない。オリジナルの鎧には、今でも複製できない機能が複数あり、そのうちの一つが体力の回復だけではない若さを保てる機能だったという。


 王国では曾孫の治世となっている今でもギラート将軍が活躍しておられるのは、この機能によるところが大きいらしい。


 ギラート将軍は味方に対しては優しいと思うが、敵に対しては容赦をしない。ギラート将軍の仇であった隣の領主の一族は無論根絶やしにしたし、その領民の子孫は今でも奴隷のままだ。わが王国に属していなかった者も同じく奴隷としているたびたび反乱がおきたのだが、その都度、ギラート将軍自ら出陣して反乱を鎮圧してきていた。


 最近ではギラート将軍に反乱も起きず、折角、俺もギラート将軍の役に立ちたいと夜も先祖が頂いた鎧を着て戦いに備えていたのに、出陣の機会が与えられずに悔しい思いをしていた。


 ところが、そこに二人の男女が現れた。軍隊を持つわけでもない二人には期待もしていなかったが、どうも様子が違って俺に出陣の機会が巡ってきそうだった。鎧を初めて着たような新兵だけではなく、十分に使いこなせている者でも相手にならないという。


 最初に鎧を複製した47人は全員領主となり、その子孫が鎧とともに地位を継承していたが、その領主までも、たった2人にやられたと聞き、俺はギラート将軍が持つ鎧と同じかそれ以上の鎧の存在を確信し、絶対に俺の物にしたいと強く思った。


 ギラート将軍から出陣の命令が下され、俺も手勢47人を連れて参戦すると、全部で1万人もの規模であった。これは競争が激しくなると思い、何とか抜け駆けしたいと俺は考えながら王都近くの街道に出向くと、緊張感のない二人の男女が現れる。ギラート将軍に指示を仰ぎながら、窪地まで誘導し、数百重にも包囲して、男女を見てみると鎧を着ている様子はない。


「鎧を着ていないのか?降伏して鎧を差し出すのか?」


 と、問いかけて見たところ、男は「我らは鎧などは着ない。良いから掛かってこい」と宣う。ならばと取りあえず10名ほどに攻撃を命じ、彼らは彼らの自慢の最速の刀を振るうが、一合すらできずに、全て女の長刀に切り伏せられる。男は、刀すら持たないように見えていたが、本当に持っていないようだ。


 「女に守って貰って嬉しいか?刀も持たない臆病者め!」


 そう俺は叫ぶ。ギラート将軍が遠くで見ておられるのだ。


~ギラート将軍の視点~


 最初に10人で切り掛かることも命じていないのに勝手に切り掛かり、さらに男を挑発している若い領主は誰であろうか。俺は、本能で、女以上に男が規格外の強さを持つことを感じていたため、若い領主の挑発できる無能さに腹を立てていた。男は落ち着き払って「我の振りに耐えられる刀は早々なくてな。」と、とんでもないことを言い出すが、若い領主にはそれが分からんらしく、挑発をやめない。10名が切り伏せられる間の、男の足運びや視線を見ていれば、女以上の難敵なのはわかりそうなものだが。

 これ以上、あの男を怒らせるのは不味いと判断し、挑発していた若い領主に辞めるように伝令を通じて伝える。


~荒ぶる魂の視点~


 ギラート将軍から伝令が来た。直ちに討てという命令かと思えば挑発行為は控えろという命令だったから俺は焦った。伝令には、伝令を伝える前に俺は飛び出したと伝えてくれというと残る40人ほどの手勢で飛び掛かっていく。


~ギラート将軍の視点~


 若い領主が伝令を聞いたか聞かぬかわからないタイミングで動く。あの男女に襲い掛かったのだ。予想通り、そのほとんどが今度は男の番と言わんばかりに殴り飛ばされる。鎧越しの一撃で、鎧が大きくへこみ、飛ばされていく、恐らくは50人とも命がなくなっているだろう。そんな男女は、激しく運動しながら軽口を叩く。


 「鎧に呑まれているわね。鎧が体内の神経伝達物質の生成を直接コントロールしているみたいだけど、興奮性の神経伝達物質であるドーパミンが大量に生成させているから感情をコントロールできなくなっているみたい。」


 「マシンに吞まれている、地球のアニメみたいなことを言う。」


男が軽口をたたくと、この戦闘中で一番驚いた様子を女が見せる。


「若彦は地球の文化に詳しいと思っていたけど、アニメまで見ていたとは知らなかった。でも、鎧が自動的に戦うあたりNTDと言われたら、それもそうね。私のイメージでは猫型ロボットのでんこーまるだったけど。」


 まったく意味は分からないが、複製した鎧を着ていると興奮する人が多かったのは、わが国でも研究していたから、そのことを言っているのだろうと見当はついた。俺は、軍を引かせて丁重に男女の話を聞くと、目的は鎧の封印であるという。


 鎧の活用で以上攻撃的な人物が増えることは最終的には我が国の損失になることを表向きの理由として、国王の裁可を得て、鎧の封印を決めた。


 正直なところを言えば、あの2人に勝てる気が全くしなかったのだ。今後、我が王国に従っていた、かつての強国から宣戦布告を受けるだろう。最悪の場合、何百万という軍勢が、10万人程度の動員能力しかない王国に攻め入ってくるだろう。この相手に鎧なしで勝てるかというとかなり厳しい。


 しかし、それでも、あの2人と戦うよりは勝算が高そうだったのだ。


~荒ぶる魂の視点~


 俺は、確かに悪いことをしたと思う。相手の力を全く読み違えて暴走したんだから。鎧の力を自分の力と思って、調子に乗っていたとも思うんだ。だが、殴り殺されるほど悪いことしたのか?

 

 なぁ、あいつらはいったい何者だったんだ?

 それと、NTDとか電光丸ってなんなんだ?

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