番外編

14.1話

王子と騎士

 白百合歌劇団という、女性だけで構成される歌劇団出身の音咲おとさき麗音れおんという俳優がいる。僕の恋人である鈴木麗音の名前の由来になった人だ。

 平成に生まれた子ならまだしも、昭和生まれの男の子にして少々キラキラすぎる名前で、周りからは変な名前だとよく揶揄われていた。

 だけど僕はそんな彼の名前が好きだった。当時ハマっていたアニメに出てくる騎士と同じ名前だったから。

 僕は当時、そのアニメの王子様に憧れていてたが、僕は女の子で、女の子は王子様にはなれないのだと親に言われて落ち込んでいた。彼の名前の由来を知ったのはその時だった。音咲麗音は男役だったそうだ。彼は母親に頼んで、音咲さんが演じた舞台の映像を見せてくれた。舞台上の彼女は本物の王子様のようだった。

 その年の学芸会で、僕は王子役に立候補した。しかし、周りからは女なのにと揶揄われ、担任の先生からも反対され、結局やりたくもない村娘の役をやることになった。代わりに、麗音が王子役に立候補した。引っ込み思案だった彼が。自分から主役に立候補したことには理由があった。


「かいちゃんにあげる。もらってよ。きみのほうがにあうから」


 彼は学芸会が終わったら小道具を貰えることを知っていて、王子が被っていた王冠を僕にあげるために立候補したらしい。そして彼は語った。本当は、騎士役をやりたかった。だけど、自分がやりたかったのはただの騎士ではなくて、僕が演じる王子の騎士だったと。


「……王族である僕は民を守る責務がある。その僕を守るのは騎士である君の仕事だ。だから、背中は任せるよ。レオン」


 それは、僕が好きだったアニメの王子様のセリフ。民を守るために無謀な戦い方をする王子に説教する騎士レオンに対して言った台詞だ。それに気づいた彼は、パッと顔を輝かせて、こほんと咳払いをして返して、嬉しそうに笑って返した。「全く、貴方という人は」と。原作の騎士は呆れながらその台詞を言うのだが、目の前の彼は満面の笑みだった。演技なんてする気のない素の笑顔。原作の騎士レオンとのギャップがおかしくて、学芸会で誰にも反対されずに王子役をやれた彼に対する嫉妬なんて忘れて、釣られて笑った。




「あの時、君の笑顔を守りたいって思ったんだ。これが、俺の初恋の話」


「……あったなそんなこと」


 僕はずっと彼に守られて生きてきた。それは最近の話ではなく、ずっと前からだったのだと、彼の初恋の話を聞いて改めて感じた。純粋な人だ。どこまでも。


「……今も昔も、僕はずっと君に守られてきたんだな。ありがとう。麗音」


 素直にお礼を言う。すると彼は戸惑雨ように目を丸くして視線をキョロキョロさせた。


「んだよ。その顔は」


「いや……なんか今日、やけに素直だなって」


「悪い?」


「いや。……可愛い」


 揶揄ってやるつもりが、揶揄い返された。舌打ちをして彼を睨む。


「ごめんごめん。けど……嬉しいよ。君があの時のことを覚えていてくれて」


「……忘れてたけど、君の話を聞いて思い出した」


「本当は?」


「覚えてたよ。ずっと。忘れるわけないだろ。……あの日のことは、僕にとっても大切な思い出なんだ」


 優しい人だ。僕には勿体無いくらい。だけどきっと、彼はそれでも僕が好きだと言うのだろう。もうすっかり絆されて、それを止める気も無くなってしまった。


「……ありがとう。君には感謝してもしきれないくらい感謝してる。……生まれてきて良かったと思わせてくれて、ありがとう」


 すると、彼の瞳からぼろぼろと涙が溢れる。


「なんで泣くんだよ」


「だってぇ……俺……ずっと昔から、君が好きで……」


「うん。知ってる」


「でも、君は同性愛者で、男である俺では君を幸せに出来ないって……」


 泣きながら彼は語る。「君がこの想いに応えてくれてからもずっと思っていた。本当に俺で良いのか」と。


「……ばーか」


 席を立ち、腕を伸ばして彼の涙を拭う。


「何度も言ってるだろ。僕は女性が好きだけど、君だけは例外だと。それに……こんなクソみたいな女をここまで一途に愛する馬鹿は君くらいだ」


「ふふ……俺は君の騎士だからね。だから……君が君の責務を全うできるように、これからも支え続けるよ」


「……うん。これからもよろしく頼むよ」


「死ぬまでお付き合いさせていただきますよ」


「来世は?」


「この間遠慮したじゃん」


「拒否されても付き合うのが君じゃないのか?」


「付き合ってほしいのかほしくないのかどっちなんだよ」


「言わなくても汲み取れるだろ君なら」


「あのねぇ……」


 なんて冗談を言いながら笑い合う。彼のことは昔から好きだった。けれどそれは恋愛的な意味ではなくて、彼の好きが自分の好きとは違うのだと知った時、ショックだった。友達のままで居たかった。女として好きにならないで欲しかった。だけどきっと、彼は僕が男でも変わらず愛してくれただろう。女だからじゃない。僕だから愛してくれる。そんな彼だから僕も彼を愛したくなってしまった。


「愛してるよ。海」


「知ってる」


「……」


「なに」


「……海は? 俺のこと愛してる?」


「言わなくても分かるだろ」


「分かるけど言葉にしてほしい」


「騎士の分際で王子に命令するな」


「いくら俺がベタ惚れだからってそういう冷たい態度ばかり取ってると——」


 席を立ち、近づいて彼の顔を上げさせて唇を奪う。そして、何事もなかったかのようにまた彼の正面に座り、頬杖をつき問う。


「嫌いなっちゃう?」


「なるわけないでしょ! 好き!」


「はははっ。ちょっろ」


「ぐぅ……! 惚れた弱みに漬け込みおってぇ……!」


 恋愛は先に惚れた方が負けとはよく言ったものだ。僕が彼を好きになったのはこういうところもあるかもしれない。いじっていて飽きない。

 すると彼は立ち上がり、僕を抱きしめて愛を囁く。この甘い空気は正直ちょっと苦手だけど、嫌な気はしない。


「知ってるってば」


「うん。知ってて。俺は君を愛してる。今までも、これからもずっと。何があっても愛し続けるよ」


「……はは。君に言われると説得力が違うな」


 彼を抱きしめ返し、耳元で愛を囁き返す。そして、ちゅっとリップ音を残して、彼から離れる。


「……ほんとずるい」


「クズだからね。僕は。『愛してる』って言葉はいざという時にしか使わないんだ。君と違ってね。……おいで。麗音。抱いてあげる」


 呆れた顔をしながらも、彼は僕の手を取る。手を引いて寝室の方へ向かって歩く。力入れていないが、彼は手を振り払わずに大人しくついてくる。緊張が伝わってくる。可愛い。男性に対してそう思う日が来るなんて思わなかった。


「……君って、本当ずるいね」


「嫌いになった?」


「ならないよ。……なれない」


「……その言葉、そっくりそのままお返しするよ」


 友達のままでいられないならいっそ、嫌いになってほしかったし、なりたかった。だけど無理だった。きっとこれからも、例え別れることになったとしても。まぁ、きっと、今更彼と別れたくなるようなことはないと思うけれど。

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君だけが例外 三郎 @sabu_saburou

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