避難
イリオは、マリーベルのことが好きだった。血は繋がってないが本当の姉のように思っていた。
両親に捨てられ森をさまよっていたところを、ヌラッカを連れたマリーベルに救われ、それ以来ずっと一緒に暮らしてきた。ここでの暮らしを辛いと思ったことは殆どなかった。ほんの最初の頃は両親のことを想って泣いたりしたこともあったが、それもすぐに平気になった。マリーベルとヌラッカがいてくれるからだ。
もう記憶も曖昧だが、両親は酷い人間だった。彼のことを疎み、蔑ろにし、そしてとうとう捨ててしまった。いつも怯えながら顔色を窺わなければいけなかったそんな両親に縋る必要もないほどに、マリーベルとヌラッカは優しく温かかった。
なのに、そのマリーベルがここから出て行けと言う。
「ぼ、ぼく、もっとちゃんとするから、おてつだいするから…!」
イリオは思わず縋るようにそう言った。自分がちゃんとしないから、役に立たないから捨てられるのだと思った。
そんなイリオに驚いたような顔をしたマリーベルが、何か気付いたようにハッとなったと思うと、ふっと笑顔になった。
「違う違う、そうじゃない。お前が邪魔になったから出て行けって言ってるんじゃないよ。危ない人間が来るかもしれないから、しばらくここから避難しとけって言ってるだけだ。マリアンとベルカならちゃんとしてくれる」
普段ぶっきらぼうなマリーベルが精一杯優しそうに言ってる姿に、マリアンの顔もほころんでいた。
「マリーお姉ちゃんの言うとおりだよ。大丈夫、またお姉ちゃんと一緒に住めるから」
マリーベルとマリアンに合わせて、ベルカもうんうんと大きく頷いていた。
「ほんと……?」
それでも不安そうなイリオの頭を、マリーベルがくしゃくしゃと撫でる。
「ほんとほんと。怖い人間を追っ払ったら迎えに行くから。だから待っててくれたらいいよ」
そこまで言われて、マリーベルの顔をじっと見つめて、イリオはようやく「わかった」と頷いた。
マリーベルは器用に嘘が吐けるタイプではなかった。嬉しい時は顔がニヤけるし、不機嫌な時にはそういう顔になるし、不信がってる時にはあからさまに怪訝な顔になる。イリオもそれを知っていた。だからこの時のマリーベルが嘘を吐いてないことは分かったのだろう。
正直なところ、人間達によるブロブ一斉駆除を止めさせる妙案は出なかったが、イリオが安全なところに保護されるのならもう心配はない。正面切って人間共の相手をしてやる。
『舐めた真似をする人間に、目にものみせてやる…!』
マリアンとベルカに付き添われてワゴンに乗り込むイリオを見送りながら、マリーベルは唇を吊り上げていた。
「ちっ! あの時のガキか……生きてやがったんだな。こりゃ下手に手を出すと面倒なことになりそうだ……」
ドローンからの信号が途絶えたモニターを見ながら、ゲイツはそんなことを呟いていた。普段の彼ならここで諦めていただろう。いくらレアものといえど、人間の子供が傍にいるブロブに下手に手を出して子供に何かあったら厄介なことになる。
ゲイツは人間的にはロクな男ではなかったが、自分の身を守るということに関しては非常に合理的な人間でもあった。法律ギリギリなこともするが、多少は周囲の人間から顰蹙を買うようなこともするが、明らかに社会そのものを敵に回すようなことはしない。
だが、今回は少し状況が違った。ブロブハンターギルドと駆除業者が共同でブロブの一斉駆除に乗り出すというのだ。そのどさくさに紛れてあのブロブを捕獲できればと目論んだのである。
ブロブの傍にいる子供に対しても、自分は決して手を下さない。他の連中が万一、子供を怪我させたり死なせたりしても口出しはしないが、それをとやかく言うこともしないが、その隙にブロブを捕獲すればいい。
加えて、以前、自分が他のハンターを囮にして漁夫の利を狙った時、乱入してきたエクスキューショナーとブロブが戦闘になり、そこにあの子供が現れた際の状況を見る限り、どうやらあの子供がブロブに指示を出していたようにも察せられた。ほんの一瞬のことだったが、この男はとにかくそういうことについては敏かった。
となれば、他の連中があの子供を排除してくれればそれこそ御の字というものである。もちろんその前にあのレアもののブロブが殺されてしまう可能性もあるが、その時はその時だ。さっさと諦めればいい。その辺りの切り替えの早さもこの男の特徴だった。可能性があるならしつこくもするが、それがないとなればすぐに頭を切り替える。それがこの男を腕利きのブロブハンターに仕立て上げたのだろう。
「さて、と、そうなりゃいろいろ準備もしなくちゃな」
などと呟きながら、ゲイツはキャンプの用意を始めた。複数のドローンを放ち周囲の状況を把握する。以前、囮のハンターを使った時の経験を活かし、決して近付きすぎない。こちらの接近を悟られない位置から間接的に様子を窺うことにしたのだ。
しかも、この辺りを縄張りにしているらしいあのブロブは、ハンター以外の人間には襲い掛からないことも分かっている。万が一、存在を悟られてもハンターのように振る舞わなければやり過ごせるだろう。だからゲイツは敢えて、ただのモノ好きなキャンパーのようにキャンプ生活を始めたのであった。
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