第5話

走る馬車にしばらく揺られ続けていると、ルクセイア公爵家の邸が見えてきた。

高い蔓薔薇の城門を潜り、広大な敷地はに聳える邸も見事な庭園も、やはり王都で一番立派なのは一目見て分かる程。


馬車から降りて両開きになった玄関扉を潜ると、多くの使用人達が並んでシルヴィアを出迎えた。


「お帰りなさいませ奥様」


(奥様……!)


本日よりルクセイア公爵夫人となったのだ。その敬称は当然だが、まだなんだか慣れなくてむしろ、むず痒く感じてしまう。


濃い茶髪に眼鏡を掛けた、まだ若そうに見える執事が軽く説明をしてくれたのち、侍女が寝室へと案内してくれる事となった。


「侍女長のカルラと申します」

「ローサと申します」

「では寝室にご案内致します」


侍女長のカルラは黒髪の中年女性で、真面目そうな美人。ローサは薄茶の髪にほんのりタレ目の優しそうな女性で、まだ二十歳前後に見える。


「こちらがご夫婦の寝室となります」


広くて居心地の良さそうな応接室を進んだ先の寝室には、唐草などの彫刻が施された天蓋付きの寝台が備えられていた。


家具は白を基調としており、金の取っ手などがアクセントになっていて、猫足で統一されている。

この部屋は勿論、公爵邸全体に言えるのだが高価な品を華美に飾り立てるのではなく、選び抜いた調度品を適度に配置し、とても品の良い印象を受ける。


「旦那様は今日はお帰りにならない可能性が高いのかしら」


一瞬部屋の素晴らしさに呆気に取られかけていたが、振り返ってローサに尋ねた。


「それは私には分かりかねますが、帰ってこられるとしたらとても遅い時間になる可能性が……最近ご帰宅の時間が遅くなると事が続いていらっしゃいますし……」


「分かったわ。私はゆっくり休ませて頂きます。これからよろしくねローサ」


「はい、奥様。しっかり仕えさせて頂きますっ」


(可愛い……!)


明るい笑顔で答えてくれたローサの手により、複雑に結われた髪を丁寧に解かれた。


浴槽には薔薇が浮かべられており、侍女達の手によって入念に磨き上げられる。

湯浴みを終えた後、シルヴィアは鏡台の前に座り、再びローサによって香油をつけてから丁寧に銀糸の髪を梳いてもらった。


「本当に奥様は綺麗な御髪ですわね。奥様の髪に宝石を飾っても、きっと霞んでしまいますわ」


褒めてくれるローサと化粧台の鏡越しに目が合うと頬笑まれ、シルヴィアの方が顔を赤くしてしまう。


「それでは奥様、お休みなさいませ」

「お休みなさい」


ローサは頭を淑やかに下げると、部屋を後にした。


それと同時に立ち尽くしたままの、シルヴィアの右の拳が強く握られ、つい力んでしまい全身が振ぶるぶると震えだした。


「かっ……」


一音発すると同時に右の拳を天井に向けて突き上げた。


「勝った!!!!」


シルヴィアは勝利の宣言をした。


「勝った!きっと初夜はない!」


貴族令嬢としては政略結婚は極当たり前の事だ。最悪何十歳も年上の男性や、国外に嫁がされる可能性だってあったかもしれない。

公爵家の嫁となると子供を設けるのが一番の仕事という事は分かりきっている。


しかし恋愛経験もない17歳の少女にとって、好きでもない男性との初夜はとても覚悟のいる事だった。


(初夜がないに越した事はないし、これで安心して寝れるわ。今夜は公爵様帰って来ませんように、邸に帰ってきてもこのお部屋に入ってきませんように。あ、お布団フカフカ気持ちいい)


実家の伯爵家の自室の布団も上質なものだったが、家を出た後は宮廷魔術師専用の宿舎のベッドでしばらく寝ていたため、最高級の公爵家のベッドは天国のようだった。


結婚初夜、シルヴィアは朝まで爆睡した。

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