第2話
17歳という、適齢期である貴族女性のシルヴィアにとって、縁談とは然程驚く事では無いはずだ。
訳あって実家の伯爵家では縁談の話題が出る気配もなく、完全に油断していた。
そんな所に何故か王太子からの提案。という事は、少なくとも陛下のご意向も含まれているのでは無いか、と思ってしまうのも当然の事だった。つまり王命。
「何故……ですか……」
「お兄様は可愛いシルヴィアが政略結婚で辛い思いをしたらと思うと……耐えられないんだ」
殿下は大袈裟に胸を押さえる仕草をしてみせる。その芝居掛かった様を見て、彼は煽りの天才かもしれないとシルヴィアは思う。
だが、彼のペースに惑わされてはいけない。
「今まさに、謎の政略結婚に巻き込まれそうなのですが?
まぁ一応貴族に名を連ねておりますから、政略結婚も覚悟はしておりましたが、本音は一生独身でもいいかなと思っております」
あっけらかんと話すシルヴィアは、決してやさぐれている訳ではない。彼女は生涯、宮廷魔術師として身を置く未来も想定している。
「一生独身か、お前はいいかもしれないが魔力持ちで、貴族令嬢なのに宮廷魔術師として働く変わり者。
今はいいが、この先そんな行き遅れ伯爵令嬢の姉がいると知れ渡ったら、お前の弟妹の縁談にも支障が出るのではないか?」
「うっ……」
(言葉の殺傷能力半端ない……!)
唐突に会話が鋭い刃の如く襲いかかってきた。
家族を出してくるとは卑怯なり。
シルヴィアは伯爵家の養子であり、育ててくれた恩のある伯爵家に泥を塗る訳にはいかない。
産まれた頃からシルヴィアは魔力量が高く、加えて幼少の頃から魔術の勉強を積極的にしたいと思っていた。その事も相まって、宮廷魔術師を目指した。
それには養子先にいつまでも甘える訳にはいかないという思いもあり、今では家を出て王宮敷地内にある魔術師寮で暮らしている。
シルヴィアには今の自分の生活状況に何一つ不満はなかった。
「それに私、まだ宮廷魔術師を辞めるつもりありませんから」
「しかし今回持って来た縁談なら支障どころか、とても伯爵家にとっても名誉な物だ。
なんたって相手は名門ルクセイア公爵家の現当主だからな」
「え、どういう事ですか。公爵家に宮廷魔術師の私が嫁ぐという事ですか?公爵夫人になれと…?」
「案ずるな。宮廷魔術師はそのまま続けても問題ない。それにここの家は先祖代々優秀な騎士を輩出している家系でね、有事の際は国を最後まで守り抜くという役目がある。
前公爵夫人は身体が弱く公爵領で療養中ではあるが、その前の公爵夫人、つまり現当主のお祖母様はそれはそれは剣の腕が立つご婦人だったと言われている」
「それは凄いですね……」
純粋に女性として尊敬する。
「だから魔力持ちの強い嫁は都合がいいそうだ。シルヴィアの高い魔力と合わされば、産まれる跡取りも高い魔力が遺伝し、ゆくゆくは魔法と剣の両方で名を馳せるようになるかもしれん」
「都合がいいって……確かに貴族の婚姻とはそういう物ですが」
「シルヴィアは家柄も申し分なく、国のためにも戦う事ができ、本人も自分の身を守ることができる。
お兄様としてもこんなに出入りの多い王宮内の魔術師寮に可愛いシルヴィアを置いておくより、鉄壁の守りを持つ公爵家にいてくれた方が安心なのだよ
しかもルクセイア公爵は私の近衛騎士団団長であり、国家機密にあたる王室宮廷魔術も私の管轄にあるので何かと仕事の面でも融通を利かすことが出来る。シルヴィアも結婚しても宮廷魔術師は続けたいだろう?」
「それはそうですが」
(もしかしてこの婚姻は、殿下にとって都合がいいという意味ではないかしら?)
最初にギルバートはこの婚姻について、シルヴィアのためと言っていた。そうまで言ったのだから、シルヴィアにとって不利益になる提案はしないだろう事は分かっている。
昔から付き合いのあるこの王太子は、自分自身にとって利益になる事を前提に動くのも確かだと
「あとかなりの美形だとお兄様は保証するぞ」
「そんなスペックの高い方が、私なんかとの結婚を承諾致しますでしょうか?」
「向こうは乗り気だそうだ」
もう既にルクセイア公爵には話が言っていた事に対し、驚くと同時に相手がこの縁談に乗り気だと言う事実にシルヴィアは絶句した。
「何度か会う機会を設けるから、安心しなさい。ああ、あと公爵はとても女性にモテるから。
噂では愛人や各地に色んな女が何人もいるらしい」
「それは……クズですね」
それが夫となるアレクセル・フォン・ルクセイアの第一印象だった。
やたらと好条件すぎて怪しいと思ったら、やはり落とし穴があったか。
(安心とは?)
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