第3話 初戦闘、そして痛みと決意

 あれから私はショップの商品を流し読みしたり、オークションと掲示板の項目をクリックして内容確認した。


 オークションの方はダンジョンマスターが出品者となり品物の売却相手を選ぶフリマアプリみたいな機能だった。

 ただし決まった期間内に何度も入札できるから、オークションにの名前通りなんだなと思った。

 まだ何も売られていないと思ったら石やら布切れが売られていて、試しに何でもいいから出してみたという感じの品物ばかりで目ぼしいものは売られていなかった。


 掲示板の方は、ダンジョンマスター同士の交流の場として設けた機能らしいが相当荒れていた。

 誘拐されてこんな目に合ってるので当然の反応だ ろう。私だって本当はそうしたいと思っていたが、画面越しの同類たちの醜態を見てたら頭が冷えてしまった。


 しばらくして掲示板が落ち着きだした頃。

 喉が渇いた私は席を立ち、壁際に置かれた水瓶の水を手で掬いとった。口元に近づけると鼻にツンとくる臭いがする。


(カルキ臭い)


 好んで飲みたいと思える水じゃない。とはいえ貴重な水分だ。

 一息に水を飲み込んだ。

 ついでに隣の竹籠に入っている食パンを齧るとパサついて酸っぱいにおいがした。味も変だからと、塩をかけて食べてみるも砂粒が混ざったようなジャリジャリとした食感があって食欲が失せてくる。


「不味い。掲示板に書いてあった通り本当に最低限の食事だな」


 鑑定スキル持ちのダンジョンマスターが掲示板に書いた情報に、室内にある水瓶と竹籠と壺の鑑定結果があった。


 水瓶は毎日4リットルの水を自動生成し、日を跨ぐ時に水瓶に残ってる水は勝手に消えるらしい。

 竹籠の方は食パン3枚と塩の小袋を6時間ごとに自動生成し、その時まで竹籠に残ってる食パンと塩は水瓶と同じように勝手に消えるらしい。

 壺はゴミ箱と便壷として使用する物だった。ゴミや排泄物を入れると壺の外に臭いが漏れず、これまた6時間ごとに勝手に消えるとあった。

 ちなみに藁のベッドはダンジョン死亡時の蘇生場所であり、寝るだけで怪我や状態異常が治ってしまう優れモノだった。ただし寝心地は最悪だった。


 あと時間の確認はダンジョンコア型パソコン。

 略してコアパソコンのホーム画面となってる4項目の下の段にいつの間にか時計機能があった。


 どうやら最低限の生活は最初から用意されてるようで、これ以上の生活の向上を望むならショップを活用しなければならない。

 ショップには地球で売ってる物や水瓶などの魔法のアイテム。それにスキルも売られていた。他にも部屋の追加や拡張、内装の変更までDPの多さに目をつぶれば可能だった。


 あと掲示板で知ったことなんだが、他のダンジョンマスターの所持DPは最初から1000ポイントもあるらしい。

 その代わり姿は変わったりしてないし、スキルも精神耐性Lv1のみだったそうだ。

 これは私を優遇したから、その分の帳尻合わせで所持DPを0ポイントにしたのだろうか。序盤に全く使えないスキルがあっても意味はないんだけれどもね。


「はぁ」


 軽く鬱になってまたため息が出てしまう。

 たった1日で何度ため息をついたのだろうか。


 謎の存在達はよほど私たちにチュートリアルダンジョンの探索をさせたいらしい。

 命惜しさに時間があるからと部屋に引きこもってもパソコンを眺めるぐらいしかやることが無い。

 掲示板という同類たちとの繋がり。その中でバカな事を書いてるそいつらが自分以上に良い生活をしてるなら自分だってと思えてしまう。

 ショップだって買えもしない商品を眺めてれば購買意欲が溜まりまくる事だろう。

 そうしていつしかどうせ死なないんだしと感覚が麻痺してくるのだ。


 今の私の心境がそうなのだから間違いない。


 というわけで部屋でやるべきことが無くなってしまった私は、お外のやりたくない事をやることにした。

 掲示板の情報通りに電源ボタンを押してパソコンの電源を落とす。

 そして軽くストレッチをしてからチュートリアルダンジョンに続く金属扉を開けた。


 薄暗い部屋の外には松明で照らされた石畳の通路が変わらず伸びている。

 しかしいざダンジョン探索するとなると手ぶらはやはりマズいよな。

 よし、武器と照明代わりに松明を一本拝借しよう。

 こん棒と呼べるほどの太さも頑丈さもないが素手で戦うよりもマシだ。


 ところで出入りするたびに外のダンジョンが変化するかもと勘ぐったがそんなことはないらしい。


(ということはこの先のどこかにはリザードマンが確実にいるわけだ。行きたくないなぁ)


 月曜日の工場に出勤する時以上にやる気が起きない。

 足が泥沼にはまったように重く感じる。

 孤児だった私に家族はいないし別に絶対地球に戻りたい理由はない。

 だが長い時をこんなよく分からない所に居たくないし、こんな生活は嫌だという気持ちが勝るから足を動かした。


 通路を進んで階段の前に到着した。

 そこから前回見たリザードマンに注意しながら慎重に階段を下りていく。

 段差が大きい15段の階段を下りる。

 これを登って行くのは大変だなと帰りの心配を今からしてしまう。


 階段下の階層は石造りのダンジョンで幅広の通路が三叉路になっていた。


 どちらかの通路の先にリザードマンがいるのだろう。

 正直まだリザードマンとは戦いたくない。勝てる見込みが全くないからだ。


 掲示板の情報だとチュートリアルダンジョンの1階層のモンスターは、ダンジョンマスターごとに違っているそうなのだ。

 これが全ての階層でそうなのかまだ分からないが、リザードマンは現時点では厳しい相手らしい。

 初期DPで得られる戦闘や魔法スキル持ち、装備を整えたダンジョンマスターが苦戦する相手なのだ。

 スキルも装備も期待できない私が戦った場合の勝率は御察しだろう。


 とはいえ1階層にいるモンスターは1種類だけじゃないので、私が倒すべきなのはリザードマン以外の弱いモンスターだ。


 私はとりあえず右側の通路を進むことにした。

 悩んでても答えが出ないからな。

 それにマッピングスキルや類似したスキルを持ってないから、分かれ道があったら全部右側を進んで帰り道は左側を進めばいいだろう。


 そうして右側通路を歩いていくと大きなダンゴムシを見つけた。

 およそ80センチはある黒光りした甲殻の体と何本もある足で私よりも先の道を進んでいる。

 こちらには気づいていないようだ。


(さてどう攻めようか)


 初戦闘だ。

 出来るなら勝って自信を付けたい。


 虫としてはあり得ない大きさだが、素早そうに見えないし構造的に前方以外から攻めれば一方的に決着がつきそうだ。

 虫相手に火が灯った松明を武器にしてるのも勝てる自信につながった。虫が火に弱いのはゲームに慣れしたんだ人なら周知の事実だ。

 というかダンゴムシならひっくり返せば無力化できるんじゃないか。


 倒す算段がついた私は背後から近づく。

 やはり大きいな。

 私は虫が平気だから大丈夫だが生理的に苦手な人にとっては悪夢のようなモンスターだろう。

 躊躇せずお尻側の甲殻を掴む。大ダンゴムシの体がびくりと震えた。

 さすがに気づかれたか。

 間髪入れず腕の力だけじゃなく足腰を使って勢いよくひっくり返す。


 意外と重かった大ダンゴムシは腹を上にして幾つもある足をわさわさと動かしている。

 ここまでは予定通りだ。

 ダンゴムシは起き上がるのに夢中で攻撃してくる素振りがない。

 私は柔らかそうな腹に松明を突き付けた。


「ピギィィ!!」


 ダンゴムシが痛みで大きな鳴き声を出した。


(大ダンゴムシって鳴くのか)


 場違いなことを考えながら私は慌てることなく攻めたてる。

 しかし火責めは効果的だが致命的な攻撃じゃないな。

 そうこうしてると大ダンゴムシが体を丸めて防御姿勢に入ろうとする。

 こいつの甲殻はさっき触った感触だと硬そうだった。手持ちの攻撃手段だけでは倒せるか怪しくなってしまう。


 そうはさせぬとばかりに松明を振りかぶって思い切り叩きつけた。

 腹側は柔らかく火炙りしてた部分だったせいか大ダンゴムシの腹に穴が開いた。

 これまで以上に暴れ出した大ダンゴムシを押し留める為、尻側の体に足を乗せて体重をかける。

 中年太りした体が役立つ時だ。


 腹の穴は小さなものだったが私はそこを重点的に攻めることにした。松明の先端を槍のように見立てて何度も突きまくる。


「わぁあ! 死ね! 死ね!」


 気付けば私は叫びながら大ダンゴムシを殺していた。

 あれだけ暴れていた大ダンゴムシも静かになり、辺りと私のローブには大ダンゴムシの内容物などが付着していた。

 興奮していた私は息を整えて戦いの成果を目にする。

 すると大ダンゴムシの体が粒子となって崩れていく。

 ほんの数秒で周囲の内容物や大ダンゴムシの体が消え去ってしまった。


「これがモンスターを倒すってことなのか……」


 終始こちらが一方的に攻めたてていたから初勝利の実感がわかない。

 というか最後の方は興奮に飲まれて狂戦士みたいになっていた。殺しに対する忌避感や罪悪感がわかないのは精神耐性Lv1の影響なのか私自身の資質のせいなのか。

 まあ、モンスターを倒すのに支障がないなら問題にすることじゃないな。


「あっ。松明の火が消えてる」


 いつ消えたかも気付かなかった。

 次からはもっと冷静に動けるように気を付けよう。

 よく見れば松明の棒に亀裂が入っていつ折れてもおかしくない状態だった。

 私は火の消えた松明を捨てて、新しい松明を近くの壁から取った。

 ステータス確認はコアパソコンでしかできないが、これでDPをいくらか稼げただろう。

 

 もっとモンスターを倒してDPを稼ごう。

 そう決意してチュートリアルダンジョンの先へと進む。



 ――瞬間、私の体に異変が起こった。


 今まで味わったことのない激痛。

 まさか大ダンゴムシの体には遅効性の毒でもあったのか。


 そう疑いたかったが下腹を締め付けるような痛みが私に現実を教えてくる。


(これって腹痛じゃん)


 まさか初戦闘の勝利後にいい感じに立ち去ろうとした時に生理現象に襲われるとはな。

 自嘲する私は腹を押さえて、あまりの痛さにうずくまる。

 なんか変な物でも食ったかな。


 そこで思い出したのは出発前に食べた食パンだった。

 もしかして腐ってたのか。

 腐った食べ物を出す魔法のアイテムとか欠陥品だろ。掲示板にはそんなこと書いてなかったけど。


(そういえば品質については何の言及もしてなかったっけ)


 これだけ酷い物なら掲示板に誰かが書くはずだ。

 その時、腹痛に苦しむ私の頭が閃いた。


 もしかしたら鑑定持ちのダンジョンマスターが鑑定した物は、掲示板に書いてあった通り普通の食パンだったのかもしれない。


 私の所の水と塩の質も酷いものだった。

 それらが普通なのだと思ってあまり気にしなかったが、本当はそうじゃなかったのではないのか。

 

 嫌な汗が出る。

 まさかと思いたかったが厳しい現実が私に真実を導き出させた。


 他のダンジョンマスターとの帳尻合わせで、私の所持DPを0ポイントにしただけでは足りなかったのではないか。

 そこで部屋の初期アイテムの品質を下げて、私と他のダンジョンマスターの帳尻を合わせたのだ。


「ぐっ」


 立つことすらままならない現状。

 部屋に戻る余裕はないし、最悪の事態を招く前に行動に出るしかない。

 私は新たに決意した。

 尊厳を捨てる――強い決意を。

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