教訓
そうしてゲイツやフィやシェリルがそれぞれの思惑で動いている陰で、一般の駆除業者達はブロブに翻弄され、既に犠牲者が出ていた。
決して素人ではない、それなりの手練れが集められたというのに、ヌラッカと同等の能力を得、マリーベルの指揮の下で動くブロブ達が相手では明らかに不利だった。
そんな中で、ハワードスーツを纏い、ブロブの攻撃などどこ吹く風と悠然と進むカルシオン・ボーレが手にしていたのはグレネードマシンガンではなかった。
「前回の教訓を活かして対策を講じてきたからな。問題ない」
パワードスーツのバイザーの向こうで不敵に笑いながらカルシオン・ボーレはそう呟いた。その彼がパワードスーツに装備していたのは、荷電粒子砲であった。かつて林を一つ焼き払うという大失態を演じながらも懲りもせずテストとして持ち込んだのである。
どのような装備で臨むのかは事前の申請が必要だが、彼は自らのコネを使い荷電粒子砲の使用を認めさせていた。セーフティーとして人間が影響を受ける可能性がある時には発射できないという安全対策は施されていたが、それすらスイッチ一つで切り替えられるものなので、果たしてどの程度実効性があるものかはいささか疑問だが。
しかしさっそく、カルシオン・ボーレは新しい荷電粒子砲を試すべく、ブロブに向けて放った。このような見通しの悪い森の中で、しかも生物相手に使うような武器では到底ないが、彼が同行させているスタッフが試したいのは威力ではなく、パワードスーツでの運用のデータの蓄積と制御を確実に行う為のデータ集めが目的なので、出力はギリギリまで絞ってあった。それでも、ブロブに直撃すればその熱で蒸発する。直撃しなくても輻射熱でダメージを与えられるので、なるほどそういう意味では効果があるのかもしれない。
実際、カルシオン・ボーレが放った初弾は躱されて直撃とはならず、射線上の木の幹を焼き焦がして破砕したのだが、およそ一万度のビームが掠めただけでブロブの体の一部が熱で変性し、動きが鈍ったところを彼の部下が、グレネードでとどめを刺した。
だが彼はその部下に向かって、
「余計なことをするな! あれは私の獲物だ!!」
と叱責した。彼にとってこれはあくまで<ハンティング>であり、荷電粒子砲はその為に用意した最新式の<銃>なのだ。カルシオン・ボーレはどこまでもこの行為を余興としか捉えていない。
「…あのバカボンボン、相変わらず無茶苦茶しやがる…!」
「しっ! 余計なこと言うな。聞こえるぞ!」
少し離れたところで出遅れた駆除業者が忌々しそうにそう言ったりしていたが、まあ無理もないだろう。とは言え、ブロブを相手にグレネードマシンガンを連射するようなことをすれば元々、森林は荒れてしまうのだが。
その辺りも駆除業者の地位が低く見られる原因かもしれない。ブロブを駆除するのはいいとしても、結果としては自然を荒らし他の動物にまで影響を与えてしまうからだ。
もっとも、そもそもそんなことには興味も無いカルシオン・ボーレやエクスキューショナー(フィ)にとっては、どうでもいいことだったが。
マリーベルは、手強い敵が紛れ込んでいることを察知していた。ブロブを殺すのではなく麻酔弾で麻痺させて次々と退けていくブロブハンターらしき男と、エクスキューショナーだった。
まずはその二人に対して集中することにする。しかも、ハンターの男はもう既に洞窟のすぐ近くまで迫ってきていた。
ハンターの男に対しては、明らかに動きが他の連中が違うことから最初から融合を目的にするのではなく、まずは致命傷を与えて動きを封じてからと思ったのだが、男の身に着けている洋服が恐ろしく強靭で、攻撃が通らない。しかも融合することを目的に迂闊に接近すれば麻酔弾で麻痺させられる。
一方、エクスキューショナーの方はそれこそ相変わらずの強さだった。当然だ。<奴>はブロブの身体能力を獲得してるのだからな。にも拘らず、奴とは<交信>ができなかった。中途半端に融合した際にトラブルがあったらしく、奴との回路が絶たれているのだ。故に<この体>のように操ることができない。
まあ、この体についても、つい先日ようやくコントロールできるようになったのだがな。散々てこずらせてくれたが、こうなってみれば呆気ないものだ。
しかしそれだけに、エクスキューショナーの存在は目障りだった。そこに、そいつらをまとめて始末するのにちょうどいい<
「合金とカーボンの繊維で作られた鎧で身を固めて安心しているようだが、所詮は臭く汚らわしいケモノの浅知恵。そんなことで我の攻撃を防げると思うなよ」
そう口にした<それ>は、明らかにマリーベルではなかった。姿形は確かに彼女なのだが、そこから放たれる気配は、もはや人間のそれとさえ思えなかった。
その、<マリーベルの姿をした何か>は、ニヤアと邪悪な笑みを浮かべ、ブロブに命じた。
「そいつに寄生しろ」
と。
命じられた瞬間、周囲に隠れていたブロブが一斉にカルシオン・ボーレのパワードスーツにまとわりついた。
「おおっ!?」
と一瞬驚いたカルシオン・ボーレではあったが、表面に張り付いて蠢くだけしかできないブロブに嘲笑を向けた。
「所詮は下等生物だな」
だがその笑みが凍りつくには、数秒しかかからなかった。
「な、なんだ? 動かん…!?」
異変に気付いた部下達が「カルシオン様!?」と駆け寄った瞬間、カルシオン・ボーレが抱えていた荷電粒子砲が放たれ、部下が纏っていたパワードスーツの頭部が蒸発した。それでも相殺しきれなかったビームが空へと向かって奔り、空気を焼き、イオン化した大気の臭いが周囲に漂う。
頭を失いただのモノと化した残りの部分がゴトリと地面に転がるのを見ながら、カルシオン・ボーレは言葉を失った。
「な…!?」
という意味のない声を漏らすのが精一杯であった。
カルシオン・ボーレがブロブの<真の力>に翻弄されている頃、シルフィ達の方はただ退屈な時間が過ぎていた。
「どうなんだ? これって」
見るに堪えない素人丸出しの駆除業者達の動きに、ドローンの映像を映し出しているマリアンのタブレットを見ながらベルカが頭を抱えていた。
「これじゃ時間内にここまでたどり着くことさえできないかもね。という訳で、私は少し眠らせてもらうから」
このところあれやこれやと忙しくてやや睡眠が足りていなかったベルカは、キャンプ用のマットを敷いてそこに横になった。そしてすぐに寝息を立て始める。この辺りの図太さはさすがと言うべきか。
「あなたも休んでていいわよ。これからもいろいろやってもらわなきゃいけないし」
マリアンにそう言われたシルフィだったが、さすがに寝るところまではリラックスできない。いくら駆除業者達が素人とは言え、彼女にはそこまで詳しくはないし、不安もある。
マリーベルのことだ。どうして呼びかけに応じてくれないのだろう。
『マリーベル……』
何とも言えない胸騒ぎを感じ、シルフィは悲し気に顔を伏せていた。
マリアンもそれには気付いていたが、今の自分にできることは何もない。まずは目の前の状況を無事に乗り切ることだけが目的だった。
だが、素人のような駆除業者達もせめてもの意地なのか、ブロブに遭遇せずそのまま来られたからなのか、シルフィ達のいる洞窟へと近付いてきていた。
「ふん…! 頑張ったな」
ほぼ皮肉でしかない呟きを漏らしたベルカの背後にシルフィとマリアンは隠れ、そのベルカも洞窟の奥に身を潜めた。その前には<リクガメ>変じたプリンとシフォンがいる。どちらもリクガメらしく非常に大人しくじっとしていた。その洞窟を覗き込む人影が見える。駆除業者達だ。
ライトで奥を照らすと、リクガメの姿が見えた。
「またリクガメか……こいつがいるってことはブロブはやっぱりこの森にはいないってことだな」
殆ど素人の集団のようなその中でも一応リーダーらしき男がそう口にした。ここまでにも何度かリクガメに遭遇したことによる発言であった。
だがその時、男達の一人が発言する。
「でもまあ、せっかくここまで来たんだから、手ぶらってのもどうかと思うしよ。そこのリクガメでも捕まえて動物園にでも売らないか?」
本当に何気ないただの思い付きだったのだろうが、実に間の悪い話である。確かにリクガメを買い取ってくれる動物園はあるのだが、決して高価なものではない。恐らく今日の人件費にもならない程度の価値しかない筈なのだ。
仲間の発言に呆れたような顔をしつつも、リーダーらしき男は、
「まあそうだな。晩飯代くらいにはなるか」
と賛同した。
『何を言ってるんだこいつらは…!?』
洞窟の奥で、ベルカとマリアンが頭を抱える。お前達にはプロとしての矜持はないのかと。
まあ、そうは言っても山師的な連中がいることも事実だった。プロとしての矜持など、はなから持ち合わせていないのだろう。
しかしこれは想定外の出来事だ。ここまで酷い業者が来るとは考えていなかった。プリンとシフォンが変じた<リクガメ>を捕らえるべく男達が洞窟に入ってくる。
『うそ…! プリンとシフォンが捕まっちゃう…!?』
シルフィが泣きそうな顔をして、思わず『やめて!』と声を出しそうになった時、
「やめなさい!」
と声を上げた者がいた。マリアンだった。マリアンが立ち上がり、リクガメを庇うように男達の前に立ち塞がった。それに続いて、ベルカも彼女の横に立つ。
「なんだ!? 人間がいたのかよ! 何してんだお前ら、こんなところで?」
驚いたことを誤魔化そうとするかのように男の語気が荒くなる。しかしそれに対してマリアンは毅然とした態度で叱責した。
「何してんだってのはこっちのセリフよ! は生物学者のマリアン・ルーザリア。リクガメの生態の調査中! それよりあなた達こそ、ブロブの駆除作戦の途中でしょう? それ以外の動物を捕獲したりってのは許可されてない筈よね? なんだったら今すぐ通報してもいいのよ?」
「なんだこのガキ…!」
突然現れた子供にたしなめられて、男達は頭に血が上ったようだった。しかしベルカが脇に下げたハンドガンを見せ付けるようにしつつそれに手を掛けて、
「なに? ガキがどうしたって?」
と、低くドスの利いた声で問い掛けた。すると男達は、ベルカの肝の据わった態度にただならぬものを感じたのだろう。途端にシオシオと覇気が失せるのが見えた。
「あ、いや、別に……なあ…?」
バツが悪そうに顔を見合わせながら、
「冗談だよ、冗談。本気にすんなよ」
などと誤魔化しながら、踵を返して元来た道を帰って行ったのだった。
「…まったく……ここまで酷いとは想定外だったわ」
マリアンが肩を竦めながら呆れたように声を漏らした。しかし取り敢えずプリンとシフォンは守られた訳で、シルフィはホッと溜息を吐いた。
だが、こうやって穏便に済ませられた一方で、マリーベルがいる方の森では、凄惨な状況に陥っていたのであった。
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