第10話

「よいしょ」


 この日もシルヴィアは、趣味である露店買い食い巡りを実行しようと、裏手に面する窓をあけてから窓枠に身を乗り出した。


「シルヴィア」

「え」


 甘くて涼やかな声が降って来た。誰にも見られないように、確認してから出ようとした筈なのに。しかし目の前には濃紺の騎士服に身を包んだ、この邸の主。ワインレッドの美しい髪がサラリと揺れ、紫水晶の瞳とばっちり目が合う。


(だ、旦那様ー!?)


 その瞬間、驚いたと同時に腰掛けていた窓から体がバランスを崩してしまった。


「きゃっ」

「シルヴィアっ」


 アレクセルはとっさにシルヴィアの身体を抱きとめた。


「大丈夫ですか?外に出たいのですか?」と聞くと抱き上げた。


(近!)


「えっ!あ、ハイッ!!お庭に出ようと思いまして、あは」


 苦しい言い訳だったが、それ以外に言葉が思いつかなかった。庭園に出たいからと、公爵夫人でなくとも、窓から出入りしようとするなんて異常でしかないのに。


「分かりました」


 穏やかに微笑むと、シルヴィアを軽々と抱き上げた。アレクセルは一見細身のように見えても、やはり彼は騎士。鍛えた身体に抱き上げられ、一瞬時が止まったように錯覚した。


 ようやく足が地に着くように降ろされたが、未だ互いの体はまだ密着していて、アレクセルの腕はシルヴィアを抱き寄せている。


「うちの庭はいかがですか?」

「イイと思いますっ」


(何か動揺しすぎて変な喋り方になってしまった。落ち着くのよ私。とても素敵なお庭ですわオホホ~とか言えばよかった)


 現在はっきりいって、シルヴィアは脳内の処理が追い着いていない。それどころか心臓が壊れるのではないかというくらい、早鐘を打ち続けているが、いつ止まってもおかしくはない気もする。


「それは良かった」


 アレクセルはそう言ってふわりと微笑んだ。


「!」


(こんな間近で、しかも密着状態での美形のキラキラ笑顔はヤバい。心臓止まりそう……)


「どうしました?あ、そうだ。庭園を散歩予定なら、ご一緒してもいいですか?」

「……はい」


 シルヴィアは消えさりそうな程小さな声で、返すのがやっとだった。

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