第2話 サモンマルチバースカードって読みづらい

「なるほど。私は催眠おじさんになったのか……」


 催眠おじさん。

 その存在は主に大人向けの創作物に見られる。催眠術を使い異性を好き勝手する作者にも読者にも都合の良い奴。


「だけど想像してたステータスと違うな」


 眉間にしわを寄せてステータス画面をまじまじと見る。

 私が想像してたのはRPGみたいなステータスだったのだが、これではまるでTCGのキャラカードだ。


 人のことをカード扱いしてるのは、こういう仕様なのだと無理やり納得しとくとして。

 ステータスは、スマホのアプリでTCG系をやったことあるのである程度理解できた。


 レアリティのウルトラレアと読むだろうURはレア度が高いと思っておく。

 イチローといカード名の一部が私の本名である鈴木一郎と同じなのはいいが、催眠おじさんイチローとか失礼じゃなかろうか。催眠なんて学んだ覚えも使ったこともないぞ。

 カード種類のダンジョンマスターは謎の存在達からの文章通りだな。なんでカード種類に分類されてるか知らないが。

 所持DPもまだよく分からない。何かのポイントだと思うんだが。

 加護は、ゲーム的な考えをするなら夢幻盤外の遊び人とやらから力を授かったと見るべきだな。

 素の戦闘力は低い……と思う。おじさんの体は見た目からして強くはないだろう。


 スキルは謎ばかりだ。ステータスに載っているからには、これが今の私の情報という事になるが、総菜工場の社員だった私は、催眠を使えたり魂を汚辱するような力を得た覚えもない。


 ただ精神耐性Lv1は既に私に影響を与えていると思った。前の私だったらリザードマンを見た時にもっと慌てたはずだ。


 そしてステータスの中で最も気になるのはスキルの一番上。


 サモンマルチバースカードだ。


 別人の体になってる事とステータスが変なのは、スキルのサモンマルチバースカードが怪しい気がしてならない。

 確信とまでは行かないが、このスキルを目にした瞬間から気になって仕方ないのだ。


 だがどうすればこのスキルを使えるのか分からない。

 パソコンのステータスページにあるサモンマルチバースカードの所をクリックしたが何も起こらない。

 次に頭の中でサモンユニバースカードと唱えるも、これまた失敗。

 こうなったら声に出してみるか。


「サモンマルチバースカード!」


 石造りの部屋におじさんの声が朗々と響き渡った。

 あれ、なんだろう。だんだん恥ずかしくなってきた。

 いい年したおじさんが何やってるんだろうか。いや、元の年齢は若いんだけど今の体はおじさんだからね。

 ちょっと腰が重い気もするし、もう若くないのに何やってるんだろうって自問自答したくなってきた。


「ちょっと浮かれ過ぎ……て何だこれ?」


 目の前にゲーム画面みたいなウィンドウが出現していた。

 恐る恐る半透明のウィンドウに指で触れてみると普通に操作できた。

 まるで近未来の立体映像技術みたいだ。

 好奇心が湧き出していろいろ弄ってみる。

 ウィンドウを左右にスライドするとデッキ構築とカード一覧というページがあった。


 ウィンドウを操作する。

 私自身の力の一部だからだろうか。何をどうすればいいか思い出したかのようにだんだんと使い方が分かってきた。

 それにサモンマルチバースカードについても元から記憶にあったように理解できたるようになっていた。

 いつの間にか記憶まで弄られてたみたいだ。立て続けに起こる超常現象に感覚が麻痺してきたな。


 記憶によるとサモンマルチバースカードは私を加護している夢幻盤外の遊び人が与えたユニークスキルらしい。

 ファンタジー系RPGに登場する召喚士に似た力を持っていて、カードという形でマルチバースの文字通り、多次元宇宙のあらゆる存在を時も場所も超えて召喚して使役するスキルのようだ。


 私の体がこんな風になったのは、夢幻盤外の遊び人からの優遇措置みたいだ。

 サモンマルチバースカードを扱い易くさせる為、封入されてるカードの一枚だった催眠おじさんイチローの体に憑依させたらしい。


 わざわざ有り難いことだと思わなくもないが、私をこんな目に合わせた元凶だから本心は穏やかではない。

 何でこんなことしたんだと罵詈雑言を浴びせて一発痛い目に合わせたい所だ。

 だがそれは現状では不可能だ。加護を与える存在は、私を含めたダンジョンマスターたちをこんな目に合わせた謎の存在たちだと記憶が教えてくれる。

 わざわざ教えてくれるのは優しさからというより、馬鹿な真似をしない様に釘を刺す為だろう。


 それからサモンマルチバースカードについて、植え付けられた記憶をもとに調べた。

 デッキ構築のページとカード一覧のページはほとんど空欄だった。まだカードを手に入れてないからだ。


 今のところは催眠おじさんイチローしかカード一覧に載っていなかった。私のステータスと違い、カード種類はユニット扱いだったし、加護も無ければカード効果にサモン・マルチバースカードも精神耐性Lv1も無かった。

 洗脳催眠と自己催眠。それに魂の汚辱がカードとしての本来のスキルなのだろう。


 カード自体についてはレアリティはレア度。つまり珍しさを表していた。


 C:コモン

 UC:アンコモン

 R:レア

 SR:スーパーレア

 UR:ウルトラレア


 といった段階にレアリティが分かれていて、Cが一番レアリティが低く、URが一番レアリティが高い。


 レアリティ表示の右側の催眠おじさんイチローは、そのカードの名称を表している。

 つまり私の名前は、鈴木一郎から催眠おじさんイチローとなった訳だ。

 意味わからんな。


 マナコスト黒×5は、カードコストを意味している。

 サモンマルチバースカードにおいて、手札にあるカードはタダでは出せない仕様になっている。大抵のカードはマナというエネルギーを支払うことで、カードの存在を召喚できるようだ。

 マナにはそれぞれの火の赤、水の青、地の緑、空の黄、闇の黒、光の白といった属性がある。

 催眠おじさんイチローの黒×5のマナコストなら、闇の黒マナが5枚あれば召喚出来るというわけだな。ちなみにマナもカードとなってる。


 カードの種類はダンジョンマスターである私を除いて、全部で5種類ある。


 マナカード

 ユニットカード

 スペルカード

 オブジェクトカード

 トラップカード


 マナカードは、サモンマルチバースカードの生命線ともいえるカードだ。ユニットカードやスペルカードやアイテムカードの召喚に必須だし、カード効果の発動に必要になる場合がある。


 ユニットカードは、プレイヤーの手足となって戦う存在だ。


 スペルカードは回復や攻撃、付与や状態異常などの様々な魔法――というより事象を起こすカードらしい。


 オブジェクトカードは武器防具や特殊な道具類から、乗り物や巨大設備や建造物まで含めた物を総称するカードとなっている。


 トラップカードは他のカード種類と異なりマナコストを要求しないカードだ。

 マナの代わりにカードの召喚には時間を掛けなければならない。手札に入ったトラップカードは待機状態になり、カードごとに決められた時間が経過してやっと召喚可能になるようだ。


 また他のカードと違い、ユニットとダンジョンマスターである私には戦闘力が表示される。

 攻撃力は敵に与えるダメージに直結し、生命力は攻撃力が当たった分だけ減少して0になると死亡する。素早さは移動や攻撃速度の他に回避率も関わるものだ。

 実戦だと数字通りの戦闘結果にならないと記憶されてるので、一概に戦闘力を信じ過ぎるのは良くないかもしれないな。


 カードは、パソコン型ダンジョンコアの機能にあるショップで手に入れられる。


 ショップでは金銭の代わりに、ダンジョンポイントことDPであらゆる物が売買されていた。

 DPはモンスターを倒すことで稼げて、倒したモンスターに応じた額が自動でパソコン型ダンジョンコアの所持DPに加算される・・・とショップを開いてすぐの使い方説明に載っていた。


 パソコン型ダンジョンコアを操作して、ステータス画面を消してショップを開く。

 そこには一ページに百の商品名が載っていて、商品名をクリックすると、その商品の情報とサンプル画像が閲覧された。

 サモンマルチバースカードを検索にかけると専用のカードパックが売られていた。他にも〇〇専用商品というのが幾つもあったので、その数だけ私同様の扱いのダンジョンマスターがいるみたいだ。


 サモンマルチバースカードのカードパック商品情報を見ると、元の世界と同じ小袋のパック一袋に5枚のカードが封入されていて、どんなカードが出るかは運次第のようだ。

 ちなみにカードパック1袋はDP50ポイントのお値段だった。


 カードが無ければ使い物にならない私のスキル。

 肝心のカードを得るにはモンスターを倒してDPを稼がないといけない。


 つまりモンスターを倒してDPを稼ぎダンジョン脱出をする目的が明確になったが、手段が最初と変わらずろくな装備もなくモンスターに特攻するしかないという現状。


「くそだな」


 どうやら私に加護を与えた夢幻盤外の遊び人とやらは底意地の悪い存在のようだ。

 与えたスキルが序盤で全く使えないとかふざけてるのかと喚き散らしたくなった。


 しかもウインドウのデッキ構築ページを見ると、デッキを構築しないとカード召喚が出来ないというのが分かったのだ。

 デッキ枚数は40~60枚と決められている。

 最低デッキ枚数の40枚でカード召喚をするとしても、パソコンのショップにあるカードパックを8袋は買わないといけない。

 合計でDP400ポイントの買い物だ。


 更に言うなら、たった40枚しかないカードでが組める可能性は限りなく低い。

 カードパックをいざ買ってみれば、中身のカード種類が偏ってマナカードばっかりだったり、逆にマナカードが少なくて何も召喚できない可能性があるのだ。

 むしろそういったマトモなデッキが構築できない可能性の方が高い。


「そういえばTCGで強くなるなら金がかかるって言われてるよな。私の場合だと、金の代わりにDPと時間と命も懸けないといけないのかぁ」


 あはは。

 もう笑うしかないな。

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