第4話 自分に素直になった私
リフレッシュして気持ち軽くなった体で、私はチュートリアルダンジョンの探索を続けた。
少し腹の調子が気になるが、ここまで来たら行けるところまで行きたかったのだ。
その後の探索で大ダンゴムシを3体も見つけた。
2度目の戦闘では1体の大ダンゴムシを最初と同じ戦法で倒した。初戦闘よりもスムーズに戦えたことに確かな手ごたえを感じた。
3度目は2体連れでこちらに向かってきた。丸まって突進してきた時は焦ったが、タイミングを計ってうまく避けると壁に激突して体勢が元に戻った。その隙に背後に近づいて2体ともひっくり返せばあとはこちらの勝利だ。
1階層がどれだけ広いか分からないけれども、かれこれ数時間は探索しているからそれなりの所まで着いてるはずだ。
三叉路もいくつか通過したし順調に進めている。
今だって4体目の大ダンゴムシの不意を突いて倒したところだ。
腹の調子もその頃にはだいぶ良くなっていた。
むしろ順調すぎるぐらいだった。
そのせいで私は汗だくなって息を荒げているのだから。
「ぜぇ……ぜぇっ……」
催眠おじさんの中年太りした体は見た目通り体力がなかった。
慣れ親しんだ体じゃないという事は限界が分からないという事だ。
元の若い体のつもりでいたら墓穴を掘ってしまったな。
長い一本道の通路の壁に背を預けて座り込む。
この場所ならモンスターが来てもすぐに気づけるだろう。
トイレ事情といい体力問題といい何もかも不足しすぎてる。
ショップで買えるスキルと魔法アイテムで問題解決できそうだが、その分のDPが足りないのが一番の問題だな。
「だけど本当に疲れたな」
火の灯った松明を武器として持ち歩いてるから余計に体温の上昇が早いのだろう。
体力が持たなかったのは疲れだけじゃなくて暑さのせいでもあった。
シャツの襟元をパタパタと動かして隙間から風を送る。
黒ローブは道中で捨ててきた。
トイレの後始末に使ってその場に残してきたのだ。
まあ着てても暑くて動きづらくて普通に邪魔になってたからな。
少しして体力が戻ってきたら息を整えて立ち上がった。
床に転がしてた松明を拾い上げて来た道を戻ることにする。
のどが渇いて仕方がないし腹も減ってきている。体力的にこれ以上の探索は体がもたない。戻ったら稼いだDPでちゃんとした装備なり道具を買おう。
帰り道は三叉路を左側に進んでいった。
大ダンゴムシを1体だけ見つけた時は結果的に倒せたがこれまで以上に苦戦した。
ひっくり返すだけの力がわかなかったからだ。20キロはあるだろう大ダンゴムシの突進を避けてひっくり返すという流れを何度かトライしてやっと倒せた。
ひっくり返した後の松明を突く力も弱かったし、疲れが相当たまっていることを実感する。
早くも戻って休みたい。
倒されたモンスターの粒子化を眺めながらそう思っていると背後から声を掛けられた。
「おーい。大丈夫かー」
「ああ、大丈……」
返事をしようとした体が固まる。
待て。
誰だこいつは。
このチュートリアルダンジョンにいるのは私かモンスターだけのはずだ。
私以外のダンジョンマスターの可能性もあるが、チュートリアルダンジョンは個別で用意したと謎の存在の言葉にあった。だから別のダンジョンマスターが、私のチュートリアルダンジョンに来ることなんてあり得ないはずなのだ。
つまりこの声の主は……。
「おーい。大丈夫かー」
声の主が先ほどよりも近づいている。
いや、すぐそばまで来ているのか。
足音はしなかった。それなのに離れた場所から聞こえた声が、二度目の声がけでは私のすぐ後ろからされている。
私は松明を振り返りざまに横殴りする。
気を抜いていたせいで威力は望めないだろうが、敵をひるませるぐらいは出来るはず。
その隙に後退して距離を取る。
そう判断しての行動だったが結果は空振りだった。
「おーい。大丈夫かー」
「は?」
声の主は大型犬だった。
だがこれをモンスターと言っていいのか。
大型犬の中でも狩猟犬として有名なボルゾイそっくりの発達した筋肉と美しい毛並みの白犬。
ただしその頭部には人間の老爺の顔が作戦通りとでも言うようにニッと歯列を覗かせて笑っていた。
生理的な嫌悪感が背筋を震わせた。
こいつは――
「人面っ」
言葉を言い終える前に私はそのモンスターに喉笛をかみちぎられていた。
一瞬何が起こったのか分からなかった。
喉元に感じるこれまで味わったことがない熱さ。
首元に手を当てて止血を試みるも素人ながら致命傷だとすぐに気づく。
四肢の力が抜ける。
そのまま糸の切れた操り人形の様に床に倒れ込んでしまう。
「おーい。大丈夫かー」
そんな私に殺した相手が声を掛けてくる。
視界がかすみだす。喋りながら咀嚼しているのは私の肉だろうか。
こちらを嘲るように耳元でクチャクチャ音を立てて何度も声を掛けてくる人面犬。
その醜悪な笑顔に対して、私はこれから死ぬというのにどす黒い殺意がわいた。
「おーい。大丈夫かー」
止めを刺さず心底楽しそうに見下してくるそいつの姿を。
私は死ぬ寸前まで目に焼き付けたのだった。
そして私は本日二度目の藁のベッドの目覚めを経験した。
すぐさま起き上がり首元を確認する。
手で触れたそこには怪我も出血もなかった。
蘇生場所でもある藁のベッドで目覚めたということは私はやはり殺されたのか。
夢だったと思いたかったが、あの命が消えていく感覚と体験は忘れられそうにない。
特にあの私を殺した老爺の顔を持つ大型犬。
あれはどう見ても人面犬だ。
モンスターというより都市伝説か妖怪の一種だろうと物申したいところだがその強さは本物だった。
短い時間で分かったことだけでも、声を掛けられるまで相手に気づかれない高い隠密能力に狩猟犬らしい俊敏かつ正確な攻撃力。
それに人を罠にはめるだけのずる賢い知恵と、こちらが力尽きるまで言葉で
ただ強いだけじゃない。こちらの動きを予想するだけの考える力を持って私を狩ってきた。
大ダンゴムシとは比べ物にならない厄介なモンスターだ。
だが私も泣き寝入りするつもりはない。
皺だらけの顔を歪めて笑う姿に私はらわたが煮えくり返る思いだった。
初めて死んだことによる死の恐怖よりもあの人面犬に対するに憎悪が今の気持ちを強く占めていた。
FPSゲームで死体撃ちする相手に敗けた時に似た感情。それを何倍にもした激情が内からあふれ出す。
そこで私はふと気づいた。
「そうか。我慢しなくていいんだ」
これまで嫌な相手に出会ったら顔を伏せて、許せない行為をされても無言で耐えてきた私。
だが今はもう常識にとらわれて型にはまる必要はない。
掲示板以外に人と関わる機会のない今だからこそ心のままに行動に移せばいい。
善行も悪行もひっくるめて全ての行いがこの箱庭では許容されるのだから。
「なんか心が楽になった気がする」
とはいえ肝心の人面犬の対処がまだだ。
あいつを殺さないと私の気が済まない。
藁のベッドから立ち上がって再度体を確かめる。
やはり痛みも怪我もない。それに体に違和感もないな。
腹の調子も完全に元に戻った感じだ。
蘇生されると体調と体力も戻るようだ。
次に服装を確かめると捨てた黒ローブはやはりなく、白シャツとデニムしか着ていなかった。
武器として使用していた松明は、人面犬に喉を食いちぎられて倒れた時に手放してしまっていた。
確か掲示板の情報ではチュートリアルダンジョンで死んで蘇生場所に戻ってくると、装備や服装は死亡時の状態のままらしい。
よく見ればシャツに付いた汗や血や砂ぼこりの汚れ。他にも壁にぶつかって破れた所もそのままだった。
ただし身に着けてなかったり所持してない状態の物はその場に残ってしまうそうだ。今回なら手放した松明がそうだろう。
アイテムボックスのスキルを取得して亜空間に入れとくか、肌身離さず直接持っておくか、鞄などに閉まって持ち続けてたら問題ないと掲示板には書かれていた。
空腹感も無くなってたが何か腹に入れたかったので不味い水と塩を摂取した。
相変わらず水はカルキ臭いが残留塩素の濃度が問題なだけで腐ってはないから大丈夫だろう。
「……服が臭くて気持ち悪いな」
パンツまで汗で湿っているから全部着替えたかった。
このままだと汗で濡れた服に体温を奪われてしまうし臭いも不快だ。
風呂どころか自由に使える水も限られてるから、水洗いで少し濡らしたら絞って乾かすか。
私は服を全部脱いで裸になることにした。
尊厳を捨てた私に迷いはなかった。
幸い部屋の室温は常温で寒くない。ついでに言うなら空調もないのに空気がよどんだ感じもしない。チュートリアルダンジョンの中もそうだったからそういうものなのだろう。
水洗いした服とパンツは地べたに並べて自然乾燥するまで放置した。
手の空いた私はコアパソコンの電源を入れた。
時計を見るとチュートリアルダンジョンに出発してから4時間は経過していた。
ステータスの項目をクリックする。
ホーム画面からステータス画面に切り替わる。
レアリティ:UR
カード名:催眠おじさんイチロー
マナコスト:黒×5
カード種類:ダンジョンマスター・・・(所持DP:100ポイント)(加護:夢幻盤上の遊び人)
戦闘力:攻撃力2/生命力3/素早さ2
スキル
・洗脳催眠(手札を2枚捨てる事で、敵1体のコントロールを1時間得る。黒マナをX払うとコントロール時間がX時間増える)
・自己催眠(マナをX払う事で、1分間全ステータスをX×2アップする)
・魂の汚辱(洗脳催眠して得たユニットをX体捨てる事で、好きな色のマナをX×2得る)
・サモンマルチバースカード
・精神耐性Lv1
よし、所持DPが100ポイントに増えてるな。
大ダンゴムシは5体倒した。つまり大ダンゴムシは1体当たりDP20ポイントのモンスターだったわけだ。
このDP100ポイントで何を買うのかは既に決めていた。
「毒って安いかな?」
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