ゲイツ
「ククク……ククク……来るがいい、人間共」
幼い見た目にはまったく不釣り合いな邪悪な笑みを張り付かせ、マリーベルは洞窟の奥で目を光らせていた。その彼女の周りには、何匹ものブロブが蠢いている。
ヌラッカではなかった。ヌラッカとは別のブロブが集まってきているのである。マリーベルが呼び寄せたものだ。
ブロブは、大量発生したりして食べるものがなくなったりしない限り基本的には自分の縄張りから自らの意思で出ることはない。しかし、マリーベルのような存在に指揮されれば別である。
しかもそれは、洞窟の中だけではなかった。森の中にも既に何十匹というブロブが潜んでいたのである。
「!? <あいつ>か!?」
さっそくブロブを見付け、ゲイツはそう小さく叫んだ。<あいつ>とは、翼竜のような姿になって空を飛ぶブロブ(ヌラッカ)のことである。しかしそれはヌラッカではない。そしてそのブロブに気を取られた瞬間、ゲイツの腹に鋭い刃物が突き立てられた。
隠れていた他のブロブだった。
「マジか、よ……」
腹を押さえてゲイツが二歩三歩と下がる。だがその口元にはニイと不敵な笑みが漏れていた。
「備えあれば患いなしってやつだな」
ゲイツが押さえた部分からは血などは滲んでいなかった。当然だ。この時、彼が着込んでいた服は、カーボンナノチューブ繊維製の、防刃防弾服であった。衝撃までは完全に吸収できないが、四十五口径くらいまでなら至近弾でも貫通しない。これなら万が一、至近距離で他の業者が撃ったグレネードが炸裂しても、頭さえ庇えば致命傷は避けられる。まったく用心深い男である。
それだけではない。ゲイツに刃物と化した触手を突き立てたブロブと、最初に見つけたブロブ両方の体に麻酔弾が撃ち込まれていた。ガスガンだ。火薬の代わりに圧縮空気で麻酔弾を撃ち出すタイプの銃だった。射程は短いが、銃声を抑えられるので隠密性が増す。他の連中に悟られずにさっさとことを終わらせるつもりだった彼が用意していたものだった。
「しっかし、こいつら、いつの間に…?」
キャンパーのふりをして森で寝泊まりし、ドローンで監視していた筈にも拘らず何匹ものブロブが潜んでいることにゲイツはまったく気付いていなかった。
「くそう……これじゃどいつがあの空飛ぶブロブか分からねえじゃねえか」
などと文句を言いながらも手際よくブロブを専用の収容袋に収めてICタグをつけて転がしておく。こうすれば他の駆除業者もハンターも手出しはしない。そうして後で回収するのだ。というのが業界のルールだった。今回もそれが適用される。
駆除作戦とは言っても、必ず殺す必要はないのだ。
ブロブを殺さず捕獲しようとするのはゲイツがブロブハンターだからであって、駆除業者は基本的にブロブをその場で殺処分する。既にハンターによる研究施設等へのブロブの供給がルートとして成立しているので、供給過多になることを懸念したハンターギルドが他のルートから受け入れないように癒着しているという構図もある。それ故、駆除業者はこれまでどうしてもハンターの下という立場に甘んじてきた。
しかも、危険を冒してブロブを生け捕りにするという意味でもハンターの方が格上というイメージが世間にはある。今回の一斉駆除作戦は、その辺りの固定化した状況に風穴を開けたいという、駆除業者側からの政治的な働きかけもあって実現したという一面もあった。
単なる<害獣駆除>ではなく、裏ではいろいろと政治的な駆け引きもあったようだ。
しかしそんな裏話など、マリーベルには関係なかった。たかが人間如きが身の程もわきまえず牙を剥こうというのだから返り討ちにしてやるという感覚でしかない。
とは言え、その時の彼女の様子は尋常ではなかっただろう。
一方、フィとシェリルは、マリーベルが呼び寄せたブロブと戦闘になっていた。だがそれは、ヌラッカと同期して彼女と同等の能力を得たブロブ達だった。
人間を恐れるヌラッカの感覚は共有せずに能力だけを同期したのだった。マリーベルは既に、そこまでのことができるようになっていた。だが、そこまでブロブに踏み込んだことが仇となったかもしれないが……
それはさて置き、フィも手強いブロブが現れることはあらかじめ想定済みであり、最初からトップギアで自身の能力を最大限に活かして対抗した。
それだけではない。並みの人間よりは戦闘力の高いシェリルだがそれでもフィに比べればあくまで人間の常識の範囲内に収まっている彼女を囮に使い、ブロブの動きを誘導してそれを狙い撃つというフィの作戦は見事に功を奏していた。
『ははは! これはいい!!』
自らの狙いが最大限に効果を発揮していることにフィは高揚していた。同時にシェリルの方も、自分がフィの役に立ってブロブを殺せていることに歓喜していた。
『あはははは! サマーミロ、兄さんを殺した報いだ!!』
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