慮外そして慕情。
その後も泣きじゃくる彼女を必死にあやしていた。
頭を撫でてあやすのは、少し躊躇ったがもうそれ以上のことをしている気がした。
久々に彼女の不思議な明暗をもつ綺麗なブラウン色の髪を撫でた。
付き合った当初は良く撫でていただけに、久しぶりの撫でるという行為が気恥ずかしく感じた。
ホームに電車が来る前に彼女は泣き止んだが、それでも彼女の両手は、自分の背中に回っていた。抱きついている状態で電車に乗った。
もちろん周りの視線は、二人に集中した。
朝早い電車だったが学生の姿もちらほら見られた。彼らの雰囲気からして朝練に行く生徒たちだろう。気まずいことに俺らと同じ制服を着ている人もいた。
幸い、周りの大人たちのおかげでその生徒たちには俺らの存在に気づいていないようだった。
今の状況をみられたら学校中の噂になるな—凛華はその美貌といつも物静かで他人を寄せ付けない雰囲気から全学年から「高嶺の花」として認知されていた。
その高嶺の花が同じ学校の生徒に抱きついているのだ。しかも自分から。
光の速さで広まるだろう。
今は気づかれてないかもしれないがこれから気づかれるかもしれない。
そうなってしまえば色々と面倒事が起きるのは、三ヶ月付き合った俺は身を持って体験していた。その体験談はもう話したくはない。
凛華を引き離そうとすればするほど、より強い力で抱きしめられる。
ひとまず、他の人が凛華と認識出来ないように思いっきり抱きしめることで横顔も周りから見れないように隠した。
どうかバレませんように。
ドキドキしながら、電車に乗っていたがどうやらそれは杞憂に終わったようだった。
学校の最寄り駅に到着し、二人一緒に電車を降りた。
その際、凛華を体から引き離すことに成功したが、腕だけは離してくれず、がっちり組まれていた。
とりあえず色々と話をしなければいけなかったので、話がしたいと学校とは逆方面にある公園のベンチに二人一緒に腰を下ろした。
自分から誘ったがどうやって話を切り出せばいいのかわからなかった。聞きたいこと、言わなければならないことを頭の中で整理しても何を言えばいいか分からなかった。
どうしたの、と聞くより先に、彼女は俯いて声にならない声を絞り出した。
「一輝、本当にごめんね」
とん、と胸の辺りに彼女の頭が乗った。その弱々しい仕草に、自分の胸の奥の方がぎゅっと締め付けられるように痛くなった。
「本当は別れたいとか思ってないのに。すぐ…別れるとか。そんなこと全然思ってないのに」
また彼女の目からは涙が溢れた。その雫は両頬を伝わり、ベンチに落ちていく。
どうやら彼女が泣いているのは、他でもない自分のせいのようだった。
「…すぐに嫌いとか言ったし、そんなの嘘なのに。大好きなのに全然素直になれなくて。それで一輝の優しさに甘えて」
胸にある彼女の頭をそっと撫でた。彼女も別れてから自分と同じように後悔し、苦しんだみたいだった。
彼女をこんな状態にさせた自分を心の底から詰った。
「もう十分わかったから。もういいよ」
自分が聞きたかったのはそういうことだったけれど、今は言うべき言葉があった。
「誕生日にデート誘ってくれて本当はすっごく嬉しかったのに。……私の誕生日を祝ってくれようとしていたのに…。」
分かってる。大丈夫だから、とばかりにその頭を撫でるが、彼女はずっと泣きじゃくっていた。
彼女が泣くのは今日初めて見た。いつも堂々と凛としていた。強いと思っていた彼女はこの弱い姿を隠しているだけに過ぎなかった。今更、そんなことに気付いた。
肩をさすったり、ぎゅっと抱きしめたりしてどうにか宥めようとするものの、凛華の嗚咽は止まらず、まともに会話ができる状況ではなさそうだ。
そんなに泣かないでほしい、自分のせいで彼女が泣いていることが耐えられなかった。
週末に死ぬほど後悔して、もう付き合うことは出来ないと一度は諦めたけど、これをどうしても言わずにはいられなかった。
意を決して小さく息を飲む。「凛華」と呼ぶと、彼女は目に涙をいっぱい溜めたまま、ゆっくりとこちらを見上げた。
頬を伝って流れる涙を指で拭う。潤った綺麗な瞳が自分を見つめている。見つめてくれている。一瞬時が止まったように、何も聞こえなくなった。凛華しか見れなくなった。
「一度振ってしまった僕ともう一度やり直してくれませんか?」
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