第8話
嫁いで二日目、朝食を食べ終えると執事のトレースから書類仕事を教わり、休憩時には庭園にテーブルや椅子を並べて手の空いている侍女達とお茶を飲む事に。由緒正しきルクセイア公爵家の侍女達は、それなりの家柄出身のご令嬢である事が基本だ。
「奥様、どうぞ」
「ありがとう」
温かいお茶が注がれたカップが目の前に置かれる。お茶受けには薔薇の砂糖漬けと菫の砂糖漬けが添えられている。
シルヴィアは木陰に待機している、若い従者に目を向ける。少し肌の色が濃い、紫苑色の髪に紅玉の瞳の少年。
「セイン、あなたもどうぞ」
シルヴィアが声を掛けると、従者のセインは表情をそのままに僅かに目を見張った。
「いえ、自分は」
「奥様がおっしゃっているのですから」
セインは遠慮しようと思ったが、侍女長にも促され、彼はお茶の入ったカップを受け取った。
「……頂きます」
**
昼食後の事だった。食後のお茶を飲み干したシルヴィアに、執事が尋ねた。
「ところで奥様は、あまり夜会などにご出席なさっていなかったようですが、ダンスの腕前などお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ダンス?一応習ってはいたけれど、夜会で踊る事は滅多にないわ」
「では、午後はダンスレッスンを致しましょう」
「え?」
トレースの言葉はシルヴィアにとって青天の霹靂だった。
「えっと、夜会はあまり出席しなくてもいいと言われていたのですが?」
「あまり出なくていいと言うのは、全く出なくてもいいと言う訳ではございません。出席の際にはルクセイア公爵夫人として、申し分無きようお願い致します」
「で、ですよねぇ……」
(何だろう、笑顔なのに圧がすごい!)
結果、トレースはスパルタダンス講師だった。
「あ、足が~!腰が~!」
普段使ってなかった筋肉が悲鳴を上げている。筋肉痛は確定事項になった。
ヘトヘトになっているシルヴィアに向かって「お疲れ様でした」と、爽やかに声をかけてくる所が逆にドSっぷりを際立たせた。
「ところで奥様は、お茶会などもあまり出席なさらないのですか?」
シルヴィアはギクリと身を強張らせた。気のせいかもしれないがトレースの眼鏡が光った気がする……。
「え、えっと……お茶会も出る事は基本ないのですが、殿下の御婚約者であるレティシア様とは、定期的にお茶会に呼んで頂いたりと、良くして頂いてますわ」
口元を引きつらせ、恐々と答えるシルヴィアに対し、いつもクールな筈のトレースの表情が満面の笑みになる。
「素晴らしい御交友関係ですね、それはお茶会用のマナーも組まなくてはなりませんっ」
(どっちにしろスパルタレッスンする気なんじゃない!しかも何でこの人楽しそうなの!?)
教えるのが好きなのか、スパルタで扱くのが趣味なのか。シルヴィアには知る由もなかった。
**
夕方晩餐前に再びトレースに、書類整理について教えてもらいながら疑問をぶつけてみた。
「旦那様って凄く忙しい方とお聞きしてるけど、ずっとそうなの?そんなに忙しいなら、公爵家のお仕事はいつもトレースがやっているの?」
「いいえ、私はあくまで補佐でございます。
旦那様は騎士のお仕事がお休みの時に、公爵家のお仕事をなさっておられます」
「それは本当に休めなそうで大変ね…」
トレースは嘘を付いているようには見えないので、きっと本当の事なのだろう。
「大旦那様はそれに加え長期休暇になると公爵家の領地に見回りに行っておられました。
今は大旦那様がご夫婦で領地に住まわれているので、これでも先代様より負担は減っているのですよ」
「そうなの……」
(考えただけでも頭痛くなってきた……!嫁いでから暇で何したらいいか分からないとか、小さい悩みを持って申し訳ございませんでした!)
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