第5話:帆波の計画

 それから一ヶ月が経った頃、店に帆波がやって来た。


「久しぶり。海」


「……久しぶり。元気だった?」


「それはこっちの台詞。……鈴木くんから、この店で働いてるって聞いて会いに来たんだ」


「……そう」


「何?海くんの元カノ?」


「いや、ただの友達」


「海の彼女とかやだー」


「僕もやだよ君みたいな重い女。で?何飲む?アルコールは出せないよ」


「海が作るの?」


「まぁ、うん。ノンアルは僕が作ってる」


「シェイカー振ってるところ見たーい」


「……まだ練習中だから混ぜるだけのやつにしてくれ」


「えー……そう言われても、カクテルなんて何が何だかわからないよ」


「だろうね。まぁ、適当に作るよ」


「私に合うカクテルをお願いね」


「それ、バーテンダーが一番困る注文だからやめて」


「あははー。ごめんごめん」


 この時彼女に作ったのはジントニック。もちろん、アルコールは入っていない。


「ほんとに混ぜるだけだ」


「混ぜ方にもコツがあるんだよ」


「ふーん。あ、そういえば、カクテルってカクテル言葉があるんだよね?」


「あぁ、うん。ジントニックはなんだったかな……。ごめん。まだ僕勉強中だから分かんないや」


「はい、プロ失格〜」


「うるさいな。古市さん、ジントニックのカクテル言葉分かる?」


「ジントニックは『強い意志』とか『いつも希望を捨てない君へ』だな」


 それを聞いた帆波は目を丸くして、そしてふっと笑った。


「希望……ね。……まぁ、確かに、まだ捨ててはいないかな。……海、私ね、ある計画を立ててるんだ」


「何。計画って」


「今日はね、海にその計画のお手伝いをしてもらいたくて来たの」


「計画の内容教えろよ」


「ふふ。言えない。決行日まで誰にも話さないって決めてるの。海、誰にも言わずに私の計画を手伝って」


「……内容聞いてから決めさせて」


「良いよ。今度月子と三人で会おう」


 数日後、僕は彼女から計画の内容を聞かされた。計画というのは、遺書を残して月子と心中するというものだった。冗談かと思うような内容だったが、帆波の顔は本気だった。


「……私達は悲劇を残すの。差別が人を殺すことの戒めとして、悲しい心中事件を起こす」


「……そんなの……」


「分かってる。私達は芸能人でもなんでもないただの平民。だから、歴史に残るような大事件にはならないかもしれない。けど、少しくらいは誰かの心にぶっ刺さる事件になると思う。……私、もう疲れたのよ。死にたい。けど、黙って死にたくない。死ぬならせめて、この世に呪いながら死にたい。誰かの罪悪感を煽るような死に方したい。差別に殺された証拠を残して死にたい。だから私は遺書を残して死ぬ。国が私達を殺したっていう遺書を」


 そういう帆波の瞳は虚ろで、心はすっかり闇に染まっていた。


「……なんで僕に話したの」


「私達の物語は悲劇で終わる。けど、主人公は私達じゃない。物語はまだ続く。私達の悲劇は希望のための舞台装置」


「……僕が、帆波の描く希望の物語の主人公ってわけ?」


「そういうこと。協力してくれるよね?海が居ないと、私達の死はただの悲劇で終わっちゃう。すぐにみんなに忘れられてしまう。ねぇ海。私達の終わりを意味あるものにして。後世に語り継いで。お願い。海にしか頼めない。お願いします」


 そう言って土下座をする帆波。ずっと黙っていた月子も「私からもお願い」と言って帆波の真似をするように頭を下げた。

 止められなかった。一度死のうとした僕には死にたくなる気持ちも痛いほどわかるし、帆波の意志はあまりにも強かったから。止めたってもう無駄だと、何を言っても止まらないと悟ってしまったから。引き受ける以外の選択肢はなかった。きっと帆波も、だから僕を協力者に選んだのだろう。


「……分かった」


「ありがとう海。決行日は三年後の11月22ね。20歳になる年の、


「……なんでわざわざその日を?」


「ふふ。語呂合わせにちなんで軽々しく籍を入れてしまうカップルに対する嫌味と妬みを込めて」


「……性格悪」


「そりゃ悪くもなるわよ。こんな理不尽な世界で生きてたら」


 あははと笑う帆波。彼女はもう壊れきっていた。月子はまだ正常に見えたけど、ほとんど壊れかけていた。そして二人の計画に加担することを決めた僕もまた、すでに壊れていたのだと思う。

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