2章 日々是好日

第5話 二人の日常と毒の話

~結菜視点~


 私にとって、至高の壁である若彦(半神であり、私の実家の神社の祭神さいじんから産み出された御子神みこがみで、本名は、諏訪若彦命スワワカヒコノミコトという長い名前の彼だが、私は呼び捨てにしている。無論、罰当たりなのは、わかっている。)に、短刀を突き付ける。しかし、若彦は全く動じることなく、その刀の軌跡を最小の動きで避けて接近し、私のお腹に拳で一撃を入れてくる。


 無論、光速に遠く至らない0.3c0(光速の30%の速さのことを結菜はそう表現する。)の突き程度で若彦に届くなどと思っていなかったが、お腹に仕込んでおいた伝達神経の働きを阻害することが期待できる薬剤が若彦の全身に少なからず掛かったのを見た私は、「ひょっとしたら、これはいけるかも!」と甘いことを考えた。


 お腹に仕込んでおいたのは、現地で仕入れた毒を生み出す細菌を研究して、1000度の熱にも耐え、氷点下200度でも活動可能で、わずかに噴霧を受ける程度であっても、直ちに若彦の神経伝達物質を瞬時に破壊し、かつ、神経伝達物質と誤認させる物質を若彦の身体に大量に作らせ、神経伝達を阻害させるように仕上げた私の最高傑作だ。(無論、私はこの神経毒を無効化している、というよりも、私の身体で用いられている神経伝達物質を若彦の身体に作らせ、若彦の身体で用いられている神経伝達物質を破壊するように仕上げた。地球で孔雀(動物のクジャク、派手な羽の方がオスという小話がよく付いてくるあれね。)が神経毒を無効化できるなどと言われていたけど、多分、科学的には立証できていし、仮に無効化できるとしてもそのスキームを知らないから、自分に害が及ばない方法として、今回はこの手法により開発した。)


「これだけの量がかかったなら、若彦でも0.5秒くらいなら動きを止めることができるはず!」


 つい、そんなことを思ってしまったのだ。


 だが、その希望的観測は、真後ろに回り込んだ若彦から発せられた「こいつはひどいトリックだな、結菜」との、あえてカタカナを使った言葉を聞いて、チョコレートドリンクより甘かったことを知らされる。あの短時間で光子に細工して、虚偽の視覚情報を作り出しつつ、自分の背後に移動したのだと悟り、今回も全く相手にならなかったことを反省しながら、「ね、若彦。若彦に神経毒は効くと思う?」と声を掛けてみた。


~若彦視点~


 この世界では、正常な体の働きを阻害する物質(神経毒というらしい)を利用することで強者となっていた異世界人の荒ぶる魂と対峙したから、結菜は必ずなにかしらの毒を用いた攻撃を仕掛けてくるとは思っていた。しかし、腹に拳を入れる際に毒を用いる攻撃を受けるとは思っていなかった。というよりも、自分が結菜の腹に拳を入れようとするであろうと見越した攻撃を受けたことに軽い衝撃を受けた。


 自分の身体に一穴を穿つべく、最も避けることが難しい軌跡を選び抜き、寸分の狂いなく左手で持っていた匕首あいくち(短刀)を、その軌跡に沿って、素早く動かした技術も本来は、神でも、半神ですらない身でできることではないが、結菜のすることだから、それくらいは想定内だった。


 しかし、那由多なゆたの攻撃手段の中から、腹に拳を入れようとする選択を自然に選ばされるまでに至った結菜の構築した戦闘構想、その詰め筋へと至る流れ、戦闘センスなどと彼女が呼ぶものは自分よりも良いと素直に思った。ただ、最後の詰めに出合わせた駒が、最弱の駒であったがために追いつめられることなく対応できたに過ぎない。


 腹に仕込まれていた毒の袋が破裂して毒が飛び出すまでの時間に百分の一秒もの時間差があって、自分の戦闘想定になかった動きがあった場合に発動するよう仕掛けていた緊急避難行動により一時的に後退して毒が掛かるのを回避できた。結菜は毒の強化に熱中するあまり、毒の噴霧という肝心要のところを疎かにしたのだろう。結菜のしっかりしているようで、少し抜けている不思議な性格に感謝しつつ、虚偽の視覚情報の作成に着手できた。


 虚偽の視覚情報は事前に百程度のものを作成し、準備していたが、その中から偶然流用できそうな視覚情報があったがために、成しえたことにすぎないと若彦自身は思った。


 故に、そのショックを隠すべく結菜の言葉(カタカナ)を使った軽口を叩いたのだ。


「こいつはひどいトリックだな、結菜」と。


多分、結菜の使った無効化疎外要因を色々と含んで作成したであろう伝達神経毒を無効化するまでの時間は一秒といったところであろうが、結菜相手であれば、その時間は致命的だろう。


 「ね、若彦。若彦に神経毒は効くと思う?」との声を無視しながら、次の異世界で、どのような相手と対峙するのだろうか、より強くなるためにはどうしたら良いかという思考に没頭していくのであった。



~荒ぶる魂の視点~


 俺は、セザン。体力バカの兄弟に囲まれて育ってた俺が、ユリナという育った里の近くの山に生えている草から毒を作り出せることに気づいて、俺を馬鹿にしていた兄弟を毒殺したのは800年くらい前だったと思う。


 それ以来、愛刀にユリナの毒を塗りたくって、俺はのし上がっていった。俺に歯向かうやつは皆殺しにしてきたし、良い女がいればすべて奪い取ってきた。最初は嫌がっていた女性どもも、次々と力をつけ、世界中の財宝を集め、部下を従えていく俺に媚びるようになった。


 良い食事をとるようになり、寿命を長くする特別な果実を発見した俺は、周囲の奴らが数十年で死ぬ中で俺は、800年以上若いままで生き続けている。俺の一族には貢献の高さによって100年から最長500年まで生きることを許してやることで、より長い寿命を得ようと、以前よりも俺に忠誠を誓い働くようになった。


 俺は我が世の春ってやつを謳歌していた。


 ところがだ、いきなり現れた二人が、俺に刃向かってきやがった。簡単に殺せると思って俺が信頼している子供たちに部下を率いて殺すよう命じたが、まったく歯が立たない。一人は、150cmくらいの女性で、恐らく10代後半くらいで俺のハーレムの一員にしてやっても良い程度の顔してんのに阿保みたいに強いときやがった。


 挙句の果てが、その女、糞詰まらなそうな顔をしながら、「あんた達くらいの速さとか力で、新聞紙丸めたようなものを振り回しても攻撃なんて言わないの。前の世界の子供のごっこ遊びのほうが、まだ強いわ。なんか他に攻撃手段を持たないの?」と抜かしやがった。


 俺はユリナの毒を使って、使えなかった部下を数名切り捨てて見せたら、ようやく興味を持ったような顔をしやがって、


「なかなか良いね。ベースはバトラコトキシン系の毒だけど、さすが数百年も無効化されず、最強の攻撃手段であり続けることができただけあるわね。無効化阻害のための仕組みが豊富で、しかも、この毒を生み出している細菌は進化が早くて、毒も進化していっているみたいね!これは研究に値するわ!!」


 なんて言いやがる。


「テメーの身体で研究してみやがれ」とユリナの毒を、その女に噴霧してやった。ようやく、数秒黙ったと思ったら、


「これは予想以上ね!」


 と言い出した時は正直、腰が抜けた。普通の奴は、のた打ち回ることすらできずに死ぬはずなのに、ますます喜びやがったんだ。


 俺は、確かに悪いことをしたと思う。調子に乗ってたとは思うんだ。だが、数百年かけて築き上げてきた俺の帝国、俺の子孫、最も強い力を持っていた奴の娘とか、この星で最速だった女とかに産ませた子供たちで、この世界の総力を挙げて作り上げた武器を持たせ、今や、この世界では最強だった子らが、まったく相手にならずに駆逐され、俺が作った街とともに、奴を爆殺しようとしても、奴らは無傷で、結果街だけが破壊され、俺を支持していた帝国の臣民どもにも反乱を起こされ、子孫たちを皆殺しにされなきゃならねぇほど悪いことをしたのか?


 俺の最後のプライドの拠り所だったユリナの毒(結菜注:実際には、この世界の草であるユリナによく付着していた細菌がつくっている毒)でさえも、この程度の扱いだ。俺は、最後まで戦闘すらさせてもらえず、憤死するしかなかった。


 なぁ、あいつらはいったい何者だったんだ?

 それと、新聞紙丸めたようなやつってなんだ?



【※作者から】

 まずは、ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 この話は、元々はプロトタイプとして書いたものですが、第2章の1話目として挿入しました。神経伝達物質の話などは、明日の6話にて解説いたしております。


 この話を書いていた頃は、普通の小説として書こうとしていたので、違和感があるかもしれません。


 先日、コメントにて、この作品の狙いは何かと謎に感じていただいた方がいらっしゃったので、コメントにて返事させていただきましたが、本作品は備忘録でございます。初めて小説を書く中で、小説として書き上げる時間がないことに気がつきまして、自分自身が将来、改めて小説を書くときの備忘録として、物語として成立する最低限の内容に抑えて2話以降は記載しています。


 自分自身の備忘録なら、公開するなとお叱りを受けそうですが、本業が社畜(泣)で、執筆する時間もなかなかなく、執筆できるのがいつになるのかも分かりませんので、こういうネタを膨らませたら面白くなりそうだと思ってくださる方に作品に採用していただいて、自分が読ませて貰いたいとの打算で公開することにいたしました。

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