9 「じゃあ神父に手紙を貰いに行こうか」
「…………墓碑の前に立つとさ」
椅子に座るよう促そうと思った時、ポツリとウェズリーが呟いた。口を動かすのを止め、視線を持ち上げて隣の青年を映す。
「その人がもう居ない、って事を嫌でも突き付けられるんだよね。死んだ人も死んだ人で、生前の家族や友人を墓越しに見て自分が死んだ事をやっと受け入れちゃったりしてさ。……爺さんは僕なんかに墓まで来られて嬉しかったのかなあ」
こちらに話し掛けていると言うより、自分に問いを投げ掛けているようなぼやき方だった。この青年らしからぬしんみりとした発言に何回か瞬く。自分の意見なんてこの人は求めていないかもしれないが、あの、と口にしていた。
「先程ゲール様から伺ったのですが……、デヴィッド様はここの神父様にウェズリー様宛の手紙を預けているみたいですよ?」
え? と言いたげにウェズリーの瞳がこちらを向いた。目を合わせて続ける。
「それってつまり、デヴィッド様はウェズリー様の顔を見て死んだ事を受け入れられるわけじゃないですか? だったらデヴィッド様の狙い通りなわけで、デヴィッド様は今頃大喜びしていますよ。安心してください」
自分の発言を耳にしたウェズリーは伏し目がちだった瞳を僅かに見張らせた後、小さくふっと笑った。
「なにそれ、全部爺さんの狙い通りってわけか。面倒臭い人だなあ」
貴方のお祖父様なだけありますしね……、という言葉を何とか飲み込んでいると、立ち止まっていたままだったウェズリーが動くのが分かった。
「手紙を受け取る前に少し休むかな……。リタ、その紅茶僕のでしょ? ゆっくりで良いから、出来たら持ってきて」
ぶっきらぼうにウェズリーは言い、椅子のある空間へと進んでいく。面倒臭さの種類は違うが、デヴィッドも優しかったり厳しかったりある意味面倒臭い人だった。面倒臭さも引き継がれるんだなあ、と思いながら、丁度良い色になった紅茶を主人の元へ運ぶ。
「ウェズリー様、お待たせ致しました」
「どうも。君は飲まないの?」
「先程頂きましたので」
そっか、と頷き椅子に座っているウェズリーはカップに手を伸ばしかけ――思い直したように腕を引っ込め、チラリとこちらを見上げる。
「…………座ったら?」
「有り難うございます。では……ところでウェズリー様は猫舌なのですか?」
スカートを手で整えつつ着席し質問する。シルクハットを外して前の席に座っている青年が、リタの質問に嫌いな料理を前にした少年のように眉を顰めた。
「……なんで?」
「今飲むの止めたじゃないですか。屋敷でもコーヒー、熱がっていましたよね? 今後の参考にしたいので教えて頂けないでしょうか?」
そう言うと、少しの時間集会所を沈黙が支配した。秒針が半周するくらいの時間が経った後、ウェズリーが表情を変えぬまま微かに頷く。
「はい、了解致しました。以後気を付けます。ウェズリー様、少しお待ちを」
立ち上がり入り口に置かれているティーカップを一つ手に取り、顰めっ面の青年の元に戻った。まだ湯気を立てているティーカップの中身を、今持って来たティーカップにゆっくりと移し変える。更に今移し変えた紅茶を元のカップにゆっくり戻し、ウェズリーに差し出す。
「どうぞ。まだ熱いですが、飲めるくらいには冷めたと思います。こうすると空気と容器の温度で少し冷めるんですよ」
「……どうも。ふんっ、それぐらい分かるよ。メイドの知恵ってやつだね……小説で使えそう」
まだ顰めっ面を浮かべているウェズリーがボソッと言い、多少は冷めたらしいティーカップの取っ手に指をかけ、慎重に飲み始めた。熱さに問題は無かったようで次第に煽る量が増えていく。
「そうかもしれません。私もパーティー会場でハイディ伯爵のメイドに教えて貰いましたので」
「ふーん。あの人、熱いの苦手なのかね」
ルミリエ領主の事は流石にウェズリーも知っているようだ。ウェズリーはカップの中身を一気に飲み干すと立ち上がり、こちらを向いた。
「じゃあ神父に手紙を貰いに行こうか」
はい、と頷きカップを手に持つ。一旦ウェズリーから離れてカップを下げ再び合流する。先程ゲールと話していた神父の行方は、職員に聞いたらすぐに分かった。ウェズリーの小説を愛読していて来週公演の舞台にも行く、と嬉しそうに話す女性職員に案内されて事務室に通される。ゲールが話を通しておいてくれてたらしく、スムーズに事が流れ白髪の神父が快く迎えてくれた。
「こんにちは。……デヴィッドの孫のウェズリー・キングです。祖父が手紙を預けている、と伺ったのですが」
「ああ、貴方がウェズリーですか。お待ちしておりました! 早速ですが受け取って下さい」
気さくそうな神父は朗らかにそう言い、机の引き出しから一枚の封筒を出した。
「……祖父は貴方に何と言ってこれを託したのですか?」
ゲールが貰った物と同じ白い封筒を受け取りながら、ウェズリーは神父に尋ねる。神父とウェズリーが話している間、リタは黙って主人の後ろに控えていた。
「読めば分かる、と……生きてたら取りに来るつもりだったのでしょう。とにかく一旦預って欲しい、との事でした」
そうですか、とウェズリーは言い、街を歩いてた時貰った洋品店のチラシでもしまうかのように白い封筒をベストのポケットに滑らせる。
「では失礼致します、どうも有り難うございました」
「有り難う御座いました」
頭を下げ、神父と事務員に見送られながら部屋を後にする。部屋を出たウェズリーがふうと息をつくのが分かった。
「……あのさ。君は今すぐにでも読みたいだろうけど……僕は今は読みたくない。だからこの手紙、読むのはもう少し後で良い?」
「えっ?」
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