第10話 TCGプレイヤーデビュー

 顔面に向かって鱗に覆われた尾が鞭のようにしなって振るわれる。

 その攻撃を堕犬娘の優れた動体視力と反射神経で屈んで躱し、私は立ち上がりざまにメイスを斜め上に突き上げた。

 メイスがリザードマンの背に当たり巨体が前方へと無理に押し出される。

 そうして体勢が崩れた相手に数秒の隙が出来る。


 私はリザードマンの後頭部目掛けてバッドのスイングの要領で全鉄製のメイスを叩き込んだ。

 2連続の背後からの攻撃で前のめりに倒れて四つん這いになるリザードマン。

 私はちょうどいい高さになったリザードマンの頭や首の辺りを上段から振ったメイスで止めを刺した。


 こと切れたリザードマンが粒子となって消えるのを確認して、私は額の汗を手の甲で拭って一息つく。

 堕犬娘の嗅覚で周囲にモンスターがいないのは分かっている。


「リザードマン1体がDP100ポイントだから、これで所持DP4000ポイントになったな」


 確認するように呟く私に首にはめられた黒い首輪が反応する。


「マスター。鮮やかな勝利と目標DP達成おめでとうございます。自分は嬉しさとたぎる興奮でいっぱいです」


「なぜそこで興奮する?」


「マスターの首筋に流れる熱き汗が自分に力を与えるからですが何か?」


 疑問に疑問で返されてしまった。


 リザードマンを初めて倒してから10日経つ。

 変な会話だと今でも思うが、これが今の私とイヌの平常運転だった。

 そして、それだけの期間があれば堕犬娘の体の扱い方もよく分かってくるというものである。


 堕犬娘の体は素晴らしかった。

 10日間でLv1からLv2にレベルアップした身体強化Lv2は、筋力等の身体能力の強化だけでなく、五感や動体視力や反射神経も高めてくれる。

 元々のこの体のスペックの後押しもあり、戦闘の素人だった私が堕犬娘の力を使いこなすだけで、強いとされるリザードマン相手に怪我無く勝てたのが良い証拠だ。


 戦闘時の体の動かし方や曲芸じみた動きも、格闘術Lv1や軽業Lv1の恩恵が大きい。

 もし攻撃が当たっても金剛体Lv1が自動的に発動し、女性特有の柔らかい体なのに金属かと思える防御力を持ってしまうのだ。

 ただし打撃による衝撃やスライムの酸攻撃だけは要注意だ。


「それじゃあマイルームに死に戻りするからいつも通り頼むよ」


「了解です。マスター」


 リザードマンを初めて倒してから10日経ち、すっかり私の死に癖に慣れたイヌが堕犬娘の体を催眠おじさんイチローの体に置換する。

 そうして何度目かも数えてない自殺を実行した私はマイルームへ死に戻りするのだった。

 

 マイルームに戻った私はコアパソコンのショップを開いた。

 これまで稼いだDPでサモンマルチバースカードのパックを買うためである。


 10日もあれば生活サイクルがある程度固まってくる。

 流れとしては探索→自殺→蘇生→探索→自殺→蘇生→睡眠→探索といった生活だ。


 半日ほど探索して体力か空腹か睡眠をひどく感じたら自殺。そして万全の体の状態で蘇生してまた探索。精神的にヤバくなったら睡眠を挟んで気分をリフレッシュしている。


 今では堕犬娘の戦闘力が高かったため探索中は女の子の体で過ごし、マイルームにいる間は催眠おじさんの体で過ごしていた。


 そうして稼いだDPは4000DP。


 これだけあればサモンマルチバースカードを80パックも買える。

 カード枚数で計算すると400枚になる。

 初日の右も左も分からなかった頃は途方もなく感じてたカード集めだが、ついに私はやり遂げたのだ。


 これも休む時間を切り詰めて、堕犬娘の獣由来の優れた五感による索敵と、戦闘経験を積んでモンスターを順調に倒し続けたおかげだ。


 本当は無理なくDP稼ぎに勤しみたかった。

 だが急ぐ理由が出来たのだ。


 その最大の理由がチュートリアルダンジョンの1階層ボス攻略の影響だ。


 リザードマンを始めて倒して2日目に1階層ボスが初討伐されたという報告がコアパソコンのホーム画面でされた。

 初日の説明文と同じようにコアパソコンを起動したら、管理者たちからのお知らせとして突然文章が羅列されたのだ。

 文章だけなら気にせず流し読みして終わっていたがそうはならなかった。


 そこに1階層ボス討伐報酬が載っていたのだ。


 討伐した順番に報酬内容が変動し、ショップに無いアイテムやスキルチケットなどが貰えるそうなのだ。

 まさかチュートリアルダンジョンを踏破した順番だけでなく、階層ボスの討伐順でも報酬を出してくるとは思わなかった。


 それだけチュートリアルダンジョンを攻略させたいのだろう。


 私は1階層ボス討伐報酬の中でも、特にショップに無かった偽装スキルが欲しかった。


 このスキルはステータスを偽れるスキルだ。

 ステータスが他と異なっている私やユニットカードに、今後必要になってくると思ったのだ。

 偽装スキルが貰えるのは1階層ボス討伐人数が200人以内のダンジョンマスターに限られている。


 1階層は広い。

 掲示板情報だがボス部屋に行くだけでも最短6日は掛かるらしく、1階層ボス初討伐の知らせから8日経った今の段階ならまだ大丈夫だろうが油断は出来ない。


 他のダンジョンマスターたちも報酬の存在を知り本格的に探索に乗り出している。

 そもそも私は他のダンジョンマスターより出遅れている。人面犬のせいで約1ヶ月も出鼻をくじかれていたのが痛手だ。


 普通にダンジョン探索しても間に合わない。

 そう考えた私は自身が持つユニークスキル――サモンマルチバースカード――に希望を託すことにしたのだ。

 このユニークスキルがダメならもう諦めるしかない。地道にチュートリアルダンジョンの探索に励まなければならない。


「しかしショップには本当にいろんな物が売られてますね。あっ、エロ本まで売ってますよ……高いですが」


「娯楽系の物は高いんだよ。食事とか生きるのに必要な行為に掛かる物はそうと限らないけど、性欲に関わる物は総じて高いからな。まあ、それも今回のボス討伐報酬で納得したけどね」


「ああ……報酬一覧にあった従魔召喚チケット(異性限定版)ですか」


「全員に最低1枚報酬で貰えるみたいだけど掲示板は大騒ぎだよ。皆、目の色変えてチュートリアルダンジョンの探索に乗り出したしね」


「性欲ではかどるダンジョン探索ですね」


 イヌの現状を表す言葉に苦笑いするしかなかった。


 私の場合、定期的に死に続けて性欲までリセットしているし、堕犬娘となって女性の体を隅から隅まで知り尽くしている。

 むしろ女性の体を得たことで異性の体に興奮しづらくなってきた弊害もある。

 まったく無いわけじゃないんだけどね。


「よし。購入決定っと」


 喋りながらも手を動かしてた私はサモンマルチバースカードのパックを購入した。

 すると机の上に光沢のある袋に入ったカードが出現した。

 それが80パックもあるからすぐに机に収まりきらなくなって床に落ちてしまう。

 その内の1パックを拾い上げる。


「ビニールやアルミパックじゃないのか」


 触った感触は表面がザラザラしていて謎素材のパックに封入されているようだ。

 とはいえ地球の物と同様にパックの上の部分がギザギザになっていて手だけで開封出来そうだった。

 私は童心に帰った気持ちで1パックずつ開けていくのだった。



 机に散らばる400枚のカード。

 それらはデッキ構築しようと久しぶりに出した宙に浮かぶ半透明のウインドウに吸いこまれるように消えていった。


 最初は焦ったがカード一覧のページに取得したカードが載っていた。カード一覧に収まった状態は二次元的な存在になっているようでメイスでつつくとすり抜けてしまう。

 見て触った感じだと空間投影されたディスプレイの様なものだろうか。そこにあると分かるのに物質的に触れない。


 ただしカードを取り出す意思を持って触れるとカードが実体化して、自由に出し入れできるのを確認して胸をなでおろした。


 私は折角だからとイヌと相談しながら40枚からなるデッキを構築しだした。

 時々話が横にそれつつも、30分ほど時間を掛けて厳選を重ねたデッキが出来上がった。


 デッキ構築ページにカードを1枚ずつ移動していくと、カード一覧同様ウインドウに取り込まれて裏返しになったカードの束――デッキが映し出された。

 構築したデッキは以下の通りだ。



 マナカード…合計26枚

 ・黒マナカード…16枚

 ・赤マナカード…5枚

 ・白マナカード…5枚


 ユニットカード…合計6枚

 ・C 邪気眼の使い手 黒×1…1枚

 ・C 未知なる毛玉 黒×1…1枚

 ・UC 自爆機能付き自動人形 黒×2…1枚

 ・R 火鼠 赤×3…1枚

 ・SR 猿山脈の大将 黒×4…1枚

 ・SR 信仰篤きユニコーン 白×4…1枚


 スペルカード…合計2枚

 ・C ヒール 白×1…1枚

 ・C ブラックアウト 黒×1…1枚


 オブジェクトカード…合計5枚

 ・C 無地のおっぱいマウスパッド 黒×1…2枚

 ・UC 念動カメラ 黒×2…1枚

 ・UC ファイアロッド 赤×2…1枚

 ・R 運命のサイコロ 黒×3…1枚


 トラップカード…合計1枚

 ・R 行動禁止宣言 待機時間;24時間…1枚



 サモンマルチバースカードのルールについては、私を加護している管理者によって記憶に植え付けられている。


 それに従いデッキ構築ページに触れて最初にカードを6枚引く。

 初期手札となる6枚のカードが実体化されて左手に収まる。


「黒マナカード5枚と念動カメラのオブジェクトカード1枚か」


「おお! この手札なら先ほど話したあの作戦が出来ますね!」

 

「……本当にするのかい?」


「これもDP稼ぎの一環ですよ、マスター」


「はあ、分かったよ。確かにイヌの提案通り上手くいけば儲かるかもしれない。私も覚悟を決めよう」


 若干やけっぱちに答えた私は左手に黒マナカード3枚を持ち、右手に黒マナカード2枚と念動カメラのカードに重ねて持った。

 そして心の中で念動カメラの召喚を念じる。


 心の声に答えて右手に持っていた3枚のカードが粒子化していく。

 光る粒は消え去ることなく手元に留まり、すぐに寄り集まったかと思うと何かが再構成されていく。

 時間にして1秒も満たなかったろう。


 気付けば私の右手には3枚のカードの代わりに念動カメラが握られていた。

 カードに描かれた物が実体化したのだ。


 ちゃんと召喚されたのを確認した私は、機械作りの球体型カメラを上に軽く放り投げる。

 そのままソフトボール程の大きさの念動カメラが重力に沿って落ちていく。


 ……なんてことはなく、手放して支える物が無いはずの念動カメラは宙に浮いていた。


 この念動カメラのスキルは2つある。

 1つは、念じるだけで使用者の半径10mの空間なら自由に動かせて写真撮影できる念動操作スキル。

 もう1つは、カメラで撮った被写体の姿形を紙などに念じて写し込む念写スキルだ。


「さて、それではドキッ!丸ごと堕犬娘!マスターだらけの写真撮影大会を始めましょうか」


 やる気に満ちたイヌが心身置換スキルを使用して、私の体を瞬時に堕犬娘の体に変えた。

 女性人格のはずなのに私以上におっさん臭い奴だな。


 まあ、これも堕犬娘の美少女写真をオークションで売り捌くためだ。

 DP稼ぎのために頑張ってモデルになろうじゃないか。

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