33 「ほっほ。リタはなかなかに強かで良い女性だの」


「はい、そうだと思っていました。先程ウェズリー様がそうじゃないかって話して下さったので」


 今は訛りを出す事なく謝って来るジェシカに首を横に振る。焼却炉の中で聞いていた通りの話だったので、特別驚きはしなかった。しかしジェシカにとっては寝耳に水だったらしく、茶色の瞳を大きく見開いて驚いていた。驚きの表情は少しずつ萎れていき、先程と同じ泣きそうな表情に戻っていった。


「そう、気付いてたの……。本当にごめんなさい、貴女を守り抜けなかった。変な柵に囚われて、友達も守ってあげられなくて……ごめんなさい」

「良いんです。ジェシカ様にも事情があるって事を理解していますので。なのに一番に助けにきてくれた。それだけで私は嬉しかったです。それに、ジェシカ様がヴェルニコを下さったから、私達助かったんですよ? ジェシカ様は私達の命の恩人です」


 この女性は優しい人なのだろう。自分が足を挫いた時、ジェシカは本当に心配してくれた。ジェシカに泣いて欲しくなくて、言葉を選びながら返す。


「……そう言ってくれて有り難う、リタさん」


 自分の気持ちが伝わったのか、ジェシカは心の底からホッとしたように笑顔を浮かべる。と、その時自分が使っていたシャワー室とは別のシャワー室から、雨に降られた犬のようにペタッと顔に金髪を張り付かせたウェズリーが顔を出した。自分はウェズリーが入浴する頃には離れに戻っているので、こんなふうになっている主人は初めて見る。動物のようで、こんな状況だと言うのも忘れ可愛らしいと思った。


「ウェズリーさんもごめんなさい」


 主人の姿を認めたジェシカは、自分の時と同じように向き合って謝っていた。ウェズリーは少し意外そうに瞬いた後、いや、と首を横に振った。


「君って飄々としている印象の方が強かったけど、結構真面目なんだね。別に良いよ。まっ、ヴェルニコ貰ってなかったら恨んでただろうけど、貰ってたし気にしないで。こっちこそお世話になりました」

「ウェズリーさん、有り難うっ!!」


 冗談のように主人が言うと、ジェシカの表情が自分の時よりもずっと照れ臭そうな物に変わる。そう言えばこの人は自分で言うくらい主人の顔が好きだった。三人の間の雰囲気が大分温まって来た時、ガチャっと休憩室の扉が開き、中からハイディが現れた。


「リタ、ウェズリー。大丈夫だったか?」


 そこに立っていたのは、メイドや従僕を何人も従えたハイディだった。休憩室の雰囲気が一気に厳かな物に変わる。頭を下げ「はい」とは頷いたが、それ以上は上手い言葉が出てこなかった。


「伯爵って意外と人使い荒いですよね。でもま、サポート有り難うございました」


 が、ウェズリーはストレートに喋っていた。どちらかというと皮肉交じりなので、ハイディに良いように扱われて拗ねているようだ。


「……気付いていたのか。私からも改めて礼を言おう。手紙以外の決定的な証拠が無く、警察との兼ね合いもあってゲールを捕まえられ無かったんだ。お前達がゲールを追い詰めてくれなかったら、私はゲールを見逃しルミリエの治安は狂っていただろう。有り難う、ウェズリー、リタ。すまなかったな。何かして欲しい事があったら特別に礼をしよう」


 そう言い、ハイディは深々とこちらに頭を下げてきた。爵位のある人間にそんな事をされ身の縮む思いだ。ウェズリーもこの反応は予想していなかったようで、ふんっと鼻を鳴らし顔を背けていた。その際こちらをチラリと見てきたので、どうも自分が「礼」は好きに言っていいようだった。


「でしたら伯爵……ウェズリー様の小説、もう一つ舞台にして下さいませんか?」


 それなら、と提案をすると、ほうとハイディが頷き、ぶっと主人が噴き出すのが分かった。背けられていた顔が勢いよくこちらに向けられる。


「あのね、リタ! 気持ちは嬉しいけど小説の舞台化ってのはもっと吟味してやるものでね。大体そう言うお願いは僕じゃなくて君に得のあるお願いにするべきだ!」

「ウェズリー様のお仕事が増えれば私にも得がありますが?」


 何時も以上に口早にまくし立ててくるウェズリーを言いくるめるように諭す。無茶苦茶なお願いかもしれないが、これくらい頼んでも良いと思ったし、なんだかんだ主人は喜んでいるだろう。


「……あのねえ」

「ほっほ。リタはなかなかに強かで良い女性だの」


 文句ありげにこちらを見ている主人の横、ハイディは逆に始終嬉しそうだった。演劇が好きなハイディには、どうも願ったり叶ったりの提案だったようだ。


「伯爵、私もリタさんの提案を推させて下さい。私もウェズリーさんの仕事が増えるのは大助かりです!」


 傍で話を聞いていたジェシカもここぞとばかりに話に乗ってきた。どうしてジェシカがウェズリーの仕事が上手くいくのを喜ぶのだろう。不思議に思って聞き返そうとした、その時。


「――リタちゃんっ! ウェズ! 大丈夫かっ!?」


 ハイディの使用人達を掻き分け、カッレが休憩室に駆け付けてきたのだ。走ってきたようで、ぜえぜえと息を切らしている。


「あ、カッレ様! はい、おかげ様で。ご心配お掛け致しました」


 そんなにまでなって心配された事が嬉しくて表情を明るくさせる。


「良かった。聞いたよ、ダストシュートから落とされたんだって? ゲールさんもえげつない事するよなあ……怖かっただろう」

「えーと、まあ……」


 言葉を濁らせて頷く。カッレが聞いた事と事実には結構な違いがある。本当は進んで落ちたのだが、詳細を説明する勇気は出せなかった。主人も口を開こうとしない。

 と、そこに。ひょこひょこと歩いてきたジェシカが満面の笑みを浮かべてカッレの隣に並び、今か今かと褒められるのを待っている子供のように期待に満ちた目でカッレを見上げる。

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