第25話 夜のテンションでいざ召喚

 モンスターハウスから出た時には疲労困憊だった私達は、なんとかその日の内にマイルームに帰還した。

 その後、既に帰還していた歩イチたち2班とゴリ将たちにねぎらいの言葉をかけ、猿の間で皆で輪になって食券から出た食事を食べた。


 各自の話を聞いて班分けしてのDP稼ぎが問題なくやっていけると確信した。

 話の中で、歩イチの班が宝箱を通路で見つけたという報告をした。

 銅色の宝箱で罠を解除すると羽ペンが入っていたそうだ。


 実物を渡されて持ってみても普通の羽ペンにしか見えない。

 羽の部分が白くて一昔前の漫画家が持ってそうな代物だ。

 この羽ペンでなにか書いてみれば効果が分かるかもしれないが、イヌという前例があるので使うのを躊躇してしまう。

 サモンマルチバースカードならカードの時点でスキル効果など分かるが、宝箱から出た物だ力があるのか無いのかすら分からない。

 鑑定スキルを手に入れてからこの羽ペンの使い道を考えよう。


 しかし宝箱か。

 私たちはモンスターハウスであれだけモンスターを倒しても宝箱が出なかった。

 宝箱を見つけられるのは本当に運次第なんだなと話を聞いて思った。


 夕食を終えると水浴びを済ませ、皆に明日の探索の為にもしっかり休むように言いつけた。

 そういう私はというと、コアパソコンのショップ画面を開いて買い物をしていた。


 言った本人がいいのかとお菊に問われるも、私は寝なくても死ねば健康体になるので例外なのだと答えといた。

 それに今回ならただ体を切り替えるだけでいい。


 私はイヌに言って疲れ切った堕犬娘の体から催眠おじさんの体に切り替わっていた。

 危険なチュートリアルダンジョンの中だと太ったオッサンの体になるのは不便だが、安全圏ならこうして体を切り替えれば怪我も疲れも眠気も関係なくなる。

 堕犬娘の体は亜空間内でイヌが再生スキルをかけて、明日には万全の状態に戻っていることだろう。


 私はショップで買い物を続けながら今日の事を考えた。


 1階層の強行軍にモンスターハウス。

 今日は無理をし過ぎたな。

 やれるだろうと思って1階層の中間地点まで強行軍で突っ走ったが体力的にきつかった。

 そしてモンスターハウスの数と質があれ以上だったら、死んでも蘇る私は問題ないけれども、もしかしたらゴリ将とお菊はあそこで命を落としていたかもしれない。

 サモンマルチバースカードには死者蘇生の力を持つカードもあるが、それらのカードはレア度が高くてまだ手に入れていないので今すぐ使えるわけじゃない。


「眉間にしわを寄せてどうしたんですか。マスター」


「ちょっと今日のことで反省していたんだ。ゴリ将たちには無理をさせすぎてしまった」


「ああ、なるほど。ですが別にいいのではないでしょうか。彼らはマスターの為に命を懸けて働けるのです。無理を重ねて死ぬのも本望でしょう」


「いや、彼らをそんな風に使い潰すのはもったいないだろ。召喚者として彼らを有効に使いこなさないといけないと再認識したよ」


 あまりゴリ将たちには聞かせられない話をイヌとする。

 まあ、もし聞かれたら催眠おじさんの力で記憶を抹消するればいい。

 傲慢な考えだと自覚しながら商品を買っていく。


「……やはり班分けのDP稼ぎは効率が良かったな」


 なんと今日だけでDP11600ポイントも稼いでいたのだ。

 まあ、大半はモンスターハウスのおかげだろう。


 私たちの班なら稼ぎ場としてうってつけだが、歩イチたち2班だけだとモンスターハウスの数の暴力に負けるだろう。

 歩イチたちには大部屋の場所を教えて、チュートリアルダンジョンの他の部屋に入室する時には罠感知スキルで罠の有無を確認するよう注意しといた。


「あれ? もう買い物はいいのですか?」


 買い物を終えた私にイヌがこれだけでいいのかと問いかけてくる。

 足りなくなりそうな生活用品や雑貨類は最安値で買い込み、激しい移動にも耐えられる手押し台車と保存のきく樽を2つずつ厳選して購入した。

 所持DP8200ポイントも余っていたので、まだ買わないのかと思ったみたいだ。


「明日からのチュートリアルダンジョンの探索で食券が大量にいるだろ。現地調達でも悪くはないが、豊かな食事は心の平穏に繋がるから出来るだけちゃんとした食べ物を食わせないといけないんだよ」


 私自身もワイルドな食事より文化的な食事の方がいいのだ。


「そんなものですかねえ」


 食欲のないイヌにはそこら辺の機微が分からないようだ。

 食事の大切さを知識として知っていても、その重要性をちゃんと理解していないのだろう。

 思えばこのマイルームにいる面子は、住んでいた世界も種族も文化も違うのだった。

 不思議な気持ちになりながらコアパソコンの時刻を見ると、あと1時間も過ぎれば日付が変わる時間帯だった。


 私は掲示板で情報収集をしながら日付が変わるのを待つことにした。

 どうせならデッキからカードを引いてから寝よう。

 他にやる事として毒液ボールの追加作成もあるが、大量の血を寝る前にイヌの亜空間にストックしといて移動中に錬成していけばいいか。


 1時間という長そうで短い時間はあっという間だった。

 総合掲示板や検証スレで新情報を知ったり、面白そうなスレを流し読みしたりしてたらいつの間にか時間が経っていた。


 イヌの亜空間から運命のサイコロを取り出した私はサイコロを振った。

 前回の時に死の運命の効果を実体験したが、その程度でサイコロを振らない理由にはならない。

 ちなみに運命のサイコロはチュートリアルダンジョンの探索中では使用しないつもりだ。

 死んだらマイルームに戻ってしまうからだ。

 だから探索中にカードから引けるのは1枚のみになるので、次に戻ってくるまで運命のサイコロはおあずけだ。


 コアパソコンの机の上を転がる運命のサイコロ。

 机の端で止まったサイコロは偶数の目を出していた。


 サモンマルチバースカードのスキルを発動する。

 半透明の画面が出現し、デッキ構築ページを開くとそこからカードをドローしていく。

 手に収まる2枚のカードを見る。


「無地のおっぱいマウスパッドと黒マナカードか」


 これは……どうすればいいのかな。


 私の手札には――白マナカード3枚、黒マナカード1枚、ヒール、火鼠、邪気眼の使い手、信仰篤きユニコーン、無地のおっぱいマウスパッド――がある。


 ここで迷うのは黒マナカードをどうするかだ。

 黒マナカードを使って召喚できるカードとして、邪気眼の使い手と無地のおっぱいマウスパッドの候補がある。


「マスター。ここは無地のおっぱいマウスパッド一択でしょう」


 イヌが真剣に馬鹿みたいな発言をしてくる。

 だが悪くない選択でもあった。

 念写カメラを活用して、オークションで堕犬娘のおっぱいマウスパッドとして売れば、今日以上のDP稼ぎになるに違いない。

 2度目の堕犬娘の自撮り写真を売って間もないので食いつく客は多いはずだ。


「けど邪気眼の使い手も惜しくないか」

 

 ユニットカードの邪気眼の使い手。

 最低レア度のC《こもん》カードで、戦闘力が催眠おじさんとどっこいどっこいのユニットだ。

 ようは一般人と変わらない弱小ユニットである。

 このユニットカードをデッキに入れたのは、格好は変だがその優れた容姿のため――ではなく、スキルを見て選んだのだ。


「このユニットの邪気眼スキルなら2階層の索敵に役立つぞ」


 どういう原理か分からないが、360度の視界を持ち色覚で周囲の危険を察知するそうなのだ。

 これなら堕犬娘の代わりに索敵役として使える。

 デッキを組んだ時は、私の索敵の補助目的で選んだカードだったがナイスな選択だったと過去の自分を褒めたい。


「いえ、ここは無地のおっぱいマウスパッドしかありません」


「そうまで言い切る理由はなんだい」


「出発当日に新メンバーを紹介されるゴリ将さんたちの立場を考えてみてください。初顔合わせのメンバーに戸惑いますし、それは邪気眼の使い手さんからしても同じでしょう。なにより戦闘力のないこのユニットは戦いの場で足手まといになりますよ」


 確かにそうだかもしれない。


「だけどこのユニットの仕事は索敵だ。危険を知らせる役目だけさせて、あとは私のそばにでも置いとけばいい」


 戦闘に入ったら一緒に毒液ボールを投げさせればいいし、ファイアロッドを持たせてファイアボールを撃たせるのもアリだ。

 これなら戦闘の補助もやれなくはないだろう。

 それに出発前に召喚しとけば、戦いに使えそうなスキルチケットを買い与えて戦う力を身に付けさせればいい。


「それでは食券を買う予定のDPが減るじゃないですか」


「あんまり高いのは買わないつもりだよ」


「マスターはおっぱいマウスパッドが嫌なんですか?」


 寂しそうな声を上げるイヌ。

 深夜の時間帯に私たちはなんて会話をしているのだろうか。

 夜のテンションって怖いな。


「別に嫌じゃないよ。ただ私のおっぱいマウスパッドを売るという案だけど、堕犬娘のみでは飽きられてる気がするんだよ」


 無地のおっぱいマウスパッドはオークションで目玉商品になりうると私も思う。

 だが、それが私の物だけだとパンチ力が弱い。

 もっとバリエーションが欲しい。

 私自身が自撮り写真の被写体として、衣装や髪型やポーズなど工夫して売ってきたから分かる。

 そして男だからこそ分かるものなのだ。


「堕犬娘の自撮り写真を買うのは男性客がほとんどだろう」


「ええ。一部、女性客もいましたが概ねそうですね」


 掲示板で自身が女性だと告白したうえで、私の過激な自撮り写真を更に要求してきた奴がいたのを思い出す。

 

「あれは相手が特殊だっただけだ。基本、性欲を発散したい男は一人の女に固執しないんだよ」


 私に対してしか性欲を向けてこないイヌには理解できないことだろう。


「うーん。性欲が絡んだ男と女の関係は面倒くさいんですね。自分みたいに一途に相手を想えばいいのに」


「そこは奥が深いと言ってくれ」


 一応の納得を示してくれたイヌは、先に無地のおっぱいマウスパッドを召喚する案を取り下げてくれた。

 私は内心でほくそ笑みながら邪気眼の使い手を召喚することにした。


 実体化した黒マナカードと邪気眼の使い手のカードを手に持って前に掲げる。

 息を吸って邪気眼の使い手の召喚を念じる。

 カードが光の粒子となって噴き出し、小部屋を明るくしながら次第に人型を形作る。


 そうして光が解けた後に、一人の少女が立っていた。




 レアリティ:C

 カード名:邪気眼の使い手 

 マナコスト:黒×1

 カード種類:ユニットカード

 戦闘力:攻撃力1/生命力2/素早さ2

 スキル

 ・邪気眼(360度の視界を持つこの世ならざる眼が、よこしまな気配を色覚で察知する)

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