短い船旅の後に。

 続いてやってきたのは、フェリー乗り場だった。

 フェリー乗り場に着く直前に、船が出港してしまい少し落胆したがらその後の便で非常に親切そうな老夫婦と隣になり、気持ちはすぐに和んだ。

 向島に住んでいるというその老夫婦は、孫の家に行った帰りなんだとか。

 手を繋ぎ仲睦まじい様子の老夫婦だった。

 ニコニコと笑ってる女性は凛華に話しかけた。

「お嬢さんたち、どこから来たの?」

「私たちは、市内から来ました」

「じゃけん、そないおしゃれなんやのぉ。ここは綺麗な場所じゃけぇねぇ。しっかりたのしみんさいよ」

 そう話すのは広島弁全開のおじいさん。これほどの広島弁はおじいちゃんを思い出す。

 それからはどこどこは行った方がいいとか、向島のおすすめスポットを教えてもらった。

 五分という短い船旅の中、貴重な情報を教えてもらった。フェリーを降りて、老夫婦と別れを告げた。

 するとすぐに腕を抱き抱えられた。

「あのぉ、凛華さん?歩きづらいんだけど」

「さっきは二人っきりじゃなかったら我慢してたの。だめ?」

 そう言われると断れるはずもなかった。

 だって、可愛いんだもん。前まではずっとつーんとしてたのに、今はとろけるくらいの笑顔なんだもん。

「全然だめじゃない。じゃあ行こっか」

「うん!」

 うなずきあうと、俺達は並んで歩き出す。

 フェリー乗り場から少し歩くと、穏やかな住宅街、と言った感じの路地に出た。

 平坦な道の周りに並んでいる、背の低い古びた家々—。

 先程までいたところは商業地区といったこともあってか比較的新しい建物が多かった。

 住宅街をぶらっと周り、次に行ったのは向島のさらに奥。

 ごく普通の住宅街の中に建っている、いたって平凡な小さな工場だった。

 ここはさっきおじいさんが教えてくれたおすすめスポットだった。

 ここでしか飲めないラムネがあるらしい。

 工場内に入り、中にいた奥さんからラムネを買った。さっそく外では一口飲んでみた。

「「おいしい!」」

「これおいしいね。来て正解だったよ」

「わたし、今までラムネとか飲んだことなかったけど、こんなにスッキリしているんだね」

 奥さんに話をうかがうと、向島の新鮮な湧き水を使い、人工甘味料を使わず砂糖のみで味付けをしているのだとか。

「これ本当に美味しいな、もう一本飲んでも大丈夫だよね?」

 幸せそうにラムネをもう一本飲み始める凛華。

 その表情を見るだけで、歩き疲れたとかそんな負の感情は吹っ飛んでいった。

「ラムネだけでも向島に来た価値あるね」

 言いながら—凛華は手に持っていたラムネの瓶を、傍らの回収箱の中に置く。

「……っ!」

 何気なく、凛華を眺めていたけれど、瓶を置く際にかがんだ影響で、胸元から黒色の下着が見えているのに気づいて慌てて目を逸らした。

 ……すっごくぇろかった。

 これだけでも向島に来た価値ありました。


 その後も、俺と凛華は向島の観光スポットを二人で見て回った。

 レンタルサイクルを使って島の南部に足を伸ばしてみたり、海沿いを風を感じながら走ってみたり、思う存分向島を堪能した。

 最後に、凛華が行きたかったというチョコレート工場と、その併設の喫茶店に向かった。

「へぇ、こんな山の中でチョコ作ってるんだね」

 どこか校舎のような建物を見上げながら、俺は不思議な気分になる。

「工場っていうよりは、学生が宿泊訓練する施設みたいだね」

「だよね……でも前に友達が行って凄く良かったって言ってたよ」

 店のそばに借りている自転車を置いた。

「彼氏と行ったって言ってて、ずっと羨ましかったんだけど。一輝と来る機会があって良かった。ほら早く行こ?」

 行くのが楽しめで仕方ない、と言わんばかりに腕をぐいぐい引かれる。

 山の上から見える景色に息を漏らしつつ、店の入り口に向かった。


 店内にはチョコレートを買い求める人がズラリ。カフェスペースもいっぱいだった。

 数多あるチョコレートの中からそれぞれ興味のあるチョコレートを一枚買った。


 会計の際、財布を出すのに手間取った凛華の分もまとめて払ったのだけど、本人は奢られる気は全く無く、逆にわがままに付き合ってもらっているのだからと奢るつもりだったらしい。

 なので、少し言い合いになったのだけど、可愛い彼女の分を払って何が悪いの、というと人が変わったように静かになって、抱きついてきた。もちろんその頭をなでりこ、なでりこ。


 喫茶店で、俺はホットチョコレート、凛華はみかんジュースそして、それぞれチョコレートケーキを買って(今回はそれぞれ会計済ませた)席に腰を下ろした。



「—や、やばいこれ」

「すっごく美味しい…!」

 さっそく買ってきたチョコを一口食べたが、想像をしていた子供の頃から食べている甘いチョコレートではなかった。

 こだわりの砂糖とカカオ豆だけを使ったこのチョコレートは決して甘すぎず、ビターな大人の味だった。

 それがまた俺好みの味で非常に美味しかった。

「大人の味だね」

 隣で小さな口を使って、はむはむと食べている凛華は、うん、可愛かった。

「景色も良いしな」

 瀬戸内海や因島、その奥に広がる風景を眺めながらホットチョコレートを口にした。

 決して甘すぎずとろっとした味わいでこれもまた俺のツボをついてきていた。

「それ一口ちょーだい。……私のものんでいいからさ」

 隣からみかんジュースの入った紙コップが伸びてくる。

 みかんジュースも飲んでみたいと思っていたので特に断る必要もなく、それを受け取り代わりに、右手に持っていた紙コップを渡す。

 別に飲むのは構わないんだけどさぁ、どうしてわざわざ俺が口をつけたところから飲むんだろう。

「美味しいねこれ、はい。あれまだ飲んでなかったの?」

 紙コップを返され何かを期待するような目で見てくる。

 あぁ、分かったよもう。別にこんくらいなんとも思わないし。

 凛華と同様、口をつけたであろう部分から飲んだ。

「さっぱりしてておいしいね」

 そう言うとにこやかな笑顔で返された。

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