ハンター

 新星雲暦734年。惑星ファバロフヘの入植が始まって既に十年。開発は順調に進み、元々開けた荒れ地だった場所を中心に都市が築かれ、入植者は一千万人を超えていた。

 それぞれの開拓団の責任者を中心に議員が選出され、行政を担う公務員も登用され、本格的な行政府も機能を開始し、入植開始十年を記念して祭りも予定されている。しかしその祭りは、入植第一陣でもある開拓団二千人を襲った悲劇を悼む為の行事でもあった。

 それを教訓とし、人間に害をなす危険な害獣である<ブロブ>への対策は行われていたが、それでも毎年百人単位で犠牲者は出ていた。もっともその大半が、<ブロブ>を捕獲し金に換えて生活を営むという<ハンター>ではあったが。

 実は、後の研究でブロブには捕食した生物の遺伝子を取り込むという性質があることが判明、しかも非常に良好な状態で保存される為、遺伝子保存用の貯蔵タンクとしての需要が生まれていたのである。さらには、局所的にその遺伝子に即した生体活動をすることも判明しており、それにより薬物等の遺伝子レベルでの反応を見るという用途でも活用が始まっていたのだった。

 確かに危険な生物ではあるものの、それと同時に人間にとって有用な生物でもあるのが分かったということだ。この為、ブロブは研究施設を中心に高値で取引され、このことがブロブハンターと言われる職業を生むに至ったという訳だ。害獣として駆除しつつ、人間の為に役立てる。なるほどブロブハンターを目指す者が後を絶たない訳である。

 そして、祭りの準備をややシニカルな笑顔を浮かべて眺めていたベルカ・エリトーナリスもまた、そんなブロブハンターの一人だった。女性でありながら髪を短く刈り込み、がっしりとした印象のある大柄なその体は野性味に溢れ、いかにもな雰囲気を放っていた。

「よう、ベルカじゃねーか。まだ生きてたんだな」

 不意に不躾な声を掛けられ、彼女は不機嫌そうにそちらに振り返る。そこには、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた野卑な印象のある中年男が立っていた。

「ゲイツか……何の用だ?」

 忌々し気に彼女が問い掛けたその男の名は、ゲイツ・ペテルセニア。彼女と同じブロブハンターであった。だが、彼女がゲイツを疎んでいるのは単に商売敵というだけではなかった。この男、見た目の通りに野卑で、ブロブを捕獲する為ならどんな手段も厭わないという一面も持った、少々問題のある人物だったのである。

「そんな顔すんなよ。同業のよしみでちょっとした情報を持ってきてやったんだからよ」

 そのゲイツの言葉に、ベルカはますます険しい表情を見せる。こいつが持ってくるその手の話には碌なものがなかったからだった。なので聞くつもりもないのだが、ゲイツはそんな彼女には構うことなく勝手に話し出す。

「実は、フォーレナの集落にブロブが現れてな、そこの村長の娘が食われたんだそうだ。で、その復讐も兼ねて狩ってほしいって依頼がハンターギルドに入ったんだけどよ。これが結構厄介な奴らしくて、依頼を受けて向かったハンターが返り討ちに遭ったんだ。そこで、ハンターギルド自体からも賞金が出ることになってな。俺が行ってもよかったんだが、ちょっと前の仕事で膝をやっちまって今回は泣く泣く諦めようと思ってたんだが、そこにちょうどお前を見かけてよ、こうして情報提供させてもらったって訳だ」

 軽い感じでそう言うゲイツだったが、この男の言うことを鵜呑みにはできないというのを彼女は知っていた。彼女も所属するハンターギルドにそういう情報が入っているのは耳にしていたものの、彼女はそれには特に興味を抱かなかった。フォーレナという集落のある地域には馴染みがなく、地の利を活かして作戦を練るということができないからである。

 ブロブを駆除するだけなら罠を仕掛けて爆破してしまえばいい。しかしブロブハンターの仕事は生け捕りにすることなので、ちょっとした油断やミスが命取りになる。元より危険な仕事なのだから、無駄にリスクを増やすのは血気に逸った未熟な奴のすることなのだ。

 だがそんな彼女の意識を揺さぶる単語が、ゲイツの口から発せられた。

「あ、そうそう。その村長ってのがベローナ出身のカール・ベリザルトンって奴でよ…」

「ベローナのカール・ベリザルトン!?」

 思わず声を上げたベルカの反応に、ゲイツがニィと唇の端を釣り上げた。こうなることを見越して、満を持してその名を口にしたのである。

 惑星ベローナは、ベルカの故郷でもあった。ベルカの名は、ベローナにちなんで付けられたものでもある。そしてその名を付けたのが、カール・ベリザルトンであった。彼はベルカの父親の旧友であり、恩人だった。幼い頃からベルカも親戚のおじさん以上に懐いていて、もう一人の父親とも言うべき存在だった。その後、父親が亡くなったり、母親が別の男性と再婚したものの新しい父親とは折り合いが悪くその反発もあったりで家を出て、紆余曲折があって今はブロブハンターなどというヤクザな商売をしている。

 しかし、カール・ベリザルトンに娘がいたなどという話は聞いたこともなかった。親に対する反発から生活が荒れて何となく顔を合わせ辛くなって避けていたから、その間にできたのかもしれないが。

「…私には関係ない……」

 ゲイツに対してはそう言ったベルカだったが、その後、フォーレナに続く道で愛用のワゴン車を走らせる彼女の姿があった。長らく不義理をしてきたし、それを申し訳なく思って素直に詫びたいと考えられる程度には成長もしたということだった。ブロブハンターになったことは触れずに、挨拶と亡くなったという娘さんに手を合わせるくらいはしてもいいと考えたのである。


 フォーレナは、開拓団ではない入植者達が買い取った土地を自主的に開墾し拓いた集落である。その為、行政主導のブロブ対策の手が届かないところでもあった。行政の管理の下で行われた開発であれば万全の対策が行われるのだが、その分、画一的な開発が行われるので、自分達のライフスタイルに合わせた村づくり町づくりをしたいと考える者達は、行政の支援は受けないことと乱開発は行わないという条件で自主的な開拓を許されるのだった。

 故に、自分達の身を守るのも自分達で行わなければいけない。そこで一番手っ取り早いのがハンターや駆除業者を雇うという形な訳だ。

 ハンターギルドは、どうしてもならず者とか食いつめ者が集まりやすいハンターの業界に一定の秩序と信用をもたらす為に設立された互助組織である。ハンターギルドに登録すると、ブロブに関する情報の提供や、捕獲の依頼の仲介、ハンター同士や顧客とトラブルになった時の仲裁といったものを行ってもらえるのだった。しかも現在ではギルドに登録していないハンターはモグリと見られて敬遠され、本当に自分だけでブロブを探して捕獲しなければならない。さらには捕獲したブロブを売る際にも信用がないということで足元を見られると、登録しないメリットは殆どないと言っていいだろう。会費は取られるが、年に一匹捕獲できれば十分にお釣りがくる程度である。

 と、そうこうしているうちにベルカは、フォーレナの村に到着した。

 それは、実に質素な印象の小さな集落だった。途中の山から双眼鏡を使って見下ろした時に、畑を耕し家畜を飼い、気休め程度の塀で覆って動物やブロブの侵入を食い止めようとしている様子が見えたが、それ以外は手作りの丸太小屋に毛が生えた程度の家々が点在しているだけだ。むやみに近代的な生活を避け、つつましやかな暮らしがしたいと考える人間達が集まって作った村であった。

 といっても、わざわざ宇宙船に乗ってこの惑星に入植してという上での話だから、所詮は自己満足の類でしかなかったが。

 だがまあそれは別にいい。ベルカ自身、好き勝手に生きてきたのだからとやかく言えるような立場でもない。

 村に出入りする為の門は一つしかなく、そこに着いた彼女は、およそ門番として役に立つのかという、体だけは大きいが一目見ただけで気弱だと分かる青年に、車から降りて声を掛けた。

「村長のカール・ベリザルトン氏に面会したい。ベローナのレンガ・エリトーナリスの娘のベルカだと伝えてもらえれば分かると思う」

 それを聞いた門番の青年は今時珍しい有線の電話を使ってどこかに連絡を取っていた。一分くらいやり取りをして、恐縮したように頭を下げながら、

「どうぞお入りください。正面の道を真っ直ぐ行った突き当りが村長の家です」

 と門を開けてくれたのだった。

 再び車に乗り込み、「ありがとう」と声を掛けてベルカはゆっくりと門をくぐった。


 緩やかにカーブした道を徐行すると、本当に質素な暮らしをしてるのだという村の様子がさらによく分かった。それでも、村の住人達はベルカと目が合うと頭を下げ穏やかな表情で挨拶をしてくれる。純朴な人間達なのだろうというのも伝わってきた。さすがに新しく拓かれた村だけあって住人の年齢層も若い。皆、働き盛りのようだ。

 三分ほど進むと、正面に、他の家よりは少しだけ大きな家が見えてきた。あれが村長の住居兼役場ということか。

 その家の前に、二つの人影が見えた。ベルカはその顔に見覚えがあった。カール・ベリザルトンとその妻のレベカだった。彼女の記憶の中にある姿に比べればいくらか歳を取ったようにも見えるが、一目見て本人だと分かった。

 二人の前で自動車を降り、ベルカは深々と頭を下げた。

「お久しぶりです。おじさん、おばさん。長いこと不義理をしてすいませんでした」

 改まって挨拶をする彼女に、カールとレベカは温かい笑顔を向けてくれた。

「いやいや、こうやって元気な顔を見せてくれただけで十分だよ。わざわざ来てくれてありがとう。ベルカもファバロフに来てたんだね」

「積もる話もあるでしょう。どうぞ上がって」

 二人に招き入れられて、彼女は恐縮しながらも家へと上がった。

 家の中も、見た目そのままに質素なものだった。村長といえどそれはあくまで村のまとめ役というだけの名誉職のようなものだというのが生活ぶりからも分かる。

 やはり手作りであるというのが分かる暖炉の上に、笑顔の少女の写真が飾られていた。ベルカがそれに視線を止めたことに気付いて、カールが語りかける。

「娘だよ。名はイレーナというんだが、先月、他の子供達と一緒に森の近くで遊んでいる時にブロブに襲われてね……」

 そこまで言ったところで言葉に詰まり、彼はうなだれた。妻のレベカは顔を覆い、肩を震わせている。笑顔で迎え入れてはくれたが、やはりまだ娘を喪った苦しみは癒えていないというのが伝わってきた。

「はい……私のところにもその話は伝わってきました。なので、娘さんに手を合わせようと思ってこうして訪ねさせていただいた次第です」

 ベルカも視線を落とし、静かに応えた。女性にしてはがっしりとした印象の彼女の体が小さく見える。

「そうか。ありがとう。娘も喜ぶよ……」

 瞳を潤ませたカールの向こうで、レベカは声を殺して泣いていた。

 その姿を見て、ベルカは思った。どうして親からこれほどまでに愛されている娘が死んで、自分のような人間が生き残ってしまうのだろう。神とやらは何故こんなにも残酷なのか……と。


 村長の家から数分歩いたところにある墓地に、イレーナの墓はあった。まだ八歳だったそうだ。ベルカが家を出てしばらくしてから生まれたというのが分かった。なかなか子供ができなかった夫妻がこのファバロフに着て仲間達と一緒に村を築いている最中さなかに生まれたそうだった。だからここの環境が良かったのだろうと夫妻は考えた。

 しかし、二人に娘を授けてくれたのもこの地かもしれないが、二人から娘を奪ったのもこの地であった。実に皮肉な話である。

 だからベルカは決心した。

 そして、村長の家に戻って夕食をもてなされている時に言った。

「おじさん、おばさん。私は今、ブロブハンターをしているの。だから娘さんを奪ったブロブの捕獲は、私に任せてほしい」

 だが、その言葉を聞いた二人は驚いたように目を見開いていた。

「え? でも、そのブロブは先週、ハンターの人が捕獲して連れて行った筈だが…?」

「ええ、確か、ゲイツっていう名前の…」

「! ゲイツが…!?」

 これはいったい、どういうことなのか?。ゲイツは何故、自分が既に捕獲したブロブの情報を寄越したのか。その意図が掴めずに、彼女は混乱する。

 その時、フォーレナの村に、生暖かい風が吹いていたのだった。


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