第8話 とんでもない相棒

 人面犬に勝利した翌日。

 私は空腹感を感じながら起きた。

 肌に着いた藁を払いながら藁のベッドから立ち上がる。

 清々しい起床とは程遠い目覚めだった。


 散らばった藁のベッドは1ヶ月以上も経つと体臭などが染みつき嫌な臭いがした。

 また久しぶりに長時間の睡眠を取って寝汗をかいてしまい体が少し痒い。

 歳のせいか起きるのも億劫だった。

 十分寝たのに大きな欠伸が出てしまう。


「ふぁあ」


「おはようございます。マスター。8時間ぶりの再会ですね」


 首に付けた革の首輪から声がする。

 犬のアクセサリーが声と同時に揺れている。


「おはようイヌ。早起きだね」


「ええ、そもそも寝てませんからね。インテリジェンスアーマーである自分に人格はあれども睡眠も食欲も必要ありません」


「それじゃあ私が寝てる間はどうしてるんだ?」


「睡眠中の密着したマスターを肌で感じ精神修養していましたよ。気力十分です」


 三大欲求の内、睡眠と食欲は克服しているのに性欲が駄々洩れじゃないか。

 いや、<堕犬だけんの首輪>の名前通り堕落してる証拠なのかな。


「というかなんでこんなにイヌは私に対して好意的なんだ?」


 中年おじさん状態の時でもしてくるセクハラ発言に疑問を持つ。

 昨日は疲れてあまり気にしなかったけれども、初めて会った時から好感度が高かった。


「恥ずかしながら一目惚れでした」


「一目惚れ?」


 恋愛経験0だった私には縁のなかった言葉だ。


「はい。体を変えても変化しないマスターの目の奥に宿る力強さ。黒く汚濁した底なし沼の様な目を知った瞬間に運命を感じました」


「そうかー。目は心の鏡って言うもんな」


 頭大丈夫かなこいつ。

 どこに運命を感じるポイントがあったのか私には全く理解できないんだけど。

 眼球フェチ?


「はい。呪いのアイテムでもある自分が呪い殺したくないと思えるほどでしたので」


 へぇ、呪いのアイテムなのか。

 寝る前に首から外そうとしても外れなかったのはそういった理由があったんだな。

 もっと早く知りたかったよ。


 あっ、精神耐性スキルが発動してる。

 いつもありがとうございます。


「イヌはどんな呪いのアイテムなんだ?」


「流石マスター。こんな爆弾発言をしても変わらない態度に惚れ惚れします」


「自覚あったんだ。まあいいや。無駄話はいいからイヌの性能を教えてよ。スキルレベルと一緒にね」


 犬のアクセサリーが感情を表すかのように激しく揺れ出す。

 どうも冷たくされるのが良いらしい。

 業が深い首輪だな。


「失礼しました。自分の性能……所持スキルは前回教えた亜空間Lv6と再生Lv6と心身置換Lv8。それと呪詛心蝕じゅそしんしょくLv8と快適装備Lv1があります」


「前3つのスキルは昨日の説明で大体わかったけど、呪詛心蝕じゅそしんしょくスキルと快適装備スキルはどんなスキルなんだ?」


「快適装備スキルは装着者が快適に過ごせるよう首輪の着心地を良くして装着者の体温を調節できるスキルです。Lv1なので首回りしか体温調節できませんがね」


 なるほど。

 読んで字のごとくというわけだ。

 だから首の辺りだけ寝汗がなかったんだな。


「呪詛心蝕スキルは装着者に呪いを長い時間かけ続け、そうと気付かれずに心を侵し蝕み最後には装着者の心を乗っ取ってしまうスキルです。このスキルの醍醐味は自分が体を乗っ取った後も装着者の心が生き続けることですね」


「うわぁ」


 悪質極まりないな。

 呪いのアイテムたる所以のスキルレベルも高いし、呪いに気づいても装着者は抗えないだろう。


「ですがご安心してくださいマスター。昨夜、興味本位でマスターに呪詛心蝕してみましたがはじき返されましたので、自分の呪詛心蝕スキル含めて大抵の心に影響を与えるスキルはマスターに効きませんよ」


「……あぁ、たぶんそれは精神耐性スキルのおかげだな」


 これは本当に精神耐性スキル様々だな。

 ありがとうございます!


 というかイヌがさっきからヤバい発言ばかりしてくるので、だんだんこれがこいつの持ち味なんだと思えてきた。

 これから長い付き合いになるんだろうし飽きない相手というのは大事だよな。

 私は逃避気味の思考で苦笑いした。


「呪い自体はマスターに掛かっていますので、自分と離れ離れになることはありません。しかも副次効果で並の呪いならマスターには効かないでしょう」


「イヌは凄いなあ」


 もう、いろんな意味で凄いと言える。


「一生連れ添う仲のマスターに褒めてもらい嬉しい限りです。あぁ、そうでした。女性体の方の所持スキルも説明しましょうか?」


「女性体というとケモミミ娘の体の事だよな。それなら大丈夫だ。昨日ちらっと見たらこっちで確認できたから」


「確認……というとマスターは鑑定スキルを持っているのでしょうか」


「いつか欲しいとは思ってるけど、そんな便利なスキルは持っていないよ」


 そう言いながらコアパソコンを起動させる。

 電源がすぐにつきホーム画面が現れると、マウスを動かしステータス画面を開く。



 レアリティ:UR

 カード名:催眠おじさんイチロー 

 マナコスト:黒×5

 カード種類:ダンジョンマスター・・・(所持DP:1000ポイント)(加護:夢幻盤上の遊び人)

 戦闘力:攻撃力2/生命力3/素早さ2

 スキル

 ・洗脳催眠(手札を2枚捨てる事で、敵1体のコントロールを1時間得る。黒マナをX払うとコントロール時間がX時間増える)

 ・自己催眠(マナをX払う事で、1分間全ステータスをX×2アップする)

 ・魂の汚辱(洗脳催眠して得た対象をX体捨てる事で、好きな色のマナをX×2得る)

 ・サモンマルチバースカード

 ・精神耐性Lv10

 ・体液毒化Lv2



「所持DP:1000ポイント……」


 感慨深げに呟く。

 人面犬を倒して得たDPだ。

 1階層のモンスターが1体で最高100DPらしいので、ユニークモンスター討伐報酬のDPと考えるとそれに見合った高さだろう。

 本音を言えばもっとDPくれよと思うがな。


「マスター。昨日もこれを見てましたが何でしょうか」


「これはコアパソコンって言って、私のステータスなどを見れるんだ。他にも時間の確認や、オークションとショップ機能でDPを使用するといろんな物が買えるんだ」


「ほほう。つまり真っ裸のマスターの赤裸々の個人情報なのですね」


「そうそう。それでこの画面の下の方に――」


 カーソルを動かし画面を下にスクロールする。

 その間、犬のアクセサリーが無言で揺れていた。

 無視されたのに嬉しそうだなこいつ。


 だがイヌのその動きはぴたりと止まった。

 スクロールした先に載っているモノを見て驚いているようだ。

 分かるよ。イヌは話に夢中で気付いてなかったけど、私も昨日ちらっと見た時は驚いたからね。


 だって、催眠おじさんイチローのステータスの下には別人のステータスが載ってたのだから。



名前:堕犬娘だけんむすめイチロー

年齢:15歳

種族:狛犬人こまいぬびと

加護:なし

生命力:64/64

魔力:0/0

攻撃力:32

防御力:15

素早さ:48

器用さ:16

スキル

・格闘術Lv1

・金剛体Lv1

・身体強化Lv1

・軽業Lv1



 やはり催眠おじさんイチローのステータスと違うな。


 堕犬娘だけんむすめイチローは催眠おじさんイチロー同様に名前じゃない。どう見てもあだ名だ。

 それに種族の狛犬人こまいぬびととか聞いたことない。狛犬の象なら神社で見たことあるけれども。


 加護は……私たちをこの場所に連れてきた謎の存在達。私の場合は夢幻盤上の遊び人という存在だけど、この堕犬娘は加護を持っていない。

 掲示板で管理者と呼ばれるようになった謎の存在達は、私たちダンジョンマスター全員に加護を与えているみたいだし、首輪を創った創造主も同様の存在だと思ってたから加護があると思ったのだが違うのか。

 加護やら管理者については不明な点が多いからなあ。


「チュートリアルダンジョンの探索を続けていけば何か分かるのかな」


「どうしました、マスター?」


「なんでも無いよ。それでイヌから見て女性体のステータスはこの通りで合っているかな」


「寸分たがわない情報です。ある程度の知識はインストールされてましたが実際に知ると驚くしかありませんね」


 確かに驚いた。

 こんなに催眠おじさんイチローとステータス情報が違うと思わなかった。

 魔力や器用さなど催眠おじさイチローにないRPGでよく見る幾つかのステータス情報。

 数値を催眠おじさんイチローのと比較すればその差は歴然だった。だが実際、昨日変わってた時の身体能力だと、この数値通りだと思えなかった。


 催眠おじさんイチローのTCG表記と堕犬娘イチローのRPG表記。

 その違いをチュートリアルダンジョンで確かめないとな。


「イヌに知っていて欲しいことは、私がチュートリアルダンジョンの脱出と地球への帰還を目指しているのと、サモンマルチバースカードのスキルを使うためにDPが多くいることだ」


「サモンマルチバースカード……自分の知識に無いスキルですがユニークスキルですか?」


「そうだね。今は使えないスキルだけど、DPを稼いでカードを多く得れば最高のスキルになると思うんだ」


「分かりましたマスター。それでは早速、チュートリアルダンジョンの探索に行きますか? それともショップとやらで何か買い物でもしますか?」


「DPはカードを買うのに回したいからショップでの買い物は最低限にするよ。その後、チュートリアルダンジョンの探索をしよう」


「はい!」


 こうして話してるとイヌがまともに思えてくる。


 セクハラ発言するぶっ飛んだ奴だが、会話相手になるし優秀なスキル持ちで私にとって都合がいい奴――道具だ。

 イヌが心変わりしない限り私とこいつは相棒関係だ。

 濁り切った目付きで首輪に触れる。


「これからよろしく頼むな。イヌ」


「了解ですマスター。末永くよろしくお願いします」


 優し気なイヌの声に私は腹の音で返事をする。

 ぐぅっと鳴るお腹は空腹が限界になってきたことを教えてくれる。


「あっ、生物であるマスターは食事をしないといけませんよね。マスターの食事姿が楽しみです!」


「おいおい。さっきDPは節約すると言ったばかりだろ。私は食事にDPは使わないぞ」


 喋りながら椅子から立ち上がり金属扉を開ける。

 代り映えしないチュートリアルダンジョンの通路に出て横になる。


「えっ?」


 私の行動に疑問を持つイヌ。

 それを無視して体液毒化Lv1のスキル発動を念じた。

 体液毒化Lv1の毒の種類は麻痺毒。

 そして効果対象は私自身。


 一瞬で全身の体液――血液、リンパ液、脳脊髄液をはじめとした体重の約60%の体液が麻痺毒に変化する。


 再生Lv6のスキル持ちのイヌは反応すらできてない。

 戸惑い呆けて立ち直れず、再生スキルを発動できてないのは経験不足だからだろう。

 あとで練習しないとな。 

 そんなことを考えながら私はあっさりと自殺した。

 

「マ、マスタぁーーー!?」 

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