されど猫。

 受付とアルコール消毒を済ませあと、早速猫たちとの触れ合いタイムになった。


「ふわあぁ…すごい。猫さんがこんなに……一輝見てみて、どの子もすっごくかわいいっ」


 周りに他のお客さんとたくさんの猫がいるために小さな声であったが、それでいて興奮が乗った弾んだ声であった。

 彼女は興奮が抑えきれないようで、きょろきょろと周りを見渡しては、にまにまと笑っていた。

 以前だったら、考えられないと思う。

 一人忙しそうにしている可愛らしい彼女の様子に思わず口元が緩む。


「どの子がいちばんかわいい?」

「むむむ....なんて意地悪な質問………」


 ほとほと困り果てる彼女の様子が可笑しかった。

 店員から、お店にいる猫の写真を渡されたが、それを見て、顔を上げて、猫をみて、また写真を見て。

 何気なく聞いただけなのに、すごく頭を悩ませているようだった。


「まぁまぁ、とりあえず座ろ?」


 未だに写真とにらめっこしている凛華の手を引いて、ソファ席に座る。


「だめだ……決められないよってあっ!」


 少し嘆いでいる凛華を横目に、二人が座った席の前の机に、美しい銀色の毛並みのペルシャ猫が飛び乗ってきた。


「猫の王様」と呼ばれる所以の圧倒的存在感。可愛いではなく、美しいという字が良く似合う。

 事実、二人はその猫から目が離せないでいた。


「か、かずき、猫って可愛いだけじゃないんだね」

「あぁ、猫を舐めてたよ」


 二人が狼狽えていると、いつの間にかペルシャ猫は去ってしまった。



 ペルシャ猫の存在感に気圧されたがここは猫カフェ。猫と触れ合えるカフェだ。何が言いたいのかというと、ここには定番の飲み物がある。


 俗に言うインスタ映えを狙ったであろう細やかなラテアートだ。

 ここで撮られたラテアートを何枚か見たが、驚くほどに完成度が高く、人間業ではないと感じた。

 そのラテアートを頼んで数分後、女子大生くらいの女性店員が笑顔で持ってきた。


「こちらが当店自慢のラテアートとなっております」


 ラテアートを崩さぬようにそっと慎重に机の上に置かれる。


「お熱いのでお気をつけください」


 凛華はココアを、俺はカフェラテを注文した。

 それぞれのコップの上には違う猫がいた。

 凛華の方はコップの縁でふんぞり返っているまんまるとした猫。どこかで見たことあるぞ……。

 そして、俺の方はお風呂に浸かってくつろいでいるようにみえる猫だった。


 二人してしばらく鑑賞した後(もちろん写真は撮りまくった)崩れるのも時間の問題だからということで飲むことにした、のだけど。


「うぅ、わたしにはできないよ」


 どうやら自分でこの猫を崩すのが勿体ないと感じているらしい。


「じゃあ俺が崩してあげよう。それ貸して」

「や、やだ!なんて酷いことするの!?」

「飲まない方が酷いだろ?」

「飲まないとは言ってないもん!」

「じゃあ飲んで?」

「と、当然だよ。ほら今から飲むからね」


 見ててよ、と言いながらコップを口に近づけていくが、コップを持つ手は震えていた。

 先に崩して飲んだ方がいいのでは、と思ったがあえて口にするのはやめておいた。


 彼女は恐る恐るといった感じでコップを口に付けた。

 あぁ、と少し落胆する様子も見せたが、自分好みの味のココアのようですぐに機嫌が変わった。


 当然、先に崩さぬように飲んだので、口の周りには白いクリームがついていた。


 その様子が随分と可愛らしい。是非とも写真に収めたいものだ。


「ほら、凛華。笑顔ちょうだい」


 そう言ってスマホのレンズを向ければ、はにかんだような笑顔で応えてくれた。

 もちろん、口の周りには白いヒゲが出来たままだが。


「どう?」

「へっ、ちょっと言ってよ!」


 撮れた写真を善意で見せてあげた。

 予想通りに彼女は慌てて、恥ずかしがっていた。


「こうなったら一輝も……ってもうラテアート崩れてるじゃん!」

「崩してから飲むものでしょ?」

「うぅ、そうやっていつも一輝ばかり……」


 なんやかんやと騒いでいるうちに、時間が来てしまった。


 会計時に凛華が席を外していたので、凛華の分もまとめて払った。


「ごめん、払わせちゃったね。いくらだった?」

「なんかタダだった」

「そんなわけないじゃん。ちゃんと払うよ?」

「まぁ、今日はいいもの撮れたから払わせてよ」

「むぅ、やっぱりタダじゃないじゃん。でもなんか一輝ばかりに払わせてる気がする」

「大丈夫だってば」

「大丈夫じゃない。私の気が済まないもん」


 こっちが勝手に払っているのだからそんなに気にする必要はないと思うのだが、そういう問題ではないらしい。じゃあお金よりも価値があるものを貰っておこうか。


「じゃあほら」

「え?」

「ここにちょうだい」


 自分の頬に指を指し、彼女の目の前に差し出す。

 何が求められているのかは彼女も分かっているようで、辺りを見回して人が居ないことを確認した。


 頬に触れる柔らかいものを感じた。


「これでチャラだな」

「なんか、安すぎる気がする」

「まさか、俺からしたら一番価値があるものだよ」

「ねぇ、もっとしたいんだけどだめ?」

「……要相談でお願いします」


 えー、と不満そうな声を上げる彼女の手を取って歩き出す。

 時刻は夕方。遅くなりすぎるのも良くないので口と口を触れ合う行為を何度かして今日の所はお開きとなった。

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