第2話 視覚と光子

~結菜視点~

 

 前の異世界では、若彦と競争しながら山を動かしたのだけど、やはり若彦には勝てない。若彦を原発5基分と計算したが、実際には8基分、それも毎日15時間くらい働き続けていた。私も若彦より多く作業しようと頑張ったのだけど、作業量としては全体の4割くらいしかできなかった。私と若彦が競争するようになったのは、若彦が荒ぶる魂と競争しても面白くなさそうな顔をするようになった頃からだった。


 直接、戦う場合もあるし、ルールの中で競い合う場合もある。どれだけ派手に戦ったところで、私も若彦も、どうやったところで肉体を滅ぼすことはできないから、そういう意味ではどちらにしてもゲームに過ぎない。


 ゲームに過ぎないと私たちは捉えるから、視覚情報が役に立たないという世界であっても、そういうルールのゲームという以上の感想を持たないのが私たちなのだ。


 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。とは、有名な言葉だ。

 転移陣の長いトンネル(本当は、長いトンネルというわけではなく、神々が準備した転移陣に入って少し待つと転移が始まり、数分すると新しい世界で、動けるようになる。これを御神渡りおみわたりというらしい。)を抜けると雪国であった。と思ったら、雪によるホワイトアウトではなく光子の氾濫らしい。


 転移する前に聞いた話では、今度の世界は邪神により変えられた世界で元に戻して欲しいとのことだったが、まずは、光子が氾濫していることで視覚情報が全く得られない中で、若彦を探る。若彦のことだから、このシチュエーションでは私との戦いを望むだろう。


 聴覚に入ってくる音はすべてフェイクの可能性を考慮しなければならない。音を自ら発して相手の位置を探る反響定位という手段もあるが、潜水艦の乗組員がアクティブソナーを打つことにリスクを感じるように、私も若彦に対してどれだけ危険かを考えると躊躇する。


 潜水艦を発見しようとする哨戒機がソノブイを投げ込んでおくように、いくつか音波の発生する場所を作ったが、既に潰されていたり、故意に音波を乱す地点を若彦も設置したようで、戻ってきている情報をつなぎ合わせても若彦の位置の特定にはつながらない。


 何より音波は、光子の伝えてくるスピードとは比べ物にならないほど遅い。仮に完全に正しいという位置を音波により特定できたとしても、その地点に若彦がすでにいるかもわからない。普通の人にはマッハ1で伝えてくる情報と十分に早いが、私たちにとっては、あまりにも遅い情報なのだ。


 洞窟でも作って光子の量を減らしたなら、私たちであれば、視覚情報をえることもできそうではある。少しくらい光子を減らしても、光受容細胞に像を映す場合は白飛びしてしまうことは避けられないが、大量の白い光のなかにある僅かに異なる光子を把握することは1光年先の位置に飛んでいる僅かな光子から、1年前に起きた出来事を視認することと同じくらいの難易度で、自分たちなら十分に可能だろう。


 アナログテレビで受信するのが網膜の光受容細胞に像を映すやり方だとしたなら、このやり方はデジタルテレビに近い。いや、より正確に表現するなら、動画サイトで複数の動画を同時に受信しながら自分の見たい映像をインターネットから送られてくるデジタルデータから確認する方法に近い。大量に送られてくるデータから自分の見たい動画サイトから送られてくるデータだけをとりだし、そのデータにあるピクセルごとのRGB(赤青緑の色の強さの情報)を読み取り頭の中で映像としてつくりだすというやり方だ。


 地球には、BMPという画像の保存方法があり、24bitのビットマップではBlue、Green、Redの色の強さを順番に1ピクセルごとに色の値が記録され、それぞれ8個のon,offを合わせたもので記録されるという決まりがあった。実際には圧縮された形で届くのだが、テレビや動画サイトの映像は、これを横に1920個、縦に1080個ならべた総数207万3600個(これを画素数という。)の映像が1秒間に24から30枚送られてきたもので構成されていた。これを0と1の数字で認識するとデータ量が大きくなりすぎるため、16進数(10にあたるのをA、15にあたるのをFと表現する。)に表現しなおしたものをバイナリエディタと呼ばれるもので見ることができるが、普通の人でも慣れた業界人は、バイナリエディタの数字で絵のなんとなくの姿を想像できる人が普通の人間にもいたらしい。


 今の私たちは、普通の人間の脳の処理速度とは異なる処理速度を持っているので、何億画素という情報が1秒間に1万枚届いてても、それぞれの色の強さの情報を把握して、瞬時に映像として頭に再現できるのだ。


 情報戦であるなら私にも勝機はある。運動能力ではどうしても若彦には勝てないが、今回こそはと若彦を追い詰めたいと、光子が氾濫していることで視覚情報が全く得られない中で、どうにか光子を活用できないか考える。



~若彦視点~

 

 やはり結菜との戦いは楽しい。入ってくる情報をつなぎ合わせ、慎重に結菜の位置を探っていたが、結菜の攪乱かくらんしてくる戦闘スタイルに上手く乗せられている気がしながら慎重に場所を動く。


 わずかな空気の乱れから、岩の影にも結菜は、音波発生装置をつくっていたことに気がつく。ご丁寧に可聴範囲を超える音波であったから、気付くのが難しい作りになっていた。あと百分の一秒でも発見が遅れていたなら、自分の所在地を知られるところであった。


 さらに慎重に歩を進めると、地下から筒がでていることに気付く。これは、結菜の仕掛けたもので、この筒に入ってくる光子の量の減少があれば、光の速度で自分の位置を把握できるようにするためのものだと判断し、自分には考え付かない方法を即座に考え実行する結菜に改めて驚嘆する。


 どうやら、このままの戦いを続けると負けそうだと判断し、方針を切り替える。結菜がアクティブソナーと呼ぶ自ら音波を発生させる方法、簡単に言えば声などを連続してあげるだけなのだが、その方法を用いて、音の反響から結菜のいる位置を把握し、その位置に一気に詰め寄ると、読みどおり結菜は、まだその位置にいた。


 結菜の首辺りにピタリと手刀を付けると、結菜は呆れたような感心したような複雑な表情を浮かべるのであった。結菜が、自分が攻撃を仕掛けるタイミングを読んでいたなら、自分のいた位置に色々な仕掛けを施して自分を追い詰めたであろうが、自分の判断の切り替えの判断時タイミングが意外だったようだ。


 自分を倒すものが現れることを望んでいるのに、それでも結菜には負けたくないという不思議な感情を抱きつつ、今回もなんとか結菜に負けずにすんだという安堵と楽しい時間が終わったとの感想を抱くのだった。

 

~荒ぶる魂の視点~


 俺は、不可視のミザン。この世界で長く総長をやっている。

 俺は、力も強かったし、頭もよかった。しかし、どうも顔は残念だったようで、女にはモテないし、その上、カリスマがないという理由で、総長どころか支長などの役職にもなれなかった。

 

 能力をこき使われるだけの人生だろうかと思っていた時、俺の能力を認めた神が俺に願いを叶えてやろうと言ってきたので、当然のように、俺は、俺の顔を見られることのない世界を願った。

 

 それ以来、日中は、昼間は白一色で何も見えないし、夜になればなったで、黒一色で、なにも見ることのできない世界になったのだ。このため、人々は舌打ちなどにより音を発生させ、その音の戻りで周囲の状況を把握するようになったが、周囲の人が出す舌打ちの音が混じると途端に周囲の状況が分からなくなった。


 俺には神が複数の種類の「超音波」というものを常時発生させることができる鳴管という器官をくれるという。そして、その超音波が返ってきた際に、その超音波が顔に当たるときに小さな音として周囲の状況を受け取れるように全人類はなった。舌打ちなどで音を発生するよりより周囲の状況を把握しやすくなったし、周囲の人間の発する音と混ざる危険性もない。なお、音波を受信する人の顔が複雑であるほど周囲の状況が鮮明にわかり、整っている顔の奴にはぼんやりとしか周囲の状況がわからないらしい。


 俺は神に感謝しつつ、神から選ばれたことを皆に伝え、総長となった。


 多くの者が、舌打ちで生活するのは不便だし、超音波を使いたくても、俺が近くで超音波を発してやらないと超音波すら使えないのは、とても困ると、俺に神様に再び物が見える世界に戻してもらうよう頼んでほしいと言ってきたが、俺は絶対に嫌だと思った。俺と同じように思っていた奴もいたようで、そういう奴には俺専属の暗殺部隊になってもらい、再び物が見える世界に戻してもらうようしつこく言ってくる奴には事故を装って死んでもらったりもした。


 物が見えない世界は不便で事故死も増えていたのが幸いだったのか、多くの奴には気づかれることはなった。


 不便だというが、俺の知ったことではなく、俺の顔を馬鹿にしていた奴らが悪い。二度と元の世界は御免だというのが俺の本音だ。俺の機嫌を取って何とかしてもらおうと俺をチヤホヤするが、奴らの手には乗らない。どうせ元の世界に戻ったら、俺は元のように馬鹿にされるか、場合によっては殺されることだろう。俺に超音波の発生をしてもらうために、俺は周囲から手厚く遇されたし、俺の子供には超音波発生の器官が与えられるようであることが分かると、歯牙にもかけてもらえなかった女性たちとたくさんの子供を作ることもできた。そんな状況から、十年は経った頃に人工的に超音波を発生する装置が完成し、ようやく俺なしでも多くの人は見慣れない場所でも出歩くことができるようになったのだが、イケメンと呼ばれていたような奴は、まともに出歩くことはできないままで、俺は素直に「ざまぁ」と思ったのだ。


 そして、俺の一族は、我が世の春ってやつを謳歌していた。


 ところがだ、いきなり現れた二人が、俺に皆が困っているから元に戻すようにしろと脅してきた。どうせ奴らは見えないだろうから簡単に殺せると思って俺専属の暗殺部隊を子供とともに派遣したが、まったく歯が立たない。


 挙句の果てが、その女、糞詰まらなそうな声で、「動く際の音が大きくて、超音波を使うまでもなく、位置がバレバレね。自分から超音波を常時発生させるとか殺してくれって言っているようなものだし。」と抜かしやがったらしい。


 そして、俺の元に辿り着きやがったのだが、驚愕したのは出逢った瞬間に会った女が、「うわ!陸に上がったブロブフィッシュだ!!元の造形もだけど、せめて、もうちょっと手入れしないと。モテないはずだわ。」と言ったことだ。


 真っ白な昼ではなく、夜の闇の中だったが、見えるはずのない俺の顔を普通に見えているかのように話をしたのだ。男も「外見をどうこういうのは好きではないが、清潔感がないのは良くないぞ。」と当然のように話をするのだ。


 暗殺部隊をあわてて呼ぶと、女は笑ったようで「なんというか、あんたたちが歪んだのは少しわかる気がする。うん、ちょっと同情する。」とのか言いやがったのだ。怒った暗殺部隊の者たちが襲い掛かろうとするとその攻撃を全てかわしながら、「あんたたちの動きは、生物発光によって生み出された光子で、すべて見えているから、無駄よ。実際の物体に反応して生み出された光子を暗幕の代わりになる物で妨げて、現実には起きていないことを視覚情報として作って、相手を騙すことだってできるから、しばらくイケメンにでもなってみる?」と、俺たちを宥めるのか、挑発しているのかわからないことを勝手にしゃべっている。どうやら同情心から直ちに討伐しようという気にはならなかったらしい。


 俺は、確かに悪いことをしたと思う。調子に乗ってたとは思うんだ。俺たちの顔が悪いことが問題だったのか?


 そんなことを思いながら、なんか情けなくなり、俺は荒ぶる魂が静まっていくのを感じ、視覚が元のように使える世界に戻すことに同意するのだった。


 なぁ、あいつらはいったい何者だったんだ?

 それと、陸に上がったブロブフィッシュってなんだ?

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