浸食
「フィニス、探したよ」
「ごめんなさい、遅くなって」
「パパ…ママ…!」
そこは、まるで海の中のような場所だった。水の中のようにも思えるが普通に呼吸はできるからそうじゃないことはすぐに分かった。そこに、父と母の姿があった。あの時と何も変わらない姿で……
気付けば自分の姿もあの頃のそれに戻っていた。十二歳の頃の自分の姿に。手足の皮膚が透けていないだけじゃなく、何故か自分の姿が客観的に認識できた。昔の自分に戻っているということが。
だけど……
だけど違う……
そうじゃない……そんな筈はないんだ。
「違う…違う……! パパもママも死んだ! あの日、私の目の前で確かに死んだんだ!!
嘘よ! こんなの嘘!! 大嘘よ!!」
頭を抱えてそう叫ぶと、自分の姿も現在のそれになっていた。怪物のようなそれに。
そうだ。これが現実なんだ。現実の私はもはや怪物で、パパとママを殺したブロブに復讐する為に生きてるんだ。この怪物の体を使って……!
だが、そんな彼女に話し掛ける者が他にもいた。
「フィさん…!」
シェリルだった。
「フィさん。あなたの気持ち、私にもすごく分かる気がします。私も兄の復讐の為に生きてました。でもこうなってみて分かったんです。すべては行き違いだったんだって。<事故>だったんだって。きちんと正しい手順を踏んでブロブを理解して、ブロブに人間のことを伝えられてたらこんなことにはならなかったんだって」
けれど、そんなシェリルの言葉もフィには届かない。
「黙れ! 黙れ…!! どうせこれも嘘なんだ! 私を騙そうとしてるんだ!! 私は騙されない! 騙されないぞ!!」
耳を塞ぎ、目を瞑り、フィは強く拒絶した。今、自分が見てるもの、聞いてるもの、すべてがでっち上げの作り物だとして。でないと耐えられなかった。耐えられそうになかった。今まで十年間、ほんの一時も忘れたことのない憎しみと怒りが無駄になってしまうなんて。そんなことを想像しただけで体がバラバラになってしまいそうなほどに痛かった。
ふざけるなふざけるなふざけるな……っ!!
とその時、フィニスの背筋を、途轍もなくおぞましい感覚が奔り抜ける。
「な…! あ……!?」
自分の体に得体のしれないモノがまとわりついていることに彼女は気付いた。人間ではない、ブロブでもない、彼女が知る他のどんな生き物でもない、得体のしれない<何か>。それがみるみるフィニスの体を覆い尽くしていく。それと同時に彼女は悟った。<こいつ>は、自分を奪おうとしてるのだと。それに覆われていくほどに自分が失われていくのをフィニスは感じていた。
あ…! 嫌だ…! 嫌だ…!! やめて! いやぁああぁぁあぁぁーっっ!!。
もう声にもならなかったが、彼女は叫んだ。自分にできる精一杯で叫んでいたのだった。
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