第四章 屋根裏の住人
16 「――何やってるの」
第四章 屋根裏の住人
「ん……っ」
瞼越しに伝わる朝の陽光。リタは少し身じろぎした後ゆっくりと瞼を開き、視界に飛び込んできた白い天井を映す。
「はあ……」
同時に昨日の事を思い出し途端に気が重くなった。上半身を起こしたリタの頭よりも、ずっと高い積み荷があちこちにある。行き場のない感情を拗らせた結果、感情の矛先が積み荷に向けられる。
「オートミール……どう消費しよ……? 足……はもうだいじぶね」
初秋、朝は日に日に冷えていくのでほんのりと肌寒く、気分も暗くなりそうだった。次第にろくに動かなかった頭が動き出し目も覚めてきた。考えてみても仕方ない、と言う気持ちと共に立ち上がって伸びをして、オートミールの箱を開封し、朝食の準備を開始する。
湯を沸かしている間、もう投函されているだろう新聞を取りに扉を開けようとして、違和感に気が付いた。扉に押されて地面に物が擦れるようなガガッという不自然な音がしたのだ。
「ん?」
足元を見下ろして目を見張った。扉の前に、本が数冊入った紙袋が置かれていたのだ。すぐにピンときた。昨日自分が本に興味を示したので、何時の間にかウェズリーが何冊か用意してくれていたらしい。
身を屈めて紙袋を拾い中を覗くと、ミステリー、恋愛、冒険、と一目で分かるタイトル達が並んでいた。王冠のイラストがプリントされている封筒も一緒に入っていて、瞬きの後それを手に取った。
「キングだから王冠? ……なんなのあの人」
ぼそっと感想を漏らし、駄洒落の効いた封筒を開ける。と、一番良い席で人気劇団の観劇が二回は余裕で出来そうなくらいの紙幣と便箋が入っていた。幾らお金に興味のない主人でも意味もなくこんな大金をくれるわけがない。慌てて便箋に目を通す。
【一週間分の食費ね。余ったらあげる。後、本。これはあげない。じゃ、僕寝るから起こさないでよ。夜更けのキングより】
「ええぇっ!?!?」
原稿用紙に書きなぐっている時よりもずっと丁寧で綺麗な字で書かれていた手紙に、憂鬱な気持ちが一気に吹き飛んだ。朝の海岸通りまで響いたと思うくらい大きな声だ。一週間分でこの金額、やはりウェズリーの金銭感覚はおかしい。これだけあれば王城で開催される晩餐会のような豪華な食事が毎食作れる事だろう。
流石にそれは無いと思ったので、一呼吸ついてから考える。そもそも。あれだけ雇っていないと言い回る主人が大々的に自分に給金を渡してくる訳がない。しかし無給で自分を傍に居させる程には、考え無しな訳でもないように思う。だからきっとこれは、食費から余った分だけ、という体ではあるが主人なりに自分に給金を支払ってくれているのだ。そう思えば前回も少し多めに貰った。
それにきっと。思い上がっているだけかもしれないが、これはウェズリーなりに引ったくりに遭った自分を励ましてくれているのだろう。余ったお金で好きな物を買えば気分も晴れる、と。
「…………ふふっ」
本当面倒臭い人、という気持ちはあったが、それ以上に分かりにくい優しさが嬉しかった。気付けば唇の端が持ち上がり、小さな笑いが零れていた。目を細めてもう一度手紙の文字を見てから、改めて新聞を取りに行く。
朝食も取った。既にオートミールをお湯でふやかして食べるだけの調理法には飽きが来ているので、明朝はシナモンを振り掛けてみようと思う。明朝への決意を固めつつ、主人の起床前に掃除をしようと屋敷に向かった。
――おかしい。これは一体、どう考えたら良いのだろう。掃除を済ませ昼食を取ったのに、今日は昼を過ぎても主人が階段から降りて来ないのだ。
「……うーん……」
もしかして二階で死んでるのではないだろうか。でも主人の場合なら二階で執筆を始めただけ、という可能性もある。それだけに勝手に二階に上がるのは早合点すぎる。そもそも二階に上がる許可を貰っていない。階段の前でうんうん唸っていると、不意に頭上から聞き慣れた声が降ってきて勢い良く顔を上げる。
「――何やってるの」
「あっ、ウェズリー様! お早うございます。今日は遅かったので、寝室で倒れているんじゃないかと心配していました。大丈夫です……か?」
主人を見上げ、驚く。今日はシャツ姿に着替えている主人の手に、白い封筒が握られていたのだ。ユントン霊園で受け取った、デヴィッドからの手紙だ。
「勝手に殺さないでよ。誰だって出足が遅れる朝くらいあるんだから。それより朝ご飯作ってくれる?」
淡々と言う主人は手紙に触れる事なく、とんとんと階段を降りて来る。朝? と言いたったがとにかく頷く。主人が自分の横を通り抜けた際、「あっ」と声を上げる。
「ウェズリー様、食費と本有り難うございました!」
「……うん。足、大丈夫みたいで良かったよ」
こちらを見る事無くぶっきらぼうに言って来る主人の後を追い、居間に入ってすぐに台所に向かってオートミールを作り始める。わざわざデヴィッドの手紙を持って来たと言う事は、読む事を決めたからだ。あの手紙に何が書かれているのか気になり、オートミールを主人に出してからもずっと緊張していた。
オートミールを食べ終わった後、主人は深い深い溜め息をついた。その表情はタロットカードを引く時の人よりもずっとずっと思い詰めた物だ。一拍後、主人は決意を固めたように顔を上げ、青い瞳をこちらに向けてきた。
「ねえ。爺さんの手紙、読もうと思うんだけど、君も見ない? 君が怪我をしたのはこの手紙のせいかもしれないでしょ」
「良い……んですか? 私が見ても?」
「良いから言ってるんだけど。じゃあ読むよ」
そう言い主人は手紙を手に取る。どうも今の今まで踏ん切りが付かなかったようだ。主人は何も言わず手紙を開いた。
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