第13話 猿軍団を造ろうか
武装した二足歩行するゴリラ。
それが猿山脈の大将を一言で表す言葉だった。
動物園で見たことがあるゴリラよりも一回り大きく、はち切れんばかりの筋肉と黒い毛皮の上から鎧を身にまとっている。
赤銅色の鎧は頭部と胸部と腰脚の部分に装着されていた。
特徴的なのは手首から肩にかけて分厚い黒鉄の鎖が何重にも巻かれていることだ。
手首から若干垂れ下がる鎖の先端には、私の拳ほどの大きさはある金属製の三角錐が付けられていた。
「えっと。初めまして猿山脈の大将。私の名前はイチローだ。これからよろしく頼む」
「何恥ずかしがっているんですかマスター。ここはガツンと上下関係を分からせちゃいましょうよ」
「イヌはちょっと黙ってようか」
これでは話が進まない。
首輪のアクセサリーをギュッと握る。
するとアクセサリーが、バイブレーションかと思うぐらい震えだした。
なんか熱を帯びだして気持ち悪かったが、イヌが黙り込んだので私は猿山脈の大将に視線を戻す。
「そちらの会話はもういいようですな。主殿、すまないが吾輩の名はないのだ。猿山脈では皆から大将と呼ばれていたが、我輩の名前は主殿が決めてくれるとありがたい」
どうやら猿山脈の大将は、私たちのコントじみた話し合いを待ってくれていたようだ。
空気の読める奴らしい。
しかしユニットと意思疎通ができると植え付けられたサモンマルチバースカードの記憶にあったが、こうして実際にユニットの会話できたのは驚きだ。
どういう原理か分からないが召喚相手との言葉の壁がないのは助かる。
それに記憶通りというか願った通りというべきか。
猿山脈の大将は最初から私との主従関係を理解しているようだ。
「うーん。カード名の猿山脈の大将という呼び名は長くて呼びづらいし……そうだな。ゴリ
ゴリラの大将。
略してゴリ将だ。単純だがこれぐらいの方が覚えやすい。
それに今後はこのゴリ将を中心に猿軍団を造り上げていくつもりだから個体識別は分かりやすい方がいいだろう。
「ゴリ将ですか。なにやら胸にストンと入ってくる名前ですな」
ゴリ将はこの名前に不満が無いようだ。
むしろ誇らしげに逞しい胸元をそらして喜んでくれている。
「ゴリ将には私と一緒にこの場所――チュートリアルダンジョンの探索を手伝ってもらいたい。ここでは……」
現在の状況とこの場の情報共有をしようとする私をゴリ将は手で制してきた。
「説明は不要ですぞ。召喚時にチュートリアルダンジョンに関する主殿が持っている知識が、吾輩の頭に入り込んできましたのでな」
ユニットカードの召喚にそんな事が起こっていたとは知らなかったな。
植え付けられた記憶も完全じゃないのか。
「そうか。まあ、それなら話が早くていい。ところで両腕に巻かれている鎖はゴリ将の武器なのかな?」
「そうですな。我輩たち猿山脈の猿は生体兵器として造られた存在。我輩の場合、生体武器であるこの2本の流星錐を武器としております」
「流星錐か。確か暗器の一種だったっけ」
カンフー映画で見たことある武器だ。
暗器は体に隠し持てる武器だったはずだが、ゴリ将が持つ流星錐は堂々と晒されている。
生体兵器という危険なワードが出たけど今は気にしないでおこう。ユニットの過去よりも、私の元で使えるかどうかが大事だからな。
「ふむ。ちょうど敵が来たことですし、主殿に我輩の戦いぶりを見てもらいましょう」
ゴリ将が私の背後を指差すので振り返ってみれば、1体のリザードマンが通路の奥からこっそりと近づいていた。
「シャァー!」
私たちに気付かれたと悟ったリザードマンが前傾姿勢で走り寄って来る。
「ウッホ!!」
ゴリ将がゴリラらしい気合いの声を出した。
腕の一振りで放たれた左側の流星錐がリザードマンに向かう。
「巻きつけ鉄鎖!」
10mはあった距離を一瞬で詰めた流星錐は、ゴリ将が手元の鎖を操ると走るリザードマンの腰に素早く巻きついた。
その一連の動きは、鎖自ら意志を持ったかと錯覚するほどだった。
生体武器と言っていたから自身の鎖をある程度自在に操れるのだろう。
ゴリ将が鎖を引くと、つられてリザードマンが逆くの字の形となってこちらに吹っ飛んできた。
ジャラリと音がして再度振り向くと、ゴリ将の右手に鎖が巻かれていた。
この時、伸びた鎖の根元がゴリ将の肩から生えてることに気付いた。
「シャ〜!?」
リザードマンは自分の身に起きた事が理解できてないのか間の抜けた声をあげていた。
強制的にゴリ将の間合いに引っ張られたリザードマン。
その顔面に向けて、鎖のグローブと化したゴリ将の右拳が放たれる。
「フンッ」
力任せのストレートパンチ。
鎖の熟練した扱いに比べると大雑把に見える攻撃。
だがその一発がリザードマンの頭を潰し、勢い余って弾き飛ばした。
ゴムを無理矢理引きちぎった様な音がすると、辺りに血飛沫が舞い私のジャージと体を真っ赤に汚した。
予想以上の戦闘力だ。
「ゴリ将さんは堕犬娘以上のパワーがあるようですね」
目の前の光景にイヌがあきれた様子のコメントをする。
正気に戻ったのか首輪のアクセサリーも静かになっていた。
ゴリ将の名前を知ってるという事はあれからすぐに正気を取り戻していたようだ。
「やっと落ち着いたのか」
「ええ、ご迷惑をお掛けしました。悟りを開いた自分はもう大丈夫です」
「あんなので悟れるとか有難みないな。まあイヌがそれでいいならいいけどさ。正気に戻ったんなら血をふき取りたいから亜空間を開いてくれ」
「了解しました」
イヌの返事と同時に、首輪のアクセサリーが空間に溶けて消えると代わりに黒い渦が出来上がる。
イヌが創り出した亜空間の出入り口となっている黒い渦に手を突っ込んで、綺麗なタオルを取り出すと付着した血をふき取った。
「おおっ! 喋る器物殿はそんな事が出来るのですなっ」
「初対面のレディに対して喋る器物と呼ぶのは失礼じゃないですか、ゴリ将さん」
「そういえばイヌの紹介をしていなかったな」
「それなら自分でします。初めましてゴリ将さん。自分はイヌ。マスターに道具扱扱いされる使い勝手のいい存在です」
「……ウホ?」
イヌの自己紹介にゴリ将が首をかしげてしまう。
どんな紹介をするかと思ったら、風評被害がはなはだしい自己紹介をしたもんだな。
「おい、イヌ。それだと私が非人道的行為をするヤバい奴になるじゃないか」
「はて……イヌは間違ったことは言ってませんよ?」
「間違ったことは言ってなくても、間違った解釈をされる言い方だろう」
「ふーむ。主殿とイヌ殿は仲がよろしいようですな」
頷きながら暖かい目で見てくるゴリ将。
何か納得した感じを醸し出しているが、彼はいったい何を勘違いしているのだろうか。
「ええ、切っても切れない仲ですよ。むしろ切れるもんなら切ってみろって感じです!」
イヌが鼻息荒く啖呵を切っている。
私はハイテンションになったイヌを落ち着かせるため、もう一度アクセサリーを握り込むことにした。
「うひゃあ! マ、マスター。ゴリ将さんの前でなんてことを……」
恥ずかしがるイヌがアクセサリーを軽く震わせてくる。
イヌにとってこのアクセサリーはどんな所なのか。少しだけ考えて、知りたいようで一生知る必要のない情報だと判断する。
「イヌはちょっと黙っててくれ。それでゴリ将に先に教えておきたいんだけど、私は見ての通りおじさんの体をしているが実はそれだけじゃないんだ」
「はて? それだけじゃないとはどういう意味ですかな」
口で言っても説明しづらいし、先に見て理解してもらおう。
以心伝心でイヌが心身置換スキルを発動すると、催眠おじさんイチローの体から堕犬娘の体に入れ替わる。
サモンマルチバースカードのスキルを持たず、召喚者でもない体となった私に対してゴリ将がどう出るか。
ユニットとチュートリアルダンジョンを進んでいくうえで、入れ替わった体にどのような反応をするのか確認したかった。
心と体。
そのとちらでユニットが私を召喚者と認めるのか。
「こ、これはまた面妖な。主殿が女性に化けてしまったのか……」
「いや、そうじゃないよ。先ほどの体もこの体も私であることに変わりない」
「そう言われればそうですな。その眼は主殿に相違ありません」
また眼か。
私の判断基準がそれってどうなんだろうか。
ユニットとの絆とかで分かってほしかった。
いや、体を入れ替えても召喚者を認識してくれるのは朗報だな。
今はこの事実を素直に喜んでおくか。
「この状態の私でも言う通りに動いてれるかな?」
「もちろんです。主殿の見た目がいくら変わろうが、主殿であるのに代わりありませんからな」
よかったぁ。
私の心で召喚者だと認めてくれるようだ。
ずっと気がかりだったから、これで一つ肩の荷が下りた気分だ。
「それじゃあ、ゴリ将にはこれから配下召喚をして欲しい。支払うカードは0枚でいいから」
「猿山脈の歩兵でよろしいのだな。少々お待ちくだされ」
自らの毛を一本抜いたゴリ将が手元に息を吹きかけてパッと手放す。
空気に揺られて落下した毛が石床に触れると煙がもくもくと吹き出た。
そうして煙が晴れたその場には一体の猿が立っていた。
腰巻に胴鎧という簡素な防具を着て、片手剣と片手盾を装備した日本猿だ。
外見は日本猿だがゴリ将と同じく、私が知る日本猿よりも一回り大きい体格をしている。体長1mはあるだろうか。
二本足で立つ猿山脈の歩兵はゴリ将に気づくと片膝をついて頭を下げた。
兵隊と言うだけあって規律が整った配下であるらしい。
「歩兵よ。吾輩に礼を取る前ににまず主殿に礼を示すのだ」
「ウッキー」
ゴリ将の発言に答えて私に向かって頭を再び下げる猿山脈の歩兵。
「なあ、ゴリ将。猿山脈の歩兵と呼ぶのも長ったらしいし、この歩兵にも名前を付けていいかな?」
「吾輩たちに個体識別する名前はありませんから、主殿がそうしたければその通りにして下され」
「よし。それなら君の名前は
「ウキャ!」
片手剣を掲げる歩イチ。
言葉は分からないが喜んでくれたようだ。
「というか私は歩イチの言葉が分からないんだけどどうしてかな?」
「ふーむ。おそらく主殿に直接召喚されていないからでしょうな。情報共有や主従関係は吾輩を通して成り立ったようですが、間接的な召喚ですと主殿側からの言語理解はできないのでしょう。幸い主殿の言葉を歩イチは理解していますから多少会話がしづらい程度でしょうな」
そんな落とし穴があったとは思わなかった。
植え付けられた記憶には私が召喚したユニットについての知識はあったから他もそうだと思い込んでいた。
私の言う事は聞いてくれるようだから結果的に良かったが、サモンマルチバースカードについてもう少し注意した方が良いな。
今回みたいなことがまた起こるかもしれないから気を付けよう。
「よし、皆。食券は多めに持ってきてまだ余裕があるし、このままチュートリアルダンジョンの探索を続行するぞ」
「ウホ!」
「ウッキー!」
「……」
私の決定に仲間となった者たちが声を出して応じてくれる。
ただ一つを除いて。
「はあ……イヌ、もう喋っていいぞ」
「放置プレーありがとうございました!」
雰囲気ぶち壊しだよ。
悟りを開いたんじゃ無かったのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます