第9話:信頼出来る人

「はーい……って、海……!?」


「……やあ。久しぶり。麗音」


「……久しぶり。……元気だった?」


「……見ての通り、ピンピンしてる」


「そ、そうか……良かった。けどどうしたの?急に」


「……とりあえず中入れて」


「あぁ、うん。どうぞ」


「お邪魔します」


 彼は家を出て一人暮らしをしていた。場所は彼の母親から聞いた。案外、僕が住んでいる家から近かった。


「……で、どうしたの?」


「……君に預かってもらいたいものがあって」


「……預かってもらいたいもの?」


 ビデオレターと計画書兼遺書が入った鍵付きの箱を彼に渡す。


「えっ。なにこれ。鍵かかってるけど」


「鍵は僕が持っておく。君は箱を預かってくれ」


「……中身なに?」


「……言えない」


「い、言えないくらいやべぇもん入ってんの?俺、やばい犯罪に加担させられそうになってる!?」


「違う。頼む。……信じてくれ。決して、危険な物が入っているわけじゃない。タイムカプセルみたいなものだよ」


「タイムカプセル?」


「そう。訳あって、うちでは保管できないんだ。……ごめん。何も話せなくて。開ける日が来たら話すよ。来るかどうか分からないけど……」


「……」


「……君にしか頼めない。だからどうか、僕を信じて預かってくれないか。麗音」


「……ずるいね。海。……そんな言い方されたら断れないじゃん」


 そう呟いて、彼は深いため息を吐いた。そして箱を手に取る。


「いつまで預かれば良い?」


「その時が来るまで」


「その時っていつよ」


「……それは分からない」


「……海は、いつ来るかわからないその時まで、俺が君と繋がってるって確信してるの?」


「あぁ」


「……この箱を開ける頃には俺、結婚して家庭持ってるかもよ。で、奥さんに何これって勝手に捨てられちゃったりするかもよ」


「……君が選ぶ人ならそういうことはしないと思うよ」


「……子供が悪戯で勝手に持ち出して、無くしちゃうかも」


「それは……あり得なくはないか」


「預け先、本当に俺で大丈夫?拾ってくれたバーテンダーのおじさんの方が良いんじゃない?」


 それも考えた。しかし、あの人がその時まで生きているとは思えない。


「……あの人はその時まで生きてるかわからないから」


「……じゃあ、空さんは?」


「兄貴はダメだ。無くしそう。しっかりしてるように見えて抜けてるから。あいつ」


「……分かった。じゃあ預かる」


「ありがとう。……とりあえず一年で良い。一年経ったら取りにくる」


「……海」


「何?」


「……ちゃんと飯食ってる?」


「なにそれ。親かよ」


「君が心配なんだ」


「……麗音、まだ僕のこと好きなの?」


「……まさか。それは無いよ。……俺今、彼女居るし」


 あからさまに目を逸らしながら言う彼。嘘ついているのはバレバレだった。


「……じゃあさ、今日泊めてよ」


「は?えっ。なんで?彼女居るって言ったじゃん」


「……居ないでしょ」


「……居ないです」


「じゃあいいよね?」


「……家、一人暮らしなんだろ?」


「今日は美夜が来るから。会いたくない」


「美夜?誰?恋人?」


「……一応。でも多分、もうそろそろ別れる」


「それで元気ないのか」


「……悪いのは全部僕なんだ。僕ね、クズだから。彼女に好意を向けられて、ぐちゃぐちゃに踏み躙ってやりたくなったの。壊したくて、仕方なくて、でも怖くて、だからあの時手を離して欲しかったのに彼女は家までついてきて……それで……」


 僕は彼に複雑な思いを全て吐露した。彼は黙って聞いてくれた。全て吐き出すと、彼はこういった。


「俺は海の味方だよ。だけど……海が今恋人にしてることが本当なら、肯定しない。最低だと思う。海が今までずっと苦しんできたことは知ってる。けどそれは言い訳でしかないよ。人を傷つけていい理由にはならない」


 彼は決して僕を甘やかさず、厳しく叱った。


「ちゃんと話をしな。恋人さんと」


「無理だよ……話せないことが多すぎるから……」


「恋人にも話せないことってなんだよ」


「誰にも言えないの。約束したから」


「約束?誰と」


「それも言えない。……お願い。もう聞かないで。君は僕の味方なんだろう?」


「……いつか話してくれる?」


「ごめん。あの箱を開ける日が来るまでは何も話せない」


「……分かった。海を信じる」


「……馬鹿だね。こんなクズを信じるなんて」


「話を聞く限り、今の海は確かにクズだよ。けど、俺は中学を卒業した後の君を知らない。だから……俺は俺の記憶の中の君を信じるよ。外国人みたいな変わった名前で変だと言われて泣いていた俺を庇ってくれた君を信じる」


「いつの話だよそれ……」


「小さい頃の話。……海は優しい人だよ。水元さんと天龍さんも言ってた。『海が居たから私は私でいられる』って」


「……月子と帆波……」


 二人の名前を聞いた瞬間、涙が止まらなくなる。彼は涙のわけも聞かず、落ち着くまでそばに居てくれた。

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