練習問題⑦視点(POV) 問1、問2

 四〇〇~七〇〇文字の短い語りになりそうな状況を思い描くこと。

 問一:ふたつの声

 ①単独のPOVでその短い物語を語ること。視点人物は出来事の関係者で――老人、子ども、ネコ、何でもいい。三人称限定視点を用いよう。


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 視点:楓太


 ピーッと敵の外野から笛が鳴る。隣にいた灯子が痛そうに両手を振って外野に出る。これで内野は楓太と、相手チームの真悟の二人だけになった。

 先生の笛の合図で楓太がボールを投げる。楓太のボールは弱いながらも真悟の正面低めを捕える。だが、次の瞬間、笛が鳴って一度中断する。ボールの位置には低く構えた真悟の顔があった。ヘッドアタック。顔面セーフでボールは真悟から再スタート。

 真悟はいつもそうだ。大会でもレギュラーの真悟は投げるのは得意だが、受けるのは苦手らしい。ちょっとでも無理と思ったら全て顔面に当ててボールを取る。昼休みの遊びのドッヂボールなのに、顔には少し鼻血の跡が残っている。

 真悟の豪速球が楓太の足元に襲い掛かる。楓太も跳んでかわすが、振り返った瞬間背中を冷や汗が伝う。どう見ても本気モードの先生が既にモーションに入っている。態勢を整える間もなく投げられたボールは楓太の胸元へ。

 楓太はドッヂボールが嫌いだ。大きいボールを上手く投げられないというのもあるが、なによりも痛いのが嫌だった。だから、真悟と同じように構える格好をして顔面に受けたらセーフになったとしても絶対にやりたくなかった。

 右か左か、一瞬迷った楓太が取ったのは正面。胸の上をすれすれでボールが飛んでいく。正面には内野の最前で構えていた真悟。二人の目が合う。耐えられず噴き出した真悟の顔面にボールがめり込む。口元だけ笑みを残して真悟は崩れ、ボールはゆっくりと弾んで楓太の前へ。両手で投げたボールが真悟の腰に当たって、転がる。笛が鳴った。

 ゲームセット。

 ちょうどその時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り始めた。


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 ②別の関係者ひとりのPOVで、。用いるのは再び、三人称限定視点だ。


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 視点:真悟


 ピーッと敵の外野から笛が鳴る。Aチームのキャプテン、灯子を仕留めて真悟は思わずガッツポーズを取る。

 見たか! 俺だって強いんだ!

 キャッチが下手だと今度のシロネコ杯ではBチームに下げられたが、納得はしていない。

 相手チームで最後に残った楓太が弱っちょろいボールを投げてくる。

 キャッチが駄目だって言うなら、全部受けてやる。

 低く構えた眉間にボールが当たる。笛が鳴って真悟のボールになる。一瞬、先生が渋い顔をしたが、気にしない。要は勝てばいいのだ。

 ゲームが再開する。コートの少し後ろから、一、二、三歩。助走をつけて楓太の脛の辺りに投げ込む。楓太は飛び跳ねてかわすが、構わない。そうして避けている間はボールを取られる心配もないのだから攻め続けるだけだ。楓太が着地する。その時にはもうボールは後ろで構えている先生の手に収まりかけている。楓太が振り向く。片手でキャッチした先生がそのまま投げ返す。ここはかわされてもキャッチしたいなと真悟も構える。味方からなら、例え落としても問題ない。

 さあ、来い。

 次の瞬間、バナナの皮でもめくるように、楓太がひっくり返る。想像しなかった避け方をされ、思わず視線が楓太の頭を追いかける。目が合った楓太は泣きそうなくらい必死の顔で、次の瞬間には白目をむいてひっくり返る。すぐにボールに視線を戻すが、キャッチする前に吹き出してしまい、そのまま顔面にボールを食らってしまう。

 その顔は卑怯。

 顔の痛みより思い出し笑いで動けない。腰にボールが当たる、チャイムが鳴る、しかし、そんなことも構わず笑い続ける。先生が来て大丈夫かと聞かれたけど、ひたすら笑い続ける。悪かったなと謝られ、下駄箱まで肩を貸してくれたけど、その間もずっと笑い続けた。


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問二:遠隔型の語り手

 遠隔型の語り手、〈壁にとまったハエ〉のPOVを用いて、同じ物語を綴ること。


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 ピーッと外野から男性教師の笛が鳴る。それまでチームの要として活躍していた少女が痛そうに両手を振って外野に出る。ついに両チーム、内野は一人ずつとなった。

 教師の笛の合図で小柄な少年が慣れない手つきでイボの擦り切れたピンクのゴムボールを投げる。だが、次の瞬間、笛が鳴って一度中断する。ボールの当たった先には低く構えた相手チームの長身の少年。その眉間は少し赤くなりボールの当たった場所を示している。

 ヘッドアタック。長身の少年のボールで再スタート。

 長身の少年は投げるのは得意でも受けるのは苦手らしい。このゲーム中だけでも、既に二回同じことをして自分のボールにしている。昼休みの遊びのドッヂボールにもかかわらず、彼の顔には少し鼻血の跡が残っている。

 笛を吹く直前、腕時計に目をやった教師の眉間に少し皺が寄った。

 長身の少年の助走をつけた豪速球が小柄な少年の足元に繰り出される。小柄な少年も跳んでかわすが、着地した時にはボールは外野の正面に構えていた教師の前。それを片手でつかむと、ほとんど止まることなく小柄の少年の胸元に大人げないボールが投げ込まれる。小柄な少年は慌てて身体を反転させるが、そのすぐ後ろでは長身の少年もしっかり構えている。

 次の瞬間、足元が完全に回り切れていない中で小柄な少年の上半身がぺろんとひっくり返る。釣られて長身の少年の視線も下がる。目が合ったのだろうか、長身の少年の視線が固まり、噴き出す。そのまま視線が上がることはなかった。口元に白い歯を見せながら、顔面にボールをめり込ませ、そして崩れ落ちた。ボールはゆっくりと弾んで転がり小柄な少年のコートへ。両手でつかんだ少年はサッカーのスローイングよろしく、頭の上から投げ下ろす。なおも笑い続ける長身の少年に当たったボールはそのまま弾んで、ワンバウンド、ツーバウンド。笛が鳴った。

 ゲームセット。

 ちょうどその時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り始める。

 腕時計の文字盤を指で弾き、満足そうな教師は地面に転がったままの長身の少年に声を掛けるがツボに入ったのかヒーヒー笑うばかりで立ち上がれない。教師は軽く肩をすくめると、少年を立たせて背を払い、肩を貸して下駄箱の方へと歩き出した。

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「文体の舵をとれ」練習問題 石谷 弘 @Sekiya

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