第19話 黒々とした従魔

 千切った従魔召喚チケット(異性限定版)が光の粒子となって宙に浮かび上がった。

 粒子は私を中心に周囲を漂うと、目前の石床に吸いこまれるように集まりだした。

 集まった粒子は石床に光る模様を描いていく。

 円を作りその中心に転移陣に似た幾何学模様が刻まれる。

 おそらく召喚陣だろう。


「スキルチケットとは大違いだな」


 スキルチケットが無駄な演出もなくスキル取得ができるのに対して、こちらのチケットは凝った演出がなされていた。

 なんとなく管理者の強いこだわりを感じる。


 数秒で出来がった召喚陣が眩しいほどの光量を発した。


「うわっ」


 私は腕を動かし召喚陣の光から両目をかばった。

 光はすぐに収まったので上げていた腕を下ろす。

 先ほどまで召喚陣が描かれていた場所に視線を向けると、消えてなくなった召喚陣の代わりに従魔が呼び出されていた。


 その従魔は日本人なら誰もが知る姿形をしていた。

 腰まである長い黒髪のおかっぱ頭。

 顔は白く小さな黒目がじっとこちらを見つめてくる。

 龍と鳳凰が金糸で刺繍された紅色の振袖を着た日本人形。

 それはまさに――


「市松人形?」


 頭によぎった名称を口に出す。

 すると従魔として召喚された市松人形が私の声に反応した。

 その場で振袖の袖部分をゆらりと揺らして流れる様に足を組み正座する。


「お初にお目にかかりやす。ウチは市松人形の付喪神。名をお菊と申しやす。以後よろしゅうお願いいたしやす」


 人形らしく無表情のままだが、口元や体は人間の様な自然な動作ができるようだ。

 第一印象は、独特な雰囲気と喋り方をする人形だと感じた。

 ずいぶん変わった様子の従魔が呼び出されたようだが、戦闘の駒として使えるかどうか気がかりだ。


「ああ、初めましてお菊。私は催眠おじさんイチローって名前があるんだけど……」


「……催眠おじさん?」


「まあ、今のは気にせず私の事は好きに呼んでくれ」


 深く聞かれる前にこの話題は軽く流すことにした。

 今の私自身の名前については基本スルーでいくことのしている。

 キラキラネームみたいなもんだと無理やり自分を納得したのだ。


「それならおやっさんと呼ばせてくだせえ。ウチの全霊を持っておやっさんの力となりやす」


 おやっさんか。

 まあ、今の私の体は催眠おじさんのままだ。

 見た目通りの呼び名ではあるが喋り方含めて絵にかいたようなヤクザって感じだ。


「ところでおやっさんの後ろにおる猿たちはいったい……」


「そういえばまだ他の仲間の紹介をしていなかったな」


 お菊にゴリ将たちを紹介していく。

 ついでに私のスキルや堕犬娘のことも話しといた。


「――とまあ、紹介はこんなものかな。ユニットと従魔という違う召喚方法で呼び出された者同士だが同じ召喚仲間だ。ゴリ将ともどもよろしく頼むぞ」


「おやっさんに言われるまでもありやせん。ウチの方こそ新参者ですがよろしゅう頼んます」


「こちらこそよろしく頼みますぞ。猿山脈一同、お菊殿を新しい仲間として迎えれて嬉しい限りであります」


「ウッキー―!」


 うん。お菊とゴリ将たちは上手くやっていけれそうだな。

 言葉の壁とかどうしようと思ってたけど、召喚された者同士だからか普通に会話が通じて良かった。


「あのう……マスター。自分の紹介はしてくれないんですか?」


 わざと紹介していなかったイヌが声を上げた。

 こいつが間に入ると話が進まなくなりそうだから無視していたのだ。

 その間、首輪が嬉しそうに震えていたしそのまま身もだえてたら良かったのに。


「ん? おやっさんとゴリ将の兄貴たち以外に誰かおるんですかい」


 イヌの声を聴いたお菊が周りを見回す。

 初顔合わせとなるお菊としたら、私とゴリ将たちの姿しかこの場にいないように思えるだろう。

 まさか私の首に付けた首輪が喋っているとは思わないはずだ。


「誰かと聞かれたらお答えしましょう! 自分こそマスターの下僕にして相棒。おはようからお休みまで……どころか寝てる間もマスターに添い続けるいつも一緒を体現した物!!」


「この声はおやっさんの首輪から……?」


 お菊がイヌの存在に完全に気づいたようだ。

 いや、これだけ大声で喋れば気づくなと言う方が難しいか。


「あっ、どうもイヌです」


 やっとちゃんと気づかれて簡潔な挨拶をするイヌ。


「犬?」


「犬じゃありません。イヌです。若干イントネーションが違うので気を付けください。マスターにならどんな呼ばれ方をされてもドンとこいですが、同性に間違われるのは心外です」


 犬とイヌにイントネーションの違いなんてあるなんて初耳だ。

 気にせず呼んでたんだけど。


 おそらく初めての同性相手ということで上下関係を持ちたいのだろう。お局様が女性新人にイチャモンをつけているようにしか思えない。

 とはいえ女性同士といっても首輪と人形だ。

 ゴリ将たちはゴリラと猿だし、人間に会いたい今日この頃である。


「あん? なに言うとるんじゃ。ウチに喧嘩売っとるんか」


 苛立ちを含んだ声を出すお菊。


「そんなつもりはありませんよ」


「じゃったら、おどれはどういう用件でウチに難癖付けてきたんじゃ」


「はい、いがみ合いはそれまで。お互い仲良くするように」


 ここで私は手を叩いて仲裁に入った。

 こうなる可能性もあったからイヌは紹介したくなかったのだ。

 イヌが面倒な性格をしているのは私が一番よく知っているからな。


「はい! マスターの言う通りお菊さんと仲良くしていきます! これからよろしくお願いしますね、お菊さん。女性同士仲良くしましょう」


 イヌの急な手の平返し。

 こいつは私が言えば白も黒と言い切る奴だから、こういう扱いが出来るのは楽である。

 反対にお菊の方は変な物を見たかのように一歩引いた様子だ。


「お菊。これがイヌだ」


 それだけ言ってイヌの説明を終える。

 私でもイヌのことはよく分かっていないのだ。詳しく説明するよりこれからの付き合いでどんな奴なのか理解していった方が早いだろう。


「よし。紹介も終わったことだし、お菊が何が出来るか教えて欲しい」


 歩イチたち猿山脈の歩兵よりも小型の人形型従魔だ。

 戦力にならなければマイルームに留守番してもらい、掲示板で情報収集をしてもらうしかない。


 イヌショックから立ち直ったお菊が身だしなみを整えて話し出す。


「……見ての通りこの身は人形。今のウチでは力も速さも秀でた部分はありやせん。スライムにすら負けるでしょう」


「そうか」


 30cmほどの人形の体だしな。

 身体スペックは高くないだろうと思ったがその通りだったか。

 これは留守番決定かな。


「じゃが、それはスキルを使わない時の話。髪結伸縮かみゆいしんしゅくスキル――Lv5まで昇華した髪を束ねて編み込み結ぶ力。このスキルと重硬化じゅうこうかスキルLv2というのを取得しとります」


重硬化じゅうこうかスキル?」


「身に着けてるか触れている対象の重さと硬さを自由に出来るスキルですね。重さと硬さが比例して上がる変わったスキルですよ」


 イヌが重硬化じゅうこうかスキルの説明をしてくれた。

 こんなのでもインテリジェンスアーマーだし久しぶりに頭のいい所を見た気がする。


 しかし重さと硬さの片方のみを一方的に上げることは出来ないのか。比率は分からないが使いづらそうなスキルだ。

 どんな戦い方をするのか気になるな。


「今すぐお菊の実力を見せてくれるか?」


「おやっさんのお望みどおりに。では、まずは髪結式かみゆいしき黒髪鬼こくはつきをお見せいたしやしょう」


 イヌを一瞥したお菊がそう言うと、艶やかな黒髪が彼女を中心にとぐろを巻いて一瞬で10mほど伸び始めた。


「うわぁ」


 イヌが私以外聞こえないほど小さな声を漏らす。

 ちらりと後ろを見ると背後にいたゴリ将たちも軽く引いた様子だった。

 私は精神耐性スキルのおかげで動じなかったが、人形の髪が急に伸びる光景はさぞ不気味だろう。


 本体である人形の体が埋没するほど伸びた黒髪が編まれて、頭部から順に首から足までを形作っていく。

 ついには蛇の大群が蠢き絡みつくように黒い人型を形成した。

 いや、よく見れば人の似姿ではない。

 その頭部の額の辺りに角の様な突起があった。


「なるほど。確かにこの見た目は髪で出来た鬼だな」


 私がそう言うと黒髪鬼の角が縦に割れて、その中から無表情のお菊の顔がずいと現れた。


「ウチの髪の毛一本一本が筋線維のように束ね編み込んで結ばれていやす。ただの髪と言うて侮っとると痛めを見ることになりやしょう」


 全身筋肉の鬼というわけか。

 それだけ聞くと強そうだが、やはり戦闘に使えるかどうかだな。


「それじゃあ実際に戦ってみせてくれ。ゴリ将。お菊と模擬戦をしてくれるかい」


「ウホ!」


 ぶ厚い胸板を叩いて了承するゴリ将。

 おっ、気合いのウホ声だ。

 時々こいつからゴリラっぽい言葉が聞けるので、次はいつ言うのかと期待していたのだ。


「主殿。武器の使用はありでしょうか」


「お菊がいいならいいぞ」


「そもそもウチの髪が武器の様な物でありやす。別に構いやせんよ」


「ならお互いに武器使用ありで死なない程度に模擬戦をするように。大怪我程度なら治してやれるけど無理はするなよ」


 お互いに武器使用することになり、死なない程度に模擬戦をすることになった。

 怪我をしても私の再生スキルかヒールのカードの力で治すから問題ない。

 回復手段があるからこそ可能な割と本気で戦わせる模擬戦だ。


 ゴリ将は鎖で戦うと思ったら歩イチたちから片手剣を2本借りてきた。

 1mほどの身長の歩イチたちが扱う片手剣だ。図体のデカいゴリ将が持つと包丁のように見える。

 双剣使いとなったゴリ将はその場で軽く素振りをした。

 その動きは滑らかで淀みなかった。使い慣れた武器を振るっているようだ。


「お菊さんの実力を見る模擬戦なのにゴリ将さんは勝つつもりですね。素手や鎖よりも剣の刃で髪を斬ってしまう方が勝負が早く着くと思ったのでしょう」


「そうだな。だけど重硬化じゅうこうかスキルってのを持っているようだし、お菊もそれを分かった上で模擬戦を了承したから勝算があるんじゃないか」


 イヌと会話しながらお菊の方を見る。

 片手剣を両手に構えたゴリ将とは反対に、お菊の方は無手の黒髪鬼のままだ。

 どんな戦いをするのか見ものだな。

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