雨って好き?
六月も後半となり、梅雨の時期へと突入した。
昨日も一昨日も、明日も明後日もずっと雨。
晴れる気配が全くないが、俺にとっては別に苦ではなかった。
小さな頃から雨がわりかし好きだったからだ。
流石に雨の中、外で遊ぶようなことはしなかったが、降りそそぐ雨をよく見ていた。
雨の匂い、雨の音を聞くのが何となく好きで、よく雨宿りをしながらじっと眺めていた。
嫌なことも不安なことも全部忘れることが出来て、雨は自分にとって特別なものだった。のだが。
「また、雨だよ。今日もグラウンド使えねーじゃん」
「今止んでも、グラウンド使える状況じゃねーなこれは。また今日も体幹トレーニングか」
「大会近いのに、流石にないだろ…。本当に最悪だな」
クラスメイトの体育会系クラブに入ってるやつが話しているのが聞こえる。
ここ一週間雨続きでまともな練習が出来ていないようだ。
「ねー、最近ずっと湿気やばいんだけど」
「それなー?髪の手入れ大変すぎ。雨とかほんとさいあくー」
さらに、クラスメイトのギャル系の陽キャ軍団が話しているのが聞こえる。
何処も彼処も雨は嫌われ者みたいだ。
雨が好きなだけにみんなとの価値観の違いに少し落胆する。
「ねー、何してるの?早く帰ろ?」
いつの間にか隣にいた凛華からそう話しかけられる。彼女はもう既に帰り支度を終わらせているみたいだ。
「まだ帰る準備してないの?何してたの?」
机の上にはまだ教科書やら筆記用具が散らばっている。鞄にもまだ何も入れていない。
「まぁ、ちょっとな。考え事をしてたんだよ」
「なーに、考え事って」
「凛華は雨は好き?」
口を動かしながらもしっかりと手を動かして、帰り支度をしている。
ちらっと横目で隣を見れば、雨の湿気とか何のそのって感じのサラサラした髪の毛が見える。
凛華の頭を撫でる時はいつも髪の毛がサラサラで気持がいい。
「嫌いだよ」
「あ、そうなんだ」
やはり雨を好む人間は極小数のようだ。
というか干ばつ地帯でも無い限り雨が降って欲しい時なんてなかなかないだろう。せいぜい運動が苦手な子供が運動会の日に祈るくらいだろうか。
「—前まではね」
「え、?どういうこと?」
「好きになるきっかけがあったからね。それに最近は雨の音とか聞いてたりしたら、心が落ち着くしさ」
これにはただただ驚きだ。
彼女も雨が好きな極小数の人間のようだ。
「へー、そうなんだ」
「一輝はどうなの?」
「俺はずっと前から好きだな。なんか雨って俺の中では特別なんだよ」
「そっか。というか早く帰ろ?今日は映画見に行くんでしょ?」
「あ、やっべ。時間まだ大丈夫だよな?」
慌てて鞄の中に荷物を突っ込む。
電車に乗遅れたりでもしたら、予定が狂ってしまう。
「まだ大丈夫みたいだね。ほら早くして?」
目の前に差し出されたその手を握った。
いつも通りの柔らかくて暖かい優しい手。
でも悲しいかな。この手はすぐに離さないといけなくなるんだよ。雨の日は手を繋いで歩けないんだよね。お互い傘を差すと距離が生まれてしまうから。
その事に凛華が気づいたのは、昇降口に降りてからだった。
絶え間なく降る雨を見て、ぼそりと呟いた。
「—わたし、やっぱり雨きらい」
「別にお互いが傘を差さなければいいんじゃない?」
「どういうこと?」
何を言っているんだ、と言いたそうな顔で、こちらをまじまじと見つめてくる。
そんな様子の彼女を横目に、自分の傘を差した。
「ほら、こっちおいで」
「これって相合傘?」
「これなら手を繋いだまま歩けるだろ?」
「そうだけどさ、私が片手に傘持っているのに相合傘っておかしくない?」
もっともである。傘を持っている人間が相合傘をしているところなど、少なくとも俺は見たことがない。
「別に凛華がそれでいいならいいけどさ?」
「一輝が相合傘したそうだから仕方なく、してあげるね。仕方なくだよ?傘もここに置いとけば大丈夫でしょ」
そう言うや否や自分の懐に彼女が潜り込んでくる。
手を繋ぐため、との意味で相合傘をしようとしたのだけど傘の大きさの関係で手を繋ぐではなく、腕を組むということになり、さらに密着度が高まった。
自分の腕になにやら一際大きな柔らかいものが当たる。
うーむ、久々の感触に思わず気分上々。
「ねぇ、変なこと考えてない?」
「べ、別に考えてないし。ほら早く行こうぜ」
「むぅ、なんかはぐらかされた気がする」
頬を膨らませ、いかにも拗ねてます、といった主張をしているかのようだったが、それも頭を少し撫でれば機嫌は元に戻った。
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