先生、そこは間違えないで

 自分と兄は小学校中学校、高校と同じ学校に通っていたのですが、そうなると大変なのは先生です。

 どっちがどっちなのか分からずに自分と間違えて兄に声をかけたり、その逆があったりしたことは少なくありません。


 まあ自分達も慣れていますから、間違えられたからって別に気を悪くはしません。

 最初は話が噛み合わずに混乱しても、少ししたら双子の片割れと間違えているのだなと気づけます。


 しかし、しかしですよ。

 そこは間違えないでほしかったと、強く思った事件があったのです。


 あれは高校生の頃。当時自分と兄は、簿記部に入っていました。

 聞き馴染みの無い人もいるでしょうから、説明しておきますね。


 簿記部というのはその名の通り、『簿記』を勉強する部活です。

 自分達が通っていたのは、経理の勉強をする商業高校だったので、こんな部活もあったのですよ。


 活動内容は、とにかく勉強。

 放課後になると部室に集まってひたすら問題集を解き、次の検定試験に向けて勉強していきます。


 運動して汗を流したり、仲間と協力して演奏したりするわけでもなく、黙々と問題を解く姿はとにかく地味。

 なんだか全然青春っぽくないですね。もしも人生をやり直せるなら、きっと別の部活に入っていたことでしょう。

 まあそれはさておき。


 そんな簿記部の一大イベントは、なんと言っても検定試験。

 今まで勉強してきたことの全てを出しきって、試験合格を目指すわけです。


 試験会場に足を運んで、問題を解く。

 だけどすぐに結果が出るわけではありません。結果は後日、学校に送られてくるのです。


 そして事件が起きたのは、日商簿記2級の合格発表の日。

 数人の同級生と一緒にいつものように部室で勉強していたら、顧問の先生が入ってきて言いました。「検定試験の結果が出た」と。


 部員の皆は勉強する手を止めて、そわそわ。やはり合否は気になりますよ。

 だけど先生は、残念そうに言いました。


「今回は一人しか合格しなかった」


 一人ですか。まあ仕方がありません。

 小説を公募に出すのと同じで、今回合格できなかったのなら、次頑張れば良いだけです。

 そして先生は、合格者の名前を言いました。


「おめでとう無月弟、合格だ」


 驚きましたよ。正直試験は上手くいかなくて、あまり手応えを感じていなかったのですから。

 けど、まさかの合格に同級生の皆は、「おめでとう」と祝ってくれました。

 落ちても次頑張れば良いとは思っていましたけど、やはり合格できたのは嬉しかったです。

 だけどそうして喜んでいる中、突然先生がこんなことを言い出したのです。


「あれ、ちょっと待て。本当に弟の方だったかな?」


 ……え?


 お祝いムードが一転。部室内はシーンと静まり返ります。


「ごめん、もしかしたら兄貴の方だったかもしれん。無月兄弟、お前ら下の名前何だったっけ?」


 おいっ、名前覚えていなかったのか!


 驚くことにこの先生、本当に自分達の名前を覚えていなかったのです。

 いつも名字で呼んでいますから下の名前を知らなくても、特に問題なかったですからねえ。

 そして。


「すまん。兄だったか弟だったか、分からなくなった。ちょっと確かめてくる」


 そう言って先生は、部室を出て行きました。

 そして部室に残されたのは、上げて落とされるかもしれない自分。合格の可能性は出てきたけど、素直に喜んで良いか分からない兄。祝うべきか慰めるべきか分からないその他の部員達。

 室内はまるで、お通夜のような重たい空気に包まれました。


 そりゃあ自分は元々自信ありませんでしたから、落ちててもさほどショックではありませんでしたよ。

 だけどいったん合格と言われた後に実は不合格でしたってなったら、さすがにへこみます。

 同級生の皆も、


「なんだよあの先生」

「無月兄弟かわいそう」


 と、同情してくれていました。


 それから数分後、部室に戻ってた先生は。


「ごめんごめん。合格したのは兄の方だった。おめでとう」


 おめでとうじゃなーい!


 合格した兄だって、とても喜ぶどころではありません。

 同級生の皆も、兄を祝福するのではなく自分に「元気出せ」と慰めてきました。


 幸い、次にあった試験では何とか合格できたのでよかったのですけど、この時の出来事は今でも語り草です。

 先生、いくら双子で紛らわしいからって、あそこで間違えてほしくはなかった。


 そしてそんな間違いをやらかした顧問の先生には、なんと双子の息子さんがいます。

 おいこら先生。双子の親なら、間違えないでください。

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