04 武蔵野合戦

 あかい軍勢が見えた。

 その先頭の武者が尊氏の姿を認めると、一礼して名を名乗った。

「河越直重、推参」

「遅い」

 直重が面食らったような表情をすると、尊氏は笑った。

「……と、頼朝公なら言うであろうが、予はちがう。ようおざった、直重どの」

 この礼は必ず、と言って、尊氏は直重の背を軽く叩くのであった。


 その直重の軍は、皆、紅の甲冑を身につけている。

 さすがに、婆裟羅ばさらといったところか。

 この装いに時間を取ったという直重だが、その実、新田と足利を両天秤にかけていたことであろうことは、明らかである。

 だが尊氏は気にしない。

 今、味方したという結果。

 それを評価した。

 そういう男である。


「尊氏さま、新田が来ます」

 仁木頼章にっきよりあきが馬を飛ばして言上しに来た。

 すると直重は、ならば先陣をと、早速に駆け出して行った。

「後ろから討ちますか」

 容赦のない頼章に、尊氏はよせよせと言った。

「さようなことをしている暇があるのなら、つづけ」

 愛馬を駆って、尊氏は直重の軍を追い、そして追い越していく。

 頼章は無言で抜刀し、あるじについていく。

 足利軍の将兵もまた、ついていく。

「われこそは足利尊氏! 新田義宗、いざ、いざ!」

 普段の落ち着いた態度をかなぐり捨て、抜刀しながら、尊氏は吠えた。

 北畠親房の策は巧緻ではあるが、逆に、一カ所でもほころびると、それが蟻の一穴となる。

 京と鎌倉は持久戦となる。

 それならば。

「源氏の棟梁、ここにあり! 出てこい、義宗!」

 新田義宗が逆上する。

 何が源氏の棟梁だ。

 老いぼれ武士なんぞに、この新田義貞の息子が、負けるものか。

 上杉憲顕うえすぎのりあきが止める暇もなく、義宗は突っ込んでいく。


 ……こうして、尊氏と義宗が一騎打ちを繰り広げ、合戦は乱戦の様相を呈し始めた。


「これはまずい」

 憲顕は宗良親王に撤退を進言した。

何故なにゆえか」

「宮さま、尊氏の狙いは、義宗どのとの共倒れでござる。そして、義宗どのがたおれれば」

 鎌倉の義興は孤立無援となる。鎌倉は失陥する。

「さすれば京も……」

「分かった」

 劣勢の南朝を支えてきた親王の判断は早かった。

 今ならまだ、義宗を守り、尊氏に対する優勢を保つことができる。

退くのじゃ!」

 

「おのれ……」

 義宗は無念の思いを口にしながらも、宗良親王の命にそむかず、撤退した。

 その背を見送る尊氏は思った。


「そこでのが、新田義貞という男だった」


 ――と。



 その後も義宗と尊氏は武蔵野で激突するが、かたくなに攻めの姿勢を取りつづけた尊氏に対し、義宗はに気を取られ、ついに信濃へと敗走した。


 実に、こそが尊氏の狙いであった。


 そしてこの武蔵野合戦を契機として、鎌倉と京もまた足利の手中へと戻し、やがて尊氏は、全てを取り戻すことになる――。

 


【了】


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武蔵野合戦 ~全てを奪われた男・足利尊氏、その反攻~ 四谷軒 @gyro

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