19 「……その、ジェシカ様から見てウェズリー様ってどうですか……?」
途端に学友を前にしているかのような親しみを向けてきたジェシカに愛想笑いを返し、脱衣場に向かっていく。ウェズリーの足音は、もうすっかり聞こえなくなっていた。歩いている間もるんるんと笑顔を絶やさないジェシカと、廊下の奥にある脱衣所に足を踏み入れ照明を点ける。
「ここ、脱衣所も広ぐて素敵よね!」
思った通り、表に出る事のない脱衣所はまだジェシカ色に染まっていなかった。それどころか、リタが屋敷を引き渡す直前と変わらぬ簡素な風景がそこには広がっている。しかし、上手くは言えないがやっぱり何処か違う。
「ところで何を忘れたの? こっだら場所に……」
一歩前に進みそそくさと脱衣場の隅に向かおうとした時、後ろから声を掛けられた。当然聞かれるだろうと思っていたその疑問には、女同士の話とは違ってきちんと用意しておいた回答を口にする。
「ムソヒから持ってきたネックレスです。恥ずかしながら、ウェズリー様の屋敷で改めで荷物を広げて初めてネックレスさ失くした事に気が付きまして……。それで自分の行動を振り返り、ここだろうと思いまじて。故郷からの物だはんで持っておぎたかったんです。今更気付いで申し訳ありません」
「……ふーん……、それは探しちゃうわねぇ」
今までよりも低めの声に、ジェシカが信じてくれたのどうかがいまいち分からなかった。少女らしい一面が前面に出てて忘れかけていたが、この女性は探偵を名乗っている。変なところがあれば気が付いてもおかしくない。
「あっ、それでですね」
それは困る、と内心慌てて話題を変えた。短時間で用意出来た女同士の話題と言えば、この人の名前を借りるしかなかった。
「……その、ジェシカ様から見てウェズリー様ってどうですか……?」
脱衣場の隅にしゃがみ込んでネックレスを探す振りをしながら、僅かに振り返って茶髪の女性を窺う。ジェシカは「待ってました!」、と言わんばかりに表情を明るくさせて笑った。
「きゃあっ、やっぱりそう来なくちゃね! なになに、どう、ってなにが!? って言うかリタさん彼が好きなんけっ!?」
抱き着いてきそうなくらい前のめってきたジェシカが少し気恥ずかしく、眉を吊り上げながら首を横に振る。本当に学生時代を思い出しそうだ。
「ジェシカ様っ! 先程も申し上げまじたが! そう言うのではねくてですね? 私が聞きたいのは、第三者がら見たウェズリー様の性格です! お仕えしても問題無い方なのか少々図りかねておりまじて……ほら、あのような方ですし」
「えーっ、つまんね……」
先程の浮足立った表情から一転、脱力して唇を尖らせてジェシカが残念そうな声を上げる。
「まあそういう事にしでおくわっ! で、ウェズリーさん、か……ふむ」
全身でがっかりっぷりを醸し出していた女性は、暫くして伏し目がちの真面目な表情になった。
「実は私、あの後ちょっと気になってウェズリーさんについで軽く調べたんだ。まっ、知ってる人に聞いだだけだけんど……ウェズリー・キング二十三歳、ルミリエ郊外出身。一人っ子、十三年前ご両親を事故で亡くされてるそうで。以降寮や一人で暮らしできたとか」
渋々と主人の経歴を語るジェシカの言葉に、「へえ……」と驚きの声が漏れた。自分はそれすらも知らなかった事に気付く。
「顔は良いよね、正直に言うど私の大好きな顔。けんど、はい、実際会っだり話を聞く限り、とても気難しいど言うが……面倒臭そと言うが……」
「仰りだい事はたげよく分かります」
肝心なところを言い淀むジェシカに苦笑を漏らし同意する。頷きつつも、メイド服のポケットからネックレスを取り出し、こっそりと隅に隠すのは忘れなかった。
「でもまっ、悪い人ではないでしょ。顔が良いのに小説書いでらんだはんで、無欲なんだろうし!」
「その理屈が良く分からないのですが、確かに無欲な方だと思いますね。最初屋敷が売れた話をした時、売却金を全部私に下さると言っておりましたし、伯爵の従僕にもぽーんっとチップを渡してたみたいですし」
「それは無欲と言うかただの馬鹿……ごほんっ! とにかくリタさん! 女の勘が囁いてらんだばって、ウェズリーさんは悪い方でねよ。紳士だったし仕えていでも問題ねと思います!」
ぼそっと呟いた後の言葉に照れ臭くなった。主人を良く言われるのは嬉しい。
「そう、ですよね……良かったです、ジェシカ様にもそう言って頂けて安心致しました」
「うふふふっ、恋愛の話でも力になれると思うから何時でも言ってね!」
「そう言っで下さるのは嬉しいけんど、その機会は無いと思いまずよ。ふふっ」
間髪入れずに首を横に振り口にすると、ジェシカが楽しそうに声を上げて笑うので、自分もつい笑ってしまった。
「あっ!! リタさんが探しているネックレスってこれでねくてっ? ほらほら隅にあったよっ! ムソヒの伝統工芸品ねこれ!」
言葉途中に尻尾をぶんぶん振ってる犬のように言われた。黒い石の中に三日月を模した金色の石を埋め込んだネックレスに反応しない訳にはいかない。
「……あっ、そうです、これですっ! ジェシカ様、見つけて下さり有り難うございます!」
まるで本当にこのネックレスを探してたかのように軽く目を見開き、大切そうにネックレスを受け取った。実際このネックレスはムソヒを発つ前に両親に貰った大切な物なので、自然と扱いも丁寧になる。
「いえいえ、見付かって良かったわっ! じゃっ、ウェズリーさんさ呼びに行ぐ? それともぉ、まだウェズリーさんについで話す?」
受け取ったネックレスを取り出したハンカチに包んでいると、変わらず機嫌良く笑っている女性にふふふっと質問をされる。
「いえっ、もう話さなくて大丈夫です!」
立ち上がりスカートに付いた埃を払う。並んで立ち初めて気が付いたが、ジェシカは自分よりもほんの少し背が高いようだった。髪の毛と同じ茶色の瞳に自分が映っているのが良く見えた。
脱衣所の外へ出る。少し遅れて、後ろから女探偵が着いてくるのが分かった。すぐに隣に並ばれたが、それまでのほんの一瞬背中に視線を感じてならなかった。
デヴィッドの寝室を、ウェズリーはもう捜索し終えただろうか。天井裏と指定されていただけに、本人が言っていた通り五分もあれば時間は十分だろうから問題は無いだろう。
「ここの二階、朝は陽が良く当たっで気持ちいいよねぇ」
階段を上がる前、それまで黙っていたジェシカが先程と同じ調子で話し掛けてきた。変わらぬ笑顔にホッとするものがあったし、デヴィッドを褒められたようで少し鼻が高かった。
「ここは、朝日は人間にとって一番の薬だ、と常々仰っていたデヴィッド様が作った屋敷なんだはんで、当然ですよ」
「まあ、それは素敵な言葉だわ!」
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