第20話
「今日のドレスも素敵ですね」
「ありがとうございます」
珍しく早くに帰宅したアレクセルは、お茶を楽しんでいたシルヴィアの元に来るなり、頭のてっぺんから爪先まで幾度も眺めた。
「パステルカラーのドレスも似合っていて、妖精の如き美しさでしたが、このドレスを着たシルヴィアは完璧なビスクドールのようです」
アレクセルが些か食い気味に褒めてくれる、本日のシルヴィアの装いは、濃い赤紫色の生地に黒のレースのドレス。
同じ生地で揃えた丸型のヘッドドレスには、真紅の薔薇や青薔薇が飾られている。
「実はこれ、自分のお給料で仕立てたお気に入りなんですけど、あまり着る機会がなくて」
シルヴィアは宮廷魔術師という職につき、自分の給料を手にするようになってから月に一着、渾身の思いを込めたドレスを仕立てていた。
仕事の日はシンプルなドレスに制服の上着。
休みの日も基本魔術師寮で過ごしていたり、もしくは寮の自室で着替える事なく、ボーっと過ごして一日を終える事も少なくなかった。
仕立てたドレスの多くの使い道は、月に一度町へ新しいドレスを仕立てにいった後、そのままカフェで一人お茶を楽しんだりする時に着用していた。
そうしている間にも季節は巡っていくので、あまり着る機会は設けられないまま、次のシーズンに移ってしまう事が多い。
その他にも家族に贈って貰ったドレスもあるが、それは家族に合う時に着るから、結婚前は袖をあまり通さないドレスが増えていった。
「なるほど、そうだったんですね。シルヴィアはセンスもいいのですね」
自分のお金で買うのだから、高くなくても納得したものを仕立てたい。そう思うようになり、流行りばかりに囚われず、自分に似合う色やデザインを研究するようになった。
何だかこういう部分すら、自分の魔術師としての特徴が出ている気がする。
(それにしても流石旦那様、男性がこんなにも女性の衣装に関心をしめす会話をなさるなんて。やはり今まで相当女性を相手にしていらっしゃったとしか……)
いつも考えがそこに直結してしまって申し訳なくなるが、無理矢理ではなく自然に流れてしまうのだから許してほしい。
「ああ、この鳥かごの首飾りもドレスに合いますね」
アレクセルが視線を移したのは、鳥籠に蔦薔薇が巻き付いた首飾り。
「ありがとうございます。これはお兄様からプレゼントして頂いた物で、とてもお気に入りなのです」
『お兄様』という言葉に、アレクセルの顔は笑顔を張り付かせたまま黙った。
そんな黙りこくった夫を、シルヴィアは不思議そうに見上げる。
ちなみに『お兄様』というのは当然ギルバート王太子ではなく、実家にいる戸籍上の兄。
「旦那様、どうかなさいました?」
「いえ」
なおも微妙な反応を見せる夫に困惑しそうになる。シルヴィアの視線で、アレクセルは何とか現実に引き戻った。
「ああ、そうだ。もう少しで夜会用に仕立てたドレスも出来上がるそうですよ」
アレクセルのいう夜会とは、結婚する前から夫婦揃っての出席が決まっていた、近々王宮で開催される夜会。
それに伴い先日、恒例のダンスレッスンの時にシルヴィアは、トレースにとあるお願いをしてみた。
「あの、今日はこの靴で練習してみようかと……」
手にしていたのは、いつもダンスレッスンで履いている物より、少しヒールの高い靴。
「私と旦那様とでは、身長差が結構あるのでしょう?旦那様に合わせて、夜会の時は高いヒールの靴を履く予定だから、これからは高めの靴で練習しようと思うの。慣れてない分、不慣れな部分が目立つと思うけれど、ご指導お願いするわね」
「奥様……」
衝撃が走ったかのように、トレースの目が見開かれる。いつも冷静沈着な執事ではあるが、極たまに大袈裟な部分が顔を見せる。
「奥様にやる気を出して頂けて感無量でございます」
「え、や、やる気?」
「これからは今までより一層、ルクセイア公爵夫人として何処に出ても恥ずかしくない程、お稽古に励みましょう。私も気合を入れ直させて頂きます」
(ひぇぇぇぇ~!!結構です!!って、声高々に叫びたい!!)
トレースは、それはそれは良い笑顔で言い放った。次の日、激しい筋肉痛に見舞われたシルヴィアは、半日は歩行することが困難となった。
**
夜会当日。
プリンセスラインの水色のドレスには、散りばめられた星屑のビーズに、煌めく銀糸の刺繍。
後ろは編み上げと、大きなバックリボンが印象的な仕上がりとなっている。
銀色の髪にはワインレッドと、紫の薔薇飾りを挿して、小さなパールも添えた。
全てが最高級の物で身を包み、妖精のような姿のシルヴィアをエスコートするのは、銀灰色のフロックコートを着た長身の美しき貴公子、ルクセイア公爵。
アメジストの瞳が隣にいる妻に目を向ける度、暖かな色を宿す。
誰もが若く美しいルクセイア公爵夫妻の入場に魅入り、感嘆を束ね合わせたように場内はざわめき始めた。
会場に着いてからしばらくは、挨拶周りに時間を取られる事となった。国の筆頭貴族であるルクセイア家とあって、挨拶に来る者は後を絶たたない。皆間近でシルヴィアを見た途端、髪と瞳の色も相まって、現実離れをしたその容姿に言葉を失った。
あまり社交界に出る機会のなかったシルヴィアを、初めて近くで見る者も多い。
そんな挨拶周りの最中、見知った人物が視界に入ってきた。
着飾った、色とりどりの華やかな若いご令嬢に取り囲まれている、シルヴィアと同じ宮廷魔術師。そして貴族出身であり、アレクセル程ではないものの、整った容姿を持つテオドールだった。
しきりに女性達の服装や、装飾品、髪型などを褒めているが、どことなく顔色が悪い。
男色という訳ではなく、普通に女性が好きだが長時間多くの女性に囲まれるのは、シャイな彼からすると段々辛くなるらしい。中々贅沢な悩みだ。
そんなテオドールは目が合った瞬間、こっそりとこちらに向けて口を動かしてきた。シルヴィアは取り敢えず、テオドールの口の動きを読み取ると、それは……。
『たすけて』という口パクでのSOSだった。
確認した後、頑張れと心の中で応援し、シルヴィアは見なかったフリをした。
今はルクセイア公爵夫人としてこの場にいる。
テオドールに構っている暇はないのだ。
そっぽを向かれ絶望したテオドールだが、すぐに少し離れたところから、よく通る男性の声で名前を呼ばれた。
「テオ、探したぞ」
「室長っ」
テオドールは呼ばれてすぐ、かなり嬉しそうにレオネルの方を振り向いた。
先程の顔の色の悪さはどこにいったのやら「室長が仕事の話があるらしいから、ごめんね」と、キラキラな笑顔を令嬢達に向けた。
去り際だけ無駄に爽やかだ。
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