第14話 催眠おじさんの本領発揮

 ゴリ将たちを召喚してから4日が経った。

 あれから毎日ゴリ将に猿山脈の歩兵を配下召喚してもらい、仲間の数が日に日に増えた。

 今では私、ゴリ将、猿山脈の歩兵5体の小集団となっている。


 私1人でもチュートリアルダンジョン1階層は順調に進めていたのだ。

 ゴリ将の強さと配下の歩兵の数が増えたおかげで、私がリザードマン相手に出張る必要がなくなり、1階層の探索スピードが更に早まった。


 私がここ数日やっていることと言えば、デッキから毎日1枚カードをドローして、五感頼りのモンスターと罠の感知をしているぐらいだ。


 やるべきことが減った私は歩きながらイヌやゴリ将たちと会話して親交を深める時間が増えた。


 今もそうである。

 襲ってきた大ダンゴムシ1体の相手を猿山脈の歩兵3体がしている。

 残った私たちはその光景を背後から観戦気分で眺めていた。


 丸まって回転しながら突進してくる大ダンゴムシたち。

 その突進攻撃を2体の歩兵たちが片手盾で受け止めた。

 

「おっ。今度はその場に踏ん張れたな」


「歩イチ君たちも成長しましたね、マスター。あの子たちが成長して自分は嬉しいです」


「最初は4体でギリギリ勝ってた大ダンゴムシだからね。これも猿山脈の歩兵のスキルのおかげかな」


 猿山脈の歩兵のスキルである思考共有。

 このスキルが彼らの強さの秘訣だ。

 思考共有スキルは歩兵同士で常に思考を共有できる。


 このスキルを使って3体の歩兵の内1体が司令塔となって後方から戦闘の観察と指示を送っているのだ。


 俯瞰して与えられる情報と指示。そして互いの動きを常に理解できる彼らは抜群のコンビネーションで強敵相手にもひるまず戦える。

 しかも1体の歩兵が経験し学んだことは、他の歩兵たちにもその経験時の思考が共有されるので全体の強化に繋がる。

 

 個々の身体能力は高くないがそれを補って余りある潜在能力が猿山脈の歩兵たちには備わっていた。


「彼ら歩兵は猿山脈では軍の中核でした。数が増えるほどその真価が分かっていきます」


 ゴリ将の言う通りだ。

 まだリザードマン相手は5体でも厳しいが、戦闘経験を積みリザードマンの動きや癖を学んでいけば大丈夫だろう。


「ピギィィイイ!!」


「あっ、見てください。もう大ダンゴムシを拘束しましたよ」


 イヌが言った通り、仰向けになった大ダンゴムシの腹に片手剣が突き立てられていた。

 絶叫する大ダンゴムシだがこれまでの経験から急所は避けているようだ。

 身動きできないよう2体の猿山脈の歩兵が大ダンゴムシを上から押さえている。


「ん? またモンスターが来たな」


 堕犬娘の嗅覚で私たち以外の臭いに気づく。

 おそらく私たちが歩いてきた後ろの通路からやって来る。直前に三叉路があったからもう一本の通路からこちらに進んできたようだ。


 1階層の奥だけあってモンスターとよくエンカウントするようになった。

 1度に襲ってくるモンスターの数は1~2体だが、今回みたいな連続戦闘もありうるので、私以外のダンジョンマスターは苦労していることだろう。


「主殿。今度はどのモンスターですかな?」


「この臭いはリザードマンだな。臭いが後ろから近づいて来てる」


「ほう。ということは……」


「うん。ゴリ将が相手してくれ。何度も言うけど殺さず拘束してくれ」


「了解であります」


 ゴリ将が通路を逆走して獲物を捕らえに行った。


 なぜモンスターを倒さず拘束するのか。

 答えは簡単かつ情けないものだが食券が尽きてしまったのだ。


 私、ゴリ将、歩イチたち歩兵5体の食事量を舐めていた。昨日、ついに食べ物が尽きて死に戻りするか強行軍を続けるか私は悩んでいた。

 そんな時イヌがこんな提案をした。


 食券が無いならモンスターを食べればいいじゃないですか――と。


 そんな迷言をするイヌと、ゴリ将たちの戦場で現地調達は常ですからと後押しされたのが始まりだ。


 粘液のスライムは論外。

 虫の大ダンゴムシはゴリ将たちが生で食べて、リザードマンの尻尾肉を私が食べていた。

 尻尾肉が一番おいしかった……というより不味くなかったのだ。


「主殿ー!」


 ゴリ将が手を振りながら戻ってきた。

 その肩の上には鎖で全身をがんじがらめにしたリザードマンがいた。

 それはまるで鎖に包まれた芋虫の様だった。


「よくやったゴリ将。だけどそれだと尻尾を切れないだろ」


 私はゴリ将に尻尾のところだけ拘束を緩めてもらった。

 リザードマンが自由になった尻尾を地面に打ち付けて抵抗を試みる。


 私は歩イチから片手剣を借りると尻尾の付け根に向かって上段から斬りつけた。

 鱗と肉を断ち切って骨の半ばまで斬った所で剣が止まった。

 鎖を巻かれた体でもがくリザードマン。


 私はそれを無視して剣に体重をかけてノコギリの様に前後にゆすって切断する。


「ギシャァァー!!」


 血と悲鳴がリザードマンから出る。

 昔の私なら残虐な行為に心を痛めていたはずだが、精神耐性Lv10となった今では何の痛痒も感じなかった。


「ふう。やっと切れたか。やっぱり私に剣は向かないな」


 自身の剣の腕の無さに落胆する。

 その横でリザードマンがかすれた声で呻いていた。


 モンスターを食べるだめには、モンスターたちが力尽きて粒子化する前に腹に入れないといけない。

 どうも腹に入ったモンスターの一部は粒子化されず、私たちの体で消化されて栄養となるようなのだ。


 掲示板でモンスターを調理してみたというスレがあったが調理する腕があれば意外と美味しいとのことだ。


 私はイヌの亜空間からとある杖を取り出した。

 杖の名は、ファイアロッド。

 サモンマルチバースカードのデッキに入れていたオブジェクトカードだったものだ。

 

 私がこの4日で引いたカードは4枚。

 ファイアロッド、赤マナ、黒マナ、黒マナのカードだった。

 これにプラスして赤マナカードがもう1枚とヒールのスペルカードの合計6枚のカードが手札にあった。


 モンスターを食べることに決めた私はすぐにファイアロッドを召喚した。

 この杖は火の元素というスキルがあり、1日30回のみ火を生み出して扱う事ができる。


 火の元素スキルは、赤マナカードを捧げた枚数によって扱える火の種類が変わる。

 0枚ならファイアボール。1枚ならファイアランス。2枚ならファイアウォールとなっている。


 遠隔攻撃が無かったからデッキに入れていたが、ゴリ将たち猿軍団が強くて出番がないと思っていたが思わぬ使い道が出来た。


 私は30cmほどのファイアボールを杖先に生み出しそのまま宙に浮かべておく。

 そして杖先をリザードマンの出血する尻尾の付け根の切断面に近づけて火の玉で止血した。

 リザードマンの悲鳴が再度通路に響き渡る。


「これですぐには死なないだろう」


 ゴリ将のもう1本の鎖で切断面を下にして天井から吊るして血抜きする。

 本当は冷水などで低温処理もしたいが貴重な水をここで使うにはもったいない。


 尻尾から血がしたたり落ちなくなったら、片手剣で縦方向に切れ目を入れて、皮膚を鱗ごとめくり取り骨もついでに抜き取った。

 最後に待機状態で杖先に浮かんだままだったファイアボールで尻尾肉を焼いて出来上がりだ。


 解体方法や菌がどうとかはよく分からないけど、今の所これで腹を壊したことも異常を感じたこともないから大丈夫だ――と信じている。

 まあ、変な病気になったり腹壊しても自己責任だしな。


「よし、皆。ちょっと早いけど食事を始めるぞ」


 猿軍団が大ダンゴムシに群がり、ゴリ将が硬い甲殻を力任せに剥がして配下達に配っていく。

 ただし美味しそうな部分は先取りしてゴリ将が甲殻ごと嚙み砕いていた。

 

 私も焼いた尻尾肉にありついた。

 臭いし味も美味しくなかったが腹は満たされる。

 最初期に配置してあった腐ったパンを思えば、腹を壊さないだけマシな食べ物だった。


 ちなみに私のこの食事行為をイヌやゴリ将たちは好意的に受け取っていた。


 全員の食事がすむと大ダンゴムシとリザードマンを殺してその場を去った。



 食事から数時間後。

 あれから更に奥の方に私たちは進んでいた。

 そろそろボス部屋を見つけてもいいはずだ。

 マップスキルの脳内マップの空白を埋める様にしらみつぶしに探していく。


 するとこれまで見てきた小部屋とは違う大扉がある部屋を見つけた。

 おそらくこれがボス部屋だろう。

 扉の外だというのにボス部屋の中から肌がひりつくような感覚がした。


 私はイヌに催眠おじさんイチローの体に置換してもらった。

 これから私たちはストーンゴーレムに挑む。


 掲示板で得た情報だと、石の巨人であるストーンゴーレムは高い防御力のボスモンスターだ。

 それに遠距離から石弾を放つ遠距離攻撃。近距離だと殴る蹴るなど暴れ出して飛び上がりからの全身を使った踏みつぶし攻撃をするらしい。

 周囲の石を吸収して再生するので耐久性も十分あり倒すのは一苦労する。


 唯一の弱点がストーンゴーレムの頭――その内に埋められたコアを破壊することらしい。


 私はこのことをイヌとゴリ将たちに話しておいた。


「それはなかなか面倒な敵ですな」


「ですがマスターには倒す算段があるんですよね」


「そうだね。イヌにはそのために私の体を置換してもらったんだ」


「おお! ということは催眠おじさんの力を使うんですね!」


「催眠おじさんですか……話を聞いた限りですとデタラメなスキルを持っているようですが本当に大丈夫ですかな?」


 ゴリ将が思案顔でうなっている。

 私自身が初めて催眠おじさん固有のスキルを使うから不安なのは分かる。


 だけど私はこのスキルを使えばどんな奴だろうと絶対勝てると確信があった。

 それはこの体の元の持ち主の本能的な予感から来るものかもしれない。


「大丈夫ですよ。何かあればこのイヌにお任せください。マスターの尻拭いなら舌を使って何度でもやってあげますよ」


「実に頼もしいじゃないか。よく聞いたらただの変態発言だし、比喩表現でもお前に舌はないだろうがとツッコミたいが、今回は笑い流すことにするよ」


 イヌの変態発言は相変わらずだな。

 おかげで緊張が少し解けたよ。


「さて、それじゃあ早くストーンゴーレムを倒してマイルームでお祝いでもしようじゃないか」


 ゴリ将に大扉を開けてもらい中に進む。

 先頭をゴリ将。周囲を5体の歩イチたち猿山脈の歩兵で固めて、中心に洗脳催眠スキルをいつでも発動できるよう手札の黒マナカード2枚を右手に握った私という布陣。


 中は、天井が高く体育館ほどの広さがある大広間だった。


 大広間の真ん中には4mはあるストーンゴーレムが鎮座して侵入者を待ち構えていた。

 その石の巨人が侵入者である私たちに気づいた。

 

 私はストーンゴーレムが動き出すと同時に、最後の手札である2枚のカードを掲げて念じる。


 ――洗脳催眠――発動。


 手札のカードが黒い粒子となって私に取り込まれていく。

 これまで味わったことがない全能感が胸の奥から湧き出す。


 そうだ。この力があればどんな相手にも負けない。


 目の前の敵であるストーンゴーレムだって。


 かつてこの体をボロボロにしてくれた憎たらしい人面犬だって。


 それに、俺の体を好き勝手弄りこんな場所に意識を封じたあの……夢幻盤上の遊び人だって。


 私の心が沈んでいく。

 何かとてつもない凶悪で醜悪なものに、私の意識が塗りつぶされていく感じがした。

 これまで心の奥底に沈んでいた私じゃない何か。


 時折、感じていた私じゃない感覚。

 小さな違和感。

 その原因たるナニカが、私を押しのけ踏みつけ表出する。


「くく……くっひひひ」


 無意識に口から笑い声が漏れ出る。

 これまで何度かしてきた笑い方。

 厭味ったらしく卑屈で下卑た笑い声だ。


「主……殿……?」


 ゴリ将が不安げに振り向いてくる。

 周りの猿山脈の歩兵たちも心配した目でこちらを見つめている。


 それだけじゃない。

 でかい図体をしたストーンゴーレムもこちらの異変に気付いたのか動きを止めていた。

 大広間にいた全ての存在が私に――俺に注目していた。


 おいおい。何やってるんだお前らは。

 そんな間の抜けた有り様じゃあ俺が……


 「おかすぞ」


 俺の意識が完全に浮上する。

 洗脳催眠の力が戻ってきた。あの素晴らしくも糞ったれな力が俺の元に戻ったんだ。

 全てを塗りつぶす催眠おじさんの力が。


「俺に従え、ストーンゴーレム!!」

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