第24話 モンスターハウス

 先に歩イチたち2班を見送った私たちの班も1階層でのDP稼ぎに出発することにした。

 マイルームから出て1階層に降りると地図を取り出してゴリ将たちに見せる。


「この班は1階層の中間地点の辺りでDP稼ぎをするつもりだ。道順も罠の位置も既に分かっている。走っていく私の後ろについて来てくれ」


 この班の地図はゴリ将に渡しておくことにした。

 一番腕っぷしが強く頭も回るゴリ将には、最後尾から全体のカバーと背後の警戒をしてもらいたいのだ。

 先頭の私と何かのアクシデントで離れ離れになっても、ゴリ将ならしっかり対応してくれるだろう。

 その事をゴリ将に告げると胸を叩いて了承してくれた。


「任せてください。それではもし主殿を見失った場合はこの地点で合流するこということでよろしいですかな」


 ゴリ将が地図の中間地点の辺りにある小部屋を指さしてきた。


「そうだね。緊急時はこの小部屋に集まろう」


 一軍の大将だっただけあってゴリ将は本当に頼りになる。

 こいつを最初に召喚できたのは幸運だな。


「すいやせん……今のウチの体やと姐さんらに走ってついて行くのが厳しいですから、黒髪鬼形態になってもいいでやすか?」


 人形体のお菊が手を挙げて質問してくる。


「模擬戦で見た感じだと速さは問題なかったけど今回は持久力もないといけない。そこらへんが大丈夫ならいいけど、駄目そうなら私かゴリ将の持って行くことになるぞ」


「もしくは自分の亜空間に入れてあげてもいいですよ」


 イヌの亜空間スキルは生物を入れられなかったはずだ。

 いや、付喪神のモンスターであるお菊ならば入るのか。

 お菊に対しての発言だから冗談で嘘をついている可能性があるから判断しづらいところだな。


「姐さんの心配はもっともですが、1日程度なら髪結伸縮かみゆいしんしゅくスキルの使用は問題ありやせん。あとイヌ――おどれには毎度黙っとれと言うとるやろう」


 それなら大丈夫かな。

 まあ、もしもの時はゴリ将がフォローしてくれるだろう。

 私は黒髪鬼形態となったお菊を見て頷いた。


 しかし宴の後でもお菊はイヌには喧嘩腰になるんだな。

 これぐらいなら目をつぶるけど仲良くなるのは難しいだろう。


「よし。それじゃあ私とイヌを先頭にして、お菊、ゴリ将の順番で行くぞ!」


 私の武器も荷物もイヌの亜空間に入れてある。

 下着とジャージのみの軽装となった私は走る体勢に入る。


 そういえば堕犬娘の時に全速力で走ったことがないや――そんな思考が頭をよぎった。

 次の瞬間、私は重力のくびきから解き放たれたかのように走り出した。


 元の私の体や催眠おじさんの体では不可能なスピードを肌で感じた。

 地を踏みしめ跳ねる様に駆ける。

 心臓の音が高まり手足や耳の先までジンジンとした感覚がする。


 それに狛犬族という種族だからだろうか。

 走れば走るほど高揚感と解放感が全身に訪れる。


 最初の曲がり角は走った勢いのまま飛び上がり、壁を蹴ってゴムまりの様に跳ね返って曲がる。

 落とし穴がある罠の所では、床を走らずに左右の壁を忍者の如くジグザクに蹴り上がりながら進んだ。


 ちょくちょく出くわすモンスターは無視して進んだ。

 モンスターが私に反応する時には既に背後に回って、そのまま足を前に動かして後方に追い越していた。



 移動を開始して7時間ほど経っただろうか。

 中間地点までまだ少しあるが、ここら辺からモンスターが複数体で出現するようになる。

 ここからは中間地点までモンスターを狩りながら進んでいこう。モンスターの数も出現する頻度も上がっているのでDP稼ぎの場として悪くない。

 

 長い直線の通路の所で足を止めると、ふと気になって背後を振り返った。

 すると離れた位置だが目視できる範囲でお菊とゴリ将がついて来ていた。


 走りながら黒髪と鎖を前方の壁や天井に張り付かせて、体をその地点に引き寄せることで素早い移動を成し遂げていた。

 どこぞの蜘蛛男みたいな移動方法だ。


 とはいえ遠目ながら疲れた様子が彼らには見られた。

 私の方も疲れを感じてたので足を止めて7度目の休憩することにした。

 この直線通路は見晴らしがよいのでモンスターの警戒が楽だし、罠もないなので休憩場所として最適だ。


「おーい。ここで一旦、休憩するぞぉ!」


 彼らに向かって大声を出すと、手を振って了解の合図を送ってくれた。 

 あとはこの辺の掃除でもするか。


「すぐそこにスライムがいますね」


 イヌの言う通り近くの壁にスライムが2体いた。


 手を宙に掲げると私が口に出さずとも、相棒はその動作から察して亜空間スキルを発動した。

 宙に現れる亜空間の渦。

 そこから今日作ったばかりの毒液ボールを1個だけ取り出した。


 毒液ボールからジュッという音がした。

 錬金術スキルで溶かす力を上げた毒液が、表面の氷の部分を早速溶かし始めたのだ。

 私は手が溶かされる前に、おおよその狙いをつけてスライムに向かって毒液ボールを投げた。


 毒液ボールは15mほど離れた距離にいたスライムに真っすぐ飛んだ。

 だがスライムにぶち当たる寸前で毒液ボールが溶けてしまい、中身がびしゃりと周囲に飛び散った。

 

 中身の毒液が氷の部分を溶かし切ってしまったからだろう。

 飛散した毒液が周囲の石床と壁。そしてスライムに付着した。

 ジュワッと音を立てて付着した部分が溶けだした。


 毒液が溶けて消えるまで時間にして10秒ほど。

 毒液の効果を確認すると、飛沫が付着した所には5cmほどの深さの穴が出来ていた。毒液が多く掛かった所だと15cmほどの深さの穴だった。

 しっかり当てればもっと深い穴ができるだろう。


 あいにくスライムの核には届かなかったようで倒し切れていなかった。

 スライムは毒液に気にした様子も見せずにこちらへと向かってきた。

 核に攻撃しなければダメージを与えられないスライム相手だと効果がいまいちに感じるな。

 アンデッドモンスター以上に毒攻撃と相性が悪いかもしれない。

 

 私は亜空間の渦から取り出したメイスをスライムの核目掛けて振り下ろした。

 核を叩き潰す感覚を感じると、続いて2体目のスライムの核も同様に叩き潰した。

 光る粒子となって消えていくスライムを眺める。


 毒液ボールを初めて実践で使用したが思い通りにはいかないものだな。

 亜空間から毒液ボールを取り出したら、想定してた以上に素早く標的に当てなければいけないようだ。

 だけど堕犬娘の体なら繰り返し練習すればやれるはずだ。


「スライムですかい。なにやら手間取ってた様子でしたが大丈夫でやすか」


 私の元まで来たお菊が黒髪鬼形態を解除して話しかけてきた。

 続いてゴリ将も到着した。


「作ったばかりの投擲武器を初めて実戦で使用したんだ。とりあえず練習あるのみだと理解したよ」


「初めて使用する慣れない武器とはそういうものですからな。吾輩も鉄鎖の扱いには苦労したものですぞ」


 顎に手を当ててゴリ将が苦い表情で昔の記憶を思い出していた。

 人に歴史ありと言うがゴリラにも歴史があるというわけだ。

 いや、これは生きてる奴なら誰にでも当てはまるか。


「今からここで30分ほど休憩するぞ。その後は中間地点までモンスターを狩りながら進んでいこう」


 気だるげに指示を出すと床に尻をつけて一息つく。

 水瓶を亜空間から出して水分補給を皆と一緒にする。前の休憩でリザードマンの焼き肉を少し食べたので空腹感はない。

 普通の人間なら今日だけで体を酷使しすぎて吐いて倒れた事だろう。


 スピード重視なだけあってこの進み方は体に疲れがたまる。前日にしっかり休めて1日だけだから無理ができるのだ。

 明日からのチュートリアルダンジョンの探索はこんなに速く進めないな。



 DP稼ぎは順調に進んだ。

 ゴリ将とお菊のおかげで戦闘を交代しながら行えたので、移動の方が疲れたというのが本音だ。

 1階層のスライム、大ダンゴムシ、リザードマンでは、パワーを活かして戦うゴリ将と技のバリエーションの富んだお菊の相手がまともに務まらなかった。

 むろん私も戦闘に参加した。毒液ボールのいい練習ができたとだけ言っておく。


 中間地点まで進んで周辺を探索していると、見た事のない大部屋を発見した。

 1階層ではこれまで小部屋しか見つからなかったので、何かあるなと直感で疑った。

 そこはマップスキルの空白部分の所だった。

 未探索の場所の近くまで進んだ時に、折角だからと探索してたら見つけたのだ。


 恐る恐る入室すると、大部屋はいわゆるモンスターハウスという罠の一種で、モンスターがどこからともなく次々と出現し続ける部屋だった。

 私一人なら手数と攻撃力が足りずに、物量に押されて殺されていたことだろう。

 そんな益体もないことを考えながら、ゴリ将たちと共にDPを献上しに来たモンスターを倒していく。


「よっ! ほっ! はっ!」


 大ダンゴムシとリザードマンを中心に部屋中を駆けずり回りながら毒液ボールを投げていく。

 どんな角度と体勢からでも投げて当てられるようにするのだ。

 距離が遠すぎると毒液ボールが溶けて駄目になる。近すぎると飛沫が自分に掛かって自滅する危険がある。


「うおっ、危ないな!」


 突如、目の前に出現したリザードマンを間一髪で躱して背後を取った。

 3歩4歩と後ずさると、流れるような動作でその後頭部に向けて毒液ボールをぶつけた。


「ギジャャーーー!?」


 数秒してリザードマンが絶叫する。

 リザードマンの後頭部から毛が抜け落ちる様に鱗が溶け落ちて、肉と頭蓋骨さえも溶かすと後頭部を陥没させた。


 気分が悪くなりそうな光景だが、自分が手ずから作った物の成果だと思うと嬉しさが込み上げてくる。

 精神耐性スキルがカンストしているのでこういったグロ映像にも耐性ができたのだろう。

 うん、そうに違いない。


「自分はマスターが何をしても味方ですからね」


 イヌが私を擁護するような発言をしてくる。

 おい、やめてくれよ。

 それだよ本当に私が危ない奴みたいじゃないか。


「貫け鉄鎖よ!」


 私の背後ではゴリ将がほぼ一撃で敵を屠っていた。

 今も鎖の先端に繋がる流星錐が大ダンゴムシの胴体を刺し貫いたところだ。

 そして足元にいたスライムをその大きな足で核ごと踏み潰し、空いた手は襲い掛かってきたリザードマンの頭を握り潰していた。


「さあ、どんどん掛かって来るがいい」


 ゴリ将のテンションが高い。

 移動で疲労した後にモンスターとの連戦続きで昔の血でも騒いだのかな。


 騒がしいゴリ将に比べて、お菊の方は淡々とモンスターを処理していた。

 黒髪鬼形態のお菊は周囲に髪の毛を伸ばして、本体と散らばった髪を武器にして戦っていた。


「黒髪針……黒髪盾……黒髪縛り【切断】……これでしまいじゃ」

 

 スライムの核を髪を束ねた針で串刺しにし、突進してくる大ダンゴムシを髪で編んだ盾を受け止める。

 そうして動きを止めた大ダンゴムシの体に、盾から伸びた髪が絡みつき甲殻ごと真っ二つに切断してしまう。

 模擬戦でも冷静に戦い方を組んでたから、これが彼女本来の戦闘スタイルなのかもしれない。

 

 モンスターを数えきれないほど倒し続けていたら、ピタリとモンスターが出現しなくなった。

 私たちは大部屋から出ると誰が言うでもなくその場に座り込んだ。

 皆、疲れ切ったか体だったがやり切った顔つきだった。


 モンスターハウスはDP稼ぎの場として最高の場所だった。

 罠は場所を変えず何度も発動するので、大量のDPが必要になった時はこの場所を活用しよう。


 疲れすぎてマイルームに戻るのが遅れそうだけど、今からコアパソコンを開くのが楽しみで仕方ない。

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