夢か現か
その時、シェリルは自分が何かとてもあたたかいものに包まれているのを感じていた。さっきまではあんなに寒かったのに。
それは、あたたかい水のような、とても高価で高品質の羽毛布団のような、何とも言えない感触だった。
『お母さん……』
無意識にそう口にしていた気もする。母親の胎内というのは、こんな感じなのだろうかというのも頭によぎった。
そんな彼女の前に誰かが近付いてくる。
「…!?」
そのことに気付いた彼女が息を呑んだ。両手で口を覆い、目からポロポロと涙が溢れてくる。
「おにい…ちゃん……!!」
彼女はようやくそれだけを口にした。そうとしか言葉にならなかった。そこにいたのは、まぎれもなく、彼女が大好きで大好きで会いたくて仕方のない兄の姿があったのだから。
しかし、それに気付いた瞬間、また別のことが頭に浮かんできた。
「え…? ということは、これは<あの世>ってやつ…? 私、死んだの……?」
と思ったが、すぐにそんなこともどうでもよくなった。たとえ自分が死んだんだとしても、こうして兄に再会できたのだ。もう何も思い残すことはない。あの世で兄と一緒にいられるのなら、それで十分だった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん…!!」
泣きながら何度もそう言って、シェリルは兄に縋りついた。そんな彼女の頭にそっと彼が触れると、もう声にもならずにシェリルは「うぁああぁぁん!」と泣きじゃくった。
けれど、兄は、彼女を優しく抱き締め頭を撫でながら静かに語りかけた。
「シェリル……君はまだ死んでなんかいないよ。でも、僕も確かにこうしてここにいる……」
「…? なに…? お兄ちゃん、何言って……?」
少し落ち着いて兄の言葉が耳に届き、シェリルは顔を上げて問い掛けた。
「君はまだ生きてるって言ったんだ。そして僕も生きてる。ここは<あの世>なんかじゃないよ。君達が<ブロブ>と呼ぶあの生き物の中だ」
「…え…? はい…? えぇ~~~っっ!?」
ようやく兄の言葉が頭に入ってきたシェリルは、ガバリ!と体を起こしたのだった。見るとそこは、確かにあの森の中だった。手を付いた地面に生えている草の感触も分かる。
「私……生きてる……?」
茫然と言った彼女に耳に、
「シェリル…! 良かった……!」
という聞き慣れた声が届いた。兄とは違うけれど、確かに聞き慣れた声。
「バレト大尉!?」
思わずその声の方に視線を向けた彼女の前には、安堵の表情を向けたバレトの姿があった。
「え? えぇ…? じゃあ、今のは夢……?」
ようやく会えた兄がただの夢だと思ってしまった瞬間、シェリルの目に涙が溢れてきた。
だがそんな彼女にまた届いた声があった。
「夢じゃない。これは現実だ」
頭の中でそう響いた声に、シェリルは聞き覚えがなかった。兄のものでもない、明らかに幼い女の子の声。
だがその次に同じ声が届いたのは、彼女自身の<耳>だった。
「まったく、手間を掛けさせてくれたものね」
「!?」
面倒臭そうにそう言う声にその場にいた全員、シェリル、バレト、ネドル、フィが視線を向ける。
「なによ、その顔は。あんた達の訊きたい話をしに来てやったんだから、もうちょっと歓迎してくれてもいいと思うんだけど?」
鬣のような赤い髪に手を突っ込んでぼりぼりと頭を掻きつつ、突然現れた<少女>は、まるで睥睨するかのように、小さな体ながら人間達を見下ろしていたのだった。
「君は…?」
そう問い掛けるバレトに、少女は名乗った。
「私はマリーベル・エルシャント。そこに寝転がってる彼女と、そこのけったくそ悪いエクスキューショナーの<同類>」
透明な右腕で前髪をかきあげ、同じく透明な左目を見せつけるようにしたマリーベルの視線の先には、顔と体の右半分の皮膚が同じように透明になったシェリルがいたのだった。ブロブが同化したのだ。完全に熱で変質して死滅した皮膚と入れ替わる形で。それによってシェリルは一命を取り留めたのである。
「私の視覚情報を送ってあげるから、今の自分の姿を見たら?」
マリーベルがそう言った瞬間、シェリルの頭の中に、バレトに支えられネドルに付き添われた<自分の姿>が見えた。だがその瞬間、
「な…!?」
と声を上げてしまう。そこにあったのは、顔の右半分が醜い怪物のような姿になったそれだったからだ。
「びっくりして当然でしょうけど、そうしなきゃあんたは死んでた。感謝しろとは言わない。でも、まずは落ち着くことね」
そう言われても、あまりのことに「な……な…ぁ……!?」と言葉にならない言葉が漏れて頭がパンクしそうになる。
だがそんな彼女に再び声を掛ける者がいた。
『マリーベルの言うとおりだよ、まずは落ち着くんだ、シェリル』
兄だった。兄の声が頭の中に響いてくる。しかも、頭の中に兄の姿までが見える。ブロブと同化したことで、ブロブの中にいる彼と完全に繋がったのだ。しかしシェリル自身には何が起こっているのか理解できない。
「お兄ちゃん! なんなのコレ!? どうなってるの!?」
「シェリル!?」
突然そう声を上げたシェリルにバレトが戸惑う。いる筈のない<兄>の声が聞こえているかのような様子に、彼はシェリルが錯乱状態に陥ってるのだと思った。
だが、マリーベルは言う。
「彼女は今、自分と同化したブロブを通じて、ブロブの中にいる<お兄ちゃん>と話をしてるだけ。心配要らない」
「なんだと…? それはどういう…?」
「だから今からそれを説明してあげるって言ってんの」
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