甘えたい彼女と甘えたい彼氏。

 家に上がってもらい、すぐ自室に行こうとしたがそうもいかなかった。

 一緒に二階に上がろうとしたら、女三人で大切な話し合いがあるからと母が凛華を離してくれなかった。俺の凛華なのに…。

 ぐぬぬぬ、と明らかに不満そうにしていたが、部屋の掃除まだしてないでしょ、と言われ今日のところは引いてあげることにした。


 べ、別に見られたら困るものとかないけど。

 嘘です。あります。いや、いかがわしいものじゃなくて。別れた時捨てるに捨てれなかった凛華への誕生日プレゼント。

 やっぱりサプライズで渡したいよな。

 渡した時のとびっきりの笑顔が想像できて、一人部屋でにやけてしまった。




 私は一輝の部屋に上がる前に、お義母さんに呼び止められた。なにやら、話したいことがあるとのこと。

 ここで、好感度あげるチャンス到来?とか思ってたけど、真剣な表情のお義母さんをみてそんな悠長なことは考えられなくなった。


「先週末、一輝の様子がおかしかったんだけどあなたのせい?」


 ねえ、と隣に座っている義妹いもうとさんに同意を求め、首を縦に振っていた。

 先週末と言えば、私が振られた次の日だ。

 私はと言うと、ずっと部屋に篭もりきって泣いて、食事も喉に通らなかった。

 この質問には、すぐに答えることは出来なくて、でもそれを二人はじっと待っててくれていた。


「私のせいです。私が一輝くんにひどい態度ばっかりとるから、それで振られてしまって」

 自分で言いながら泣きそうになってきた。泣いたらだめだと思うほど、涙が込み上げてくる。

「えぇ!一度別れたの!?」

 斜め前に座っている葵梨香ちゃんが勢いよくテーブルに手をついて前のめりになる。

「うん、そうだよ」

 これにはさすがにお義母さんは怒るだろう。

 一度別れたくせにのこのことまた戻ってきたのだ。怒られてもしょうがない。でも何があってももう一輝と離れたくない。

 お義母さんが少しの間黙っているから、いつくるかとびくびくしながら待ち構えていると、お義母さんの肩がぷるぷると震え出した。

「あっはっは、なにそれ!?」

 突然の笑いに私も葵梨香ちゃんも戸惑った。というよりちょっと引いた。

「一度別れたのに、もうくっついたの!一輝は幸せ者だねぇ」

「え、怒らないんですか?」

「なんで怒る必要があるのよ、こんな可愛い子手放す一輝のほうがわるいわっ!」

 これには私も笑うざるをえなかった。

 思ったよりユーモアなお義母さんで少し安心した。

「おにいと出会ったときの話聞きたい!」

「おぉ、それいいね。話してよ」

 女の子は歳は関係なく、どの年代もやっぱり恋愛話が好きなようだ。わたしも好きだけど。

 一輝との出会ったとき、一輝のことを好きになったとき、告白されたとき、別れたとき、また付き合ったとき、いろいろなことをこと細かく話した。ぷち女子会は大盛り上がりだった。




 さっきからリビングの話し声、笑い声やらが聞こえてくる。てか話ながい…。もう一時間くらい経つのに、まだ凛華は解放されていなかった。


 凛華が家族と馴染んでくれるのは嬉しいけど、その分二人でいれる時間が減るような気がする。複雑な気持ちだ。

 凛華が上がってくるまでは、音楽を聴きながら新刊の漫画でも読むとしよう。

 音楽を流して、座椅子に腰を下ろした。もちろん下の声が聞こえないように音量は大きめで。



「わっ!」

 後ろから急に抱きしめられた。

 これには、とても驚いたのだけど突然のこと過ぎて、何がよく分からないまま、反応が出来なかった。せいぜい、ヘッドホンを外したことくらいだろうか。


「むー、面白くない」

 期待している反応ではなかったようで、すぐ隣にある口から不満そうな声が漏れた。

 さっきから背中に当たっている柔らかいものが気になってしょうがない。というか鼻をくすぐる良い匂いも。

「もう終わったの?」

 バックハグされて動揺していることが、悟られないようにできるだけ落ち着いた口調で尋ねた。

「お義母さんとかはもうちょっと話したそうだったけど、抜けてきちゃった」

「え、なんで?」

「なんでって、一輝とずっと離れるのは嫌なんだもん」

 横をみればすぐ彼女の顔を眺めることはできるけど、とてもじゃないけど横を向く気にはなれなかった。

「いやだ?私が抱きしめるの」

「全然嫌じゃない」

「ほんとに?じゃあなんでこっち向いてくれないの?」

 そう言われて横を向いた瞬間、唇を塞がれた。

「えへへへ、またしちゃった」

 どうやらこれが目的だったらしい。一本取られた。取られたままで終わらせる?否。

 今度はこっちから唇を奪いに行く。

 奪って奪われてずっとそんなことが続いていた。母がお菓子をとりにきなさい、と下から呼びかけるまでは。



「なんで宮島だめだったんだ?」

 皿の上のケーキを頬張りながら聞いてみる。

 この前デート先の候補として宮島を挙げたら、ダメだしを受けた。

 行ったことないから、と宮島にしたけれどデートの計画を立てる時には、二人でいったら楽しそうと思えるほどで、悪くはないと思っていた。

「いや、その一輝がちゃんと計画してくれていたのは分かっていたんだけど」

「うん」

「理由聞いても笑わない?」

 不安そうに上目遣いで聞いてくる。そんな凛華は可愛い。天使か。

「まぁ、でもこっちは思いっきりダメだし受けたからな。納得する理由じゃないと」

 少しいじわるしてみる。うん、おろおろしてる凛華も可愛い。

「うぅ、だって、だって、宮島って縁切りの場所らしいんだもん。」

「え!そうなの?」

 これには驚き。デートスポットとして有名だからそっち系のご利益はあるのかと思っていた。

「宮島は女性の神様でカップルが行ったら、離れ離れにするって言い伝えがあるって。私の友達も宮島行ってすぐ別れたから行きたくなかった」

「そっか、それはごめんな。俺全く知らなかった」

「一輝とは絶対別れたくなかったから、断ったのに。それがきっかけで別れると思ってなかった」

「それは俺やっちゃったな。ごめんね」

 絶対別れたくないという言葉が本当に嬉しい。でもすぐ振ってしまった俺って……。

 とりあえず、カラメル色の綺麗な髪の小さな頭を撫でる。

「ううん、言葉足らずの私が悪かったし。それに今はこうして一輝と一緒にいれるから大丈夫だよ」

 手に収まっていた頭が離れ、ぎゅっと抱きしめられる。

「じゃあさ、ちゃんと凛華の誕生日祝いたいから、今週末遊びに行こ?」

「ほんと!?」

「うん、どこ行きたい?」

「じゃあ尾道行きたい!」

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