催眠おじさんは、TCGプレイヤー兼ダンジョンマスター

@6-sixman

第1話 催眠おじさん誕生

(どこだろうここは?)


 目が覚めたら見知らぬ石造りの部屋のわらのベッドに寝転がっていた。

 地面に藁が直接置かれていてその上に横になっていたようだ。体の節々が痛かった。

 起き上がると今いる部屋が6畳ほどの広さがあると分かる。そしてすぐ目に映ったのは大きくて頑丈そうな金属扉だった。


(起きる直前までの記憶は、自転車に乗って仕事から帰る道中だったはず)


 ただそこから先の記憶が思い出せない。

 事故か突発性の病気で倒れて病院に担ぎ込まれたのかと考えたが、どう見てもこの部屋は病室には思えない。


 部屋を見回す限り窓や換気扇は見当たらないし、照明は天井から紐で吊るされている電球一つのみ。

 藁のベッド近くの壁際には水が満たされた水瓶が置かれていて、その隣には食パン3枚と塩2グラムと表記された小袋が入った竹製の籠があった。その反対側の壁側に視線を向けると底の浅い空の壺を見つけた。


(全部地べたに直接置かれているな)


 そして部屋の中央には木製の机と椅子があり、卓上にはキーボードとマウスが繋がったデスクトップパソコンが一台鎮座している。殺風景な石造りの部屋だから机の上のパソコンの存在感が際立っていた。


(病室というより監禁部屋みたいだ)


 ぱっと見だがそんな印象を受けた。とはいえ監禁部屋にパソコンを置くのも変な話だ。

 パソコンの前で頭を悩ませてると、ある事に気づく。


 パソコンモニターの黒い液晶画面に見知らぬ顔が映っていたのだ。

 頭皮が薄く小じわの目立つ顔は、無精髭も相まってどこか胡散臭い印象を与える。

 そんな中年男が先ほどから自身のまばたきと同時に、まばたきを繰り返していたのだ。

 眉間に皺を寄せて首を傾げながらモニターに近づくと、中年男も鏡写しに同じ動きをする。


「えっ、誰?」


 戸惑いと疑問の声が思わず出てしまう。

 自身の姿が映ってると思ったら、見知らぬ中年男が映っているのだ。少しの間、呆然とその場に佇むしかなかった。


 まさかと思い今更になって自身の体を確かめると、体も服装もまるっきり別人に変わっていた。

 今年で25歳になる私の、心ない同僚からガリガリ君と揶揄される痩躯と塩顔は見る影もない。今は中年太りしたおっさんの体になっていた。

 服装も変だ。黒のデニムに白地のシャツの上から、これまた黒に染まったひざ下まであるフード付きのローブを着ている。

 足元を見れば安物っぽい革靴をいつの間にか履いていた。

 草臥れたおっさんが魔法使いの仮装をしてるみたいだ。

 顔に手を当て頬を引っ張ると痛みがあり、これが夢でないと教えてくれる。


 拉致監禁なのか、一般人を対象にしたドッキリ番組なのか。こんな場所に連れてきた相手にどういった思惑があるか知らないが、人の顔と姿まで変えてしまうなんて尋常じゃない。


(こうしちゃいられない)


 外に出れないかと金属扉を開けられるか試みる。

 鍵が掛かってるかと思ったが想定していた金属扉の重さと物音すらなくあっさりと開いた。

 拍子抜けしながらも拉致監禁された可能性もあり、外に犯人が見張っているかもしれないので、まずは覗ける程度の隙間だけ開けてみることにした。


 隙間から覗くと、扉の向こう側は部屋と同じ石造りの通路に繋がっていた。

 石造りの左右の壁には等間隔で松明あった。おかげで離れた場所も見通しやすく、障害物もないから見える範囲で危険はないと判断できた。

 ただ通路を10メートルほど進むと下り階段があるので、その先がどうなっているのか扉からだと分からない。

 扉を開けて階段手前まで進む。

 そうして階段を降りようと足を踏み出した時、下から何かの鳴き声が聞こえた。


「キシャー」


 踏み出しかけていた足がピタリと止まる。

 硬質な足音と地面を引きずる音がした。しかもその音が次第に大きくなっていく。


(何か来る)


 部屋に戻るか身を伏せて隠れようか迷ってると、何かが階下を横切る形で現れた。

 そこに現れたのは二足歩行するトカゲだった。全身が鱗で覆われていて、人間並みの大きさに1メートルはあるだろう尾を引きずりながら歩いている。

 ゲームなど創作作品によく登場するリザードマンというモンスターに似ているだろうか。


(何だあれ!?)


 心臓の鼓動が早まる。

 このままここに居ては見つかってしまう。

 危機感を抱いた私は深呼吸すると気持ちを落ち着かせる。

 そして後ろを振り返ることなく、音を立てない様に気をつけて部屋に戻った。


 冷たい金属扉を背にして、リザードマンがここに来ないかと緊張する。

 だが体感で数分が経っても来る気配はなかった。

 胸を撫で下ろし中央の椅子に座るとため息をつく。


(あんな生き物が扉の外を徘徊してるのか?)


 トカゲ人間ことリザードマン。

 あんな存在がいるなんて、いよいよ今の状況がやばいのだと実感する。

 武器も対策も無しに扉の外に出るのは危ないか。


 そう思い石造りの部屋の中を探ることにした。

 現状を打破できそうな物か情報がないか期待しての行動だった。

 とはいえ狭くて物の少ない部屋だ。壁と床を叩き隠し扉でもないかと探したが、最初に見た通りの物しか部屋にはなかった。

 武器として使える物といったら水瓶か椅子か壺ぐらいしかちょうど良い物が無かった。

 最後にパソコンを調べてみた。


「動くかな?」


 近寄ってみるとパソコン本体と周辺機器としてモニターとマウスとキーボードぐらいしか見当たらない。

 パソコン画面も真っ暗だったが、画面下の電源マークが点滅していた。


(パソコンが使えるならネットで何か情報が得られるかもしれない)


 とはいえLANケーブルや電源コードが付いてないから、インターネットに接続できないどころか稼働すらしないはずだ。

 だがこれ見よがしに部屋の中央に置かれたパソコンがただの置物とは思えなかった。

 淡い期待でキーボードのEnterキーを押してみるとモニターの液晶画面がパッと点灯した。


「よしっ」


 原理は分からないがパソコンは動くようだ。

 内心ガッツポーズをする私をよそに、パソコンの起動画面が切り替わり、真っ白な画面に黒い文字が勝手に打ち込まれていく。

 そのままキーボードに触れてすらないのに、日本語で書かれた文章が高速でつづられていった。


 目覚めてからずっと不可思議な事ばかりだ。

 身の危険のない多少の異常事態には動じなくなってきたなと場違いなことを考えてしまう。


 文章の内容は以下の通りだ。



『ようこそ、ダンジョンマスター諸君。

 諸君らは人類の中から選ばれた栄えある1000人だ。

 諸君らにはこれからダンジョンマスターとして地球で己のダンジョンを創り発展させていってほしい。人類の敵となるか味方となるかはダンジョンマスターとなった諸君ら次第だ。

 だが、すぐに地球に出ていけというのも酷な話なので個別にチュートリアルダンジョンを用意した。

 諸君らの今いる部屋の扉の向こう側は、ダンジョンについて知ってもらう為に我々が創造したチュートリアルダンジョンとなっている。

 そこで己の力とこのパソコン型ダンジョンコアの扱い方を習熟してくれ。パソコン型ダンジョンコアには各種機能があるので有効活用するといい。

 チュートリアルダンジョンの中はモンスターや罠があり危険も多いが、地球に戻るまで諸君らは老いることなく死んでも今いる部屋で生き返るから心配いらない。

 諸君らのやる気を促す為に言うが、チュートリアルダンジョンの攻略以外での脱出は不可能だ。

 攻略期限は5年。期限を超過したらチュートリアルダンジョンは扉ごと消えて、我々のサポートも打ち切り諸君らは永遠にその部屋に閉じ込められる。

 またチュートリアルダンジョンを攻略した先着順に、我々から与えられる商品や待遇が変わるので死ぬ気で頑張ってくれ。

 我々は常に諸君らを応援している』



「何だこれ……」


 文章を読み終えた第一声がこれだった。

 謎の存在からの文章、ダンジョンマスター、ダンジョンコア、モンスターや罠があるチュートリアルダンジョン。

 今読んだ単語が羅列となって頭を駆け巡る。

 まるで頭の悪い漫画やラノベの設定みたいだ。


 ここに書かれた文章を信じるなら、我々という言葉から複数の謎の存在たちがいて、そいつらが私をダンジョンマスターに選んでこの場所に連れて来たということになる。

 いや、私だけじゃないか。諸君らとひとまとめに呼んでるから、私同様にダンジョンマスターに選ばれた人たちがいるのだろう。


 こんな突飛な内容を急に信じるのかとここに来る前の私なら思うが、自身の置かれた状況と見たものを思えば信じるしかない。


 体感で数分の間、頭を抱えて眉間にしわを寄せた私は気持ちを切り替えた。


 まずはチュートリアルダンジョンの攻略をしよう。攻略後のことを考えるのはもっと状況把握できて落ち着いてからにしておく。

 5年以内に攻略しないと永遠に閉じ込められるから、チュートリアルダンジョンはそれだけの期間が必要になると謎の存在たちが想定する程の広さがあるはずだ。もしくはそれだけ困難かつ危険なダンジョンなのかもしれない。

 そんな長期間をこの場所で一人過ごすのかと、みすぼらし部屋を見回して気が重くなる。


(ああ、駄目だ。考えがマイナス方向になってしまった)


 深呼吸して気を取り直すと、パソコン型ダンジョンコアとやらで何ができるか調べる。

 謎の存在たちからの文章にもオススメされてたし、着の身着のままで危険だと書かれているチュートリアルダンジョンに向かうのは自殺行為だ。

 死なないとはいえ本当かどうか試す勇気は私には無かった。


 パソコンに意識を向けると画面には先ほどまで書かれていた文章は消えていて、いつの間にか違う画面に切り替わっていた。

 そこには幾つかの項目が書かれていた。


「ステータスとショップとオークションと掲示板の4項目か」


 この4項目が先ほどの文章にもあった各種機能なのだろう。

 マウスを動かしステータスの項目をクリックする。

 すると画面にデフォルメされた私の似姿とステータスが現れた。

 


 レアリティ:UR

 カード名:催眠おじさんイチロー 

 マナコスト:黒×5

 カード種類:ダンジョンマスター・・・(所持DP:0ポイント)(加護:夢幻盤上の遊び人)

 戦闘力:攻撃力2/生命力3/素早さ2

 スキル

 ・洗脳催眠(手札を2枚捨てる事で、敵1体のコントロールを1時間得る。黒マナをX払うとコントロール時間がX時間増える)

 ・自己催眠(マナをX払う事で、1分間全ステータスをX×2アップする)

 ・魂の汚辱(洗脳催眠して得た対象をX体捨てる事で、好きな色のマナをX×2得る)

 ・サモンマルチバースカード

 ・精神耐性Lv1


 

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