最強の君に贈る物語

3代目あくせら

1章 太始

第1話 力比べ(ジュール)の話

~結菜視点~


 私の家族は、普通の人たちだ。と言うと、自分が普通ではないことを認めたみたいで嫌なんだけど。祖父は神社の宮司で、祖母も禰宜ねぎをしていた。家が広くて多くの書物があって、そこで本を読みながら過ごすのが私は好きだった。


 祖父母の手伝い程度に神社の巫女をしていたけど、年末年始と春秋の大祭以外はそこまで忙しくなくて、週末に家族で手伝いに行っても、私にはゆっくり本を読んでいて良いよと言ってくれる優しい家族だった。


 17歳になっていたあの日、寝ていたところを、突然、神界に呼び出された。事故とかにあったわけでもないし、異世界転生物の小説を愛読していたわけでもなく、事前に異世界に何を持って行こうとか知識チートしようとかそういうプランニングをして異世界転生を願っていた訳でもない。文系学部の大学受験を考えていた友達の勧めてくれた異世界転生の小説を少し読んでいたけど、私は理学部を受験したいと思っていたし、科学雑誌(○ュートンとかね)の方が好きというのはちょっと変わっていたかもしれないけど、でも、まぁ、普通の子だった…と思う。


 神界には、多くの神々がいらっしゃって、私を呼び出した旨を告げたのが、武南方神タケミナカタ様。その武南方神様から、若彦についていくように言われ、一振りの薙刀と懐刀、そして、汚れることのないという巫女装束を渡されたのが、この長い旅の始まりだった。


私の神社の祭神だったので、恐れ多くて呼ばれた際には気づかなかったのだけど、今から考えれば神々は随分勝手なことをする。(呼び出されたときはパジャマだった(怒))


 そして、若彦に出会ったのが、この直後。いわゆる異世界転生?死んでいないと思うから、転生でもないんだけど、まぁ、そんな感じで異世界に放り出されて、そこで目を開けたらいきなり出会った。出会った当時の若彦はただの戦闘狂バトルジャンキー、今でも本質はそう変わらないかもだけど、あの時は、ただ相手と競い合って、その競い合いで上の者が偉いという、それだけを信じる子供だった。


 若彦と出会ったとき、若彦は、より大きい岩をどれだけ高く放り投げることができるかという戦いの最中だった。当時の若彦は、まだ受肉した人間の能力から大きく乖離していなかったから、80kgほどの岩(基準とした石=5kgとした場合)を10mほど放り投げるのが精一杯という程度の、今に比べたら赤ちゃんみたいな可愛いレベルの身体能力だった。


 その若彦の対戦相手は大きさは若干大きいくらいで、軽石が混ざっているようで、50kg(基準とした石の10倍)ほどの石を15mほど放り上げて勝利宣言をしている痛い奴で、その相手に悔しそうにしている姿にできの悪い弟のように感じたものだった。


 1ニュートンメートルとは、102gのリンゴを1m持ち上げる力の動きを示すもので、この仕事量はジュール(単位はJ)と呼ばれる。水平方向であれば、1kgの物を1m動かす力でもある。若彦のなした仕事量は、7843Jだが、若彦の対戦相手の仕事量は7352Jだ。この投擲を1時間で30回こなしたとして、23万5290J(=235.29KJ)、道具も使わずに、最も効率の悪いであろう垂直に投げるという手法で、これだけの仕事量をできることは、人間として見たなら規格外だが、ロープで上から引っ張り上げるとかしたなら、同じ仕事をなせるであろうという意味では人間の能力の範囲内だ。


 今の若彦に岩を投げさせたなら、1時間で数百万MJ(1000KJ=1MJ)程度の仕事も可能だろうから、人間としての規格より原発(1基で100万MJ)とかの単位で会話をした方が近いのだから。


~若彦視点~


 今回の異世界は、どういう世界であろうかと、異世界人に話を聞く。結菜は第一異世界人発見とか言いながら、害意のなさそうな笑顔で相手をだまして、上手に話を聞きだす。どうも三十日ほど前に族長が力を誇示する催しがあったようだったので、一分光年0.1光年先から光子を集めてきて、その時の様子を探ってみると、物を投げることにより族長を決める世界のようだ。


 自分が初めて結菜と会った世界と似ているなと二人で話をしながら、結菜と出会った頃を思い出す。自分は、武南方神から生まれ出でること十五年という若輩神であった。武神から生れ出た以上、誰にも負けたくないと修業しておったが、競ってくれる相手もいなくて退屈をしていたところに他の先輩の神々から下界に降りて荒ぶる魂を持つものを討伐してこないかと誘いを受けた。


 自分は喜んで、下界に降りて、時には苦戦しながらも何度も挑戦を重ねていきながら、荒ぶる魂を持つ者に負けを認めさせ、魂を鎮めてやったり、時には討伐するといったことを繰り返しておった。武南方神からそろそろ戻ってくるように言われ、いざ神界しんかいに戻ろうとするが、戻り方がわからない。どうも下界に降りた際に、受肉して魂が定着してしまったということらしい。


 仕方なく、肉体を切り離そうとするが、この肉体を破壊しても新たな肉体が構築されてしまい、魂が離れることができぬ。肉体が再構築されるから、自分の身体を壊してくるような荒ぶる魂を持つ者にも何度も挑戦できていたのであるが、それにしても、これは困ったことになったと大した危機感もなく、その程度に思っておった。当時は、まだこの先何百もの異世界巡りをすることになるとは思っていなかったからな。


 だが、まぁ、そのうち方策も見つかるであろうと思いながら、それまで下界を楽しもうと色々な荒ぶる魂を持つ者と競い合いをしていたところに、結菜は現れた。


 丁度、その時は大きい岩を上に投げる競争(年輩の神々は、よくそういう競い合いをする。武南方神も建御雷神たけみかづちのかみと力比べをしていた逸話は有名だ。あの逸話は、建御雷神が勝手に言っているだけで実際は違うぞと武南方神は言っているが…。)をしていて、どうも自分の旗色が悪いと思っていた時だったが、突然巫女装束に身を包んだ結菜が現れて、自分の勝ちだと強く主張し、自分の方が力持ちであることを証明してくれた。


 結菜は、「シーソーの原理」なるものを使って、基準となる石(彼女はこれを5kgとすると言っていた。)を、長くて丈夫であるが、とても軽い木の左端に括り付け、その下に木を置いて(下に置いた木を支点というらしい。)シーソーというものを作った。このシーソーは、右側に重さを測りたいものを置き、支点を徐々にずらしていき、重さの比率というものを測定するものらしい。支点からの距離が同じ時に平行になったら同じ重さ。左端から支点と支点から右端までの二倍の距離で平行になったら基準の二倍の重さとなるとのことで、自分の投げていた石は十六倍16倍で平行になり、相手の投げている石は十倍10倍の位置で平行になった。


 投げ上げることのできた高さは、自分の投げ上げた高さより、相手の投げ上げた高さの方が高かったが、一倍半1.5倍を超えることはなかった。このため、自分の方が力持ちだと断言していた。


 今なら、この理屈がわかるようになったが、当時は自分も相手も全く理解しなかった。当時の荒ぶる魂を持つ者は、「大きくない岩を選んで投げたお前は私より勇気がない」「私より高く投げることのできないお前は、私より力がない」と言い続けていたため、自分は負けたような気になってしまっておったのだ。


 結菜が、なんどもシーソーの原理を説明しても、相手は全く納得せず、最後まで俺は負けていないと言い続けた。結菜が怒って、持っていた長刀なぎなたで、岩を両断して中に多くの空洞部分があることを周囲の者に見せるまで、周囲も全く納得しなかったが、最後には納得させることはできた。


 さて、懐かしい話はこのくらいにして、今回の荒ぶる魂を鎮めることにしよう。


~荒ぶる魂の視点~


 俺は、スザン。この世界で長く大長老をやっている。もともと力が強かったが、それだけではなく頭もよかった。偉くなるためには大きい岩を高い位置に投げ上げることが必要だったから、より大きくて軽い石を俺は必死に探した。


 海で浮かんでいる岩を見つけたときは、本当に驚いた。異世界で、海に浮かぶ岩を利用して天下を取ったものがいたとの伝説があったから、期待していなかったわけではないが本当に見つけられるとは思わなかった。


 その軽い岩を持ち帰り、表面に泥を塗り乾かすという作業を長く繰り返して、完成させたのが、俺の自慢の大岩だった。他のやつらの投げる岩より倍は大きくて、ホントは軽い。無論、重量感を見せる演技も大事だったし、他のやつらに絶対触らせないように、「キングオブロック」と名付けて、王者以外には絶対に触れさせないものだと吹聴するのは結構大変だった。


 この岩を使って、族長になって、他の族長たちにも力を見せつけて、ついに大長老になったのは400年も前のことだ。それ以来、いつでも良い肉を食い、不老長寿の果実を独占し、良い女性どもを従えてきた。近くにある山(まぁまぁ高い山で、険しかったのだが、そこを超えないと海に行けないため、以前は多くの者が海の恵みを得ようと、この山を通行していた。)に別荘をつくり、数百年かけて集めた宝を密かに隠しつつ、そこで優雅な生活を送るようにしていた。


 無論、この山には近寄らないようにと、以前にあった通行中の事故を大げさに伝えて、この山を霊峰と崇めることで普通の奴は近寄らないようにして、霊峰の怒りを鎮めるためと称して籠っていた。無論、時々皆の前に姿を出して、皆より貧しい食事をとって見せて、俺は皆のために必死に働いているアピールをするのも忘れない。そういう生活をしていたら、100年くらい前から、挑戦する奴がでてきても、俺自身が対戦することもなく、息子たちに任せることができるようになり、我が世の春ってやつを謳歌していた。


 ところがだ、いきなり現れた二人が、俺に挑戦してきた。


 とくに女性の方が抜かす。


「懐かしいわ。でも、これくらいの大岩と高さで私たちと勝負しようというのは、残念ね。」


 俺の息子の中でも、最高の高さを誇る息子が実演して見せるても反応が薄い。


「30mというところかな?それにしても、可愛い岩ね。重さは10kgちょっとくらいかな。」


 可愛い岩なんて抜かされたら、俺も悔しいから、今度は、俺の息子の中で最も重い岩を投げる息子に、本当に重くて、力あるものの証として利用していた「グレートロック」を持ってこさせて、その岩を投げさせる。


「100kgの岩というところかな。高さは10m。まぁ、オーガ種とかでもないし、そんなものよね。」


 俺は、確かに悪いことをしたと思う。軽石を見つけて以来、調子に乗ってたとは思うんだ。だが、数百年かけて築き上げてきた俺の信頼が根底から覆され、追放され、女達、子供たちに捨てられるほど悪いことをしたか?


 あの女、「グレートロック」を片手で放り上げ、息子の投げた高さの10倍以上の高さまで投げ上げやがった。挙句の果てに、息子にも触らせたことのない「キングオブロック」をいつの間にか手にしていて、落ちてくる「グレートロック」に向けて、もの凄い速さで「キングオブロック」を投げ上げ、上空でぶつけやがった。


 ぶつけた「キングオブロック」は、粉々に壊れてしまった。女は、俺の大切な「キングオブロック」を壊しても平然として、「この偽物がエルビスを名乗るなんて許せなかった!」って言うんだ。


俺が文句を言おうとすると、隣にいた男が、「海に行くのに邪魔であろうから、あの山を動かしてやろう」と突然言い出した。俺は魂消たまげて、文句を言うのも忘れてしまった。あの山には俺の別荘があるが、それにしても山を動かすとか正気の沙汰ではない。女は恐ろしい力を持っていたが、男は、それをも上回る恐ろしい力を持っているようだった。


「1000メートル級の山で、底面の直径をその5倍として5000メートル。その底面積は、2500×2500×π=約2000万平方メートル。体積は1/3×2000万平方メートル×1000メートルで、約67億立方メートル、1立方メートル当たりの重さが2tというところで、総重量134億トンかぁ。これを実際は上に30度くらいの方向に投げて動かすんだけど、仕事量としては、500m上空に放り投げるような仕事をしたら海に行くのに邪魔にならないところまで動かせるかな。100gを1m上にあげるのが1Jだとして、100gを500mで0.5KJ、1Kgで5KJ、1トンで5MJ、670億MJとなると結構大変だ。でも、若彦なら1時間で500万MJ、原発5基分くらいの働きができるし、山を動かしたらみんな便利になるし、ちょっと頑張ってみようか!神様が山を動かす逸話は世界中にあるしね。」


 と、女も言うのだが、この言葉を聞きながら、遠い世界の言葉なんだよな以外の感想を受けなかったが、どうやら、本気でやるらしい。


 そして、それから、わずか1年で2人で本当に山を動かしたんだ。


 毎日、岩が宙を舞っている様子を、皆が見に行くのだから、俺たちへの信頼なんて完全になくなる。小さい岩をほんのちょっと上に投げるだけで威張っていたんだからな。そのうえに贅沢していた別荘が住民にも見つかって、俺たちは石を投げられて追い出されてしまった。


 なぁ、あいつらはいったい何者だったんだ?

 それと、エルビスってなんなんだ?

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